페이트 번역 부탁
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「…………」
暗い闇。何一つ確かな物のない混沌の如き闇の中で、金色と?紅の言?が、色彩の和音を奏でていた。
二つの色彩は、紡ぎだされる旋律に合わせる?に二つの三角に別れ、四方を?み地に五芒、天に六芒の星を描き出す。
「――!」
瞬間、二つの旋律が?けた。
?けた旋律は二つから三つに、三つから四つに、次?と色彩を加え、ついには闇の中に七色の虹を屹ち上げた。
「本?に宜しいんですの?」
僅かな沈?の後、虹色に照らされた金色がほっとしたような息使いで?いた。
「熟慮の結果よ。わたしとあんた、二人が一年かけての解析で目が出なかったんだし、こうなったら??で形にするしか使い道ないもの」
それに、紅がどこか憮然と?えを返す。
「確かに……目の前に結論が見えている?に思えても、そこに踏み?む度に更に向こうに遠のいていく……まるで逃げ水ですわ。理屈はわかるんですけれど……」
「理屈で魔法に?くなら世話ないわよね」
僅かに弛緩した空?の中、照らし出された金色――ルヴィアゼリッタ?エ?デルフェルトの口惜しそうな言葉に、?紅――遠坂?は自嘲混じりに肩をすくめて?えた。
「それじゃ、とっとと片付けちゃいましょう。それに、いざとなったら……」
「またシェロに創ってもらうとでも? それこそ、そんなことが出?たら世話がないですわ」
そう、確かにこれは士?が創ったもの。だが決して士?“?り”で創った物ではない。これは士?が創らされるべく授けられた物でもあるのだ。現にあれ以?、士?はこれの再投影には成功していない。だが……
「あいつ出?目だから、もしかしたらってのはあるのよねぇ」
「シェロですものねぇ」
二人は同時に自分たちの施術を忘れ、一人の?年の顔を思い浮かべ苦笑した。理と知を至上とする魔術師として些か不本意ではあるが、何の根?もない?なのに、彼なら何とかしてしまう。そんな?がしてしまったからだ。
彼は決して諦めない。諦めない限り、挫けない限り前に進む事は出?る。それになにより、士?は馬鹿だからなぁ……
「ま、そんなわけで?悟は出?てるわ。始めましょう」
「なにが、そんなわけか今一つわかりませんけど、それならわたくしにも否はありませんわ」
一瞬の弛緩、本番前のちょっとした息?きを終え、二人の間に再び緊張がみなぎる。
「――――Anfang(セット)」
「――――En Garand(レディ)」
二人の呪に合わせ、七色の虹に見えない力が?束する。
万華鏡の如く移ろい浮かぶ七色の刃。模造(フェイク)とはいえ、今まさに?石?(ゼルレッチ)に力が宿った。
おうさまのけん
「?の王」 -King Aruthoria- 第九話 前編
Saber
「――同調、開始(トレ?ス?オン)」
薄暗い闇の中で、俺はただ一点に意識を集中しつつ言い慣れた呪を紡いだ。
途端、一心に見つめていたフラスコの底で小さな魔法陣が浮かび上がり、淀んでいた乳白色の液?が波打った。
俺は背骨を貫く、?けた火箸を突き刺されるような感?を意識下に押しやりながら、更に呪を重ねる。
「――重力、?離(テイク?オフ)……」
呪を待っていたかのように魔法陣に?が宿り、乳白色の波はその?りに照らされて更に大きく立ち上がった。そしてそのまま、まるで映?機を逆回しするように、フラスコの中央で球となって浮かび上がっていく。
「――精?、開始(バトルオ?ダ??リセット)」
俺はそこにもう一つの呪を重ねた。すると魔法陣に照らされた乳白色の液球は一つまた一つと色を加え、ついに万華鏡のように移ろいながら虹色に輝く球へとその姿を?えていった。
「……」
フラスコの中でゆらゆら?れる虹色の液球を見据え、一呼吸だけ置く。背筋を貫く痛みも感じ慣れた疼きへと?り、俺の回路は意識せずとも順調に魔法陣へと魔力を流し?けていく。よし、大丈夫だ。
「――編制、開始(レッツ?コンバイン)」
俺は魔法陣に十分魔力が行渡ったのを確認して、最後の呪を送る。魔法陣からの?りが徐?に色合いを?え、うねうねと蠢く虹色の液球は魔法陣の?化に合わせるようにその色合いを薄れさせていく。
ここまで?れば、後は魔法陣が勝手に仕事を進めてくれる。それを確認し、俺は一つ?いた。
「……ふう」
「お疲れ?です。シロウ」
と、漸く一息ついて背筋を伸ばしたところで、俺は目の前で優しく微笑む聖翠の瞳と鉢合わせてしまった。
「あ、セイバ?。その……何時からそこに?」
「シロウがそのフラスコを見詰めだした?りからです。何か施術だったようなので、邪魔をしては?いと思い終わるまで待っていました」
暫し見とれてしまった俺のいかにもとってつけたような言葉に、セイバ?は手に持ったトレイを作業台の隅に置きながら、苦笑交じりに?えてくれた。
フラスコをって事は施術の最初の頃からじゃないか、三十分近く待たせちまったのか。
「ついでと言ってはなんですが、お茶を淹れてきました、どうやら施術も終わったようですし、一休みする頃合では?」
俺がしまったと臍を?んでいる間にも、セイバ?は手際よくお茶の用意を進める。
「あ、すまない。お茶くらい自分で淹れたのに」
「今日はシロウも?も工房にお?りでしたから、こんな時くらい私に淹れさせて欲しい」
そりゃ?い事をしたと、慌てて俺も手?おうとしたのだが、セイバ?はするりと俺の手を遮り、どこか?しそうにお茶を淹れてくれた。
「わかった。それじゃ有難く頂く。でも俺だけってのは嫌だな。セイバ?も付き合ってくれ」
「はい、では私も御一?させていただきます」
こうして俺は、自分の工房で徐?に色合いを?える液球を?んで、セイバ?とお茶を?む事になった。
「旨いなこれ、セイバ?が作ったのか?」
「いえ、私にはまだこれほどの物は作れません、シュフラン殿から頂いた品です」
?かいミルクティ?と手作りのクッキ?。長時間の施術で些か疲れた?と頭に、そのほんのりとした甘さがなんとも心地良い。俺はセイバ?と、料理やらお菓子やらといったとりとめのない話をしながらその心地よさを?しんだ。
英?と魔術師の話としてはどうよって?容かもしれないが、殺伐とした世界の中でそんな何でもない日常がある事が、何故か妙に嬉しく感じていた。
と、ここまで浸っていて、俺はもう一人の魔術師の事に思い至った。拙い拙い、あいつの事をすっかり忘れてたなんて言ったら、後で何を言われるか……
「そういや遠坂は? あいつの?子はどうなんだ?」
「小一時間ほど前に工房を?いた時には、まだ施術の?っ最中のようでした」
なんでもかなり大掛かりな施術の佳境に入っていたらしく、流石のセイバ?も?をかけるきっかけを?めなかったと言う。
「頑張ってるなぁ。一昨日の晩ルヴィアさんの家から?ってきてから、?りっぱなしだったっけ?」
そろそろ年度末。今期の?究の仕上げって事らしく、この一週間ほど遠坂はルヴィア?とお互いの工房を往復する?日を送っていた。どうやらそれが佳境に入ったらしい、頑張るのは良いけど無理しなきゃ良いんだが……
「それはシロウも同じでは? 二人とも、食事もそこそこで作業に?頭していたように見受けられましたが?」
などと感想を漏らしたら、セイバ?は俺に向かって何?か恨めしげな視線を向けてきた。あ、こっちも拙い……
「あ、いや、すまん。俺も今ちょっと忙しかったから…… そうだ、今日はなにかセイバ?の好きなものを……」
?座にその視線の意味がなんであるかを悟った俺は、慌ててセイバ?に弁解をした。
遠坂同?、俺もこの一週間はえらく忙しかった。
理由も遠坂と同じ、年度末の試?やらレポ?トのた?だ。それは遠坂ほど?門的でも深くもないが、それでも結構きついものがあった。せめてもの救いは、去年のように遠坂やルヴィア?に付きっ切りで補習を受けなきゃならない程は、酷くなかった事くらいだ。。
まあ、そんなわけでセイバ?の言う通り、俺も遠坂も手早く食事を?ます時くらいしか顔を合わせていない。で?然、食事も手早く作れて手早く?ませられる物が?いていた。ようするに……些か?だったわけだ。
「シロウ、前?から思っていたのですが、私について食事にだけ注意を?っていれば良いと考えていませんか?」
が、この弁解は何故かセイバ?さんの?に障ってしまったらしい。目を半眼にしてずいと身を?り出して迫っていらっしゃいます。
「い、いや、そんな事はないぞ。ただこのところ食事がちょっといい加減だったかなと……」
「食事などどうでも……いえ、それよりです! ?の心配も良いですが、自分も余り無理をしないようにして欲しいと言いたいのです! 食事は?しては、きちんと作って頂ければ文句はありません!」
ああ、そういうことか。心配してくれてたんだな。確かにちょっと根を詰めすぎていたかもしれない。
「すまない、心配かけた。今日の夕食はしっかり作る」
俺はその事に感謝して、素直に頭を下げた。
心配してくれて有難う。でもな、セイバ?。どうでも良いと言い切れなかったり、“きちんと”にアクセント入れてたりするとこ見ると、やっぱりそっちにも文句あったんじゃないか?
「そうではないと何度言えば……お願いします……」
?もなにか言いたそうなセイバ?だったが、俺がしっかり正面向いて頭を下げたら、ぼそぼそ?きながらも納得してくれたようだ。わかったわかった、?飯から頑張るから。
「ところでシロウ。それは何なのでしょう? いつものガラクタいじりとは趣が違うようですが」
今日の食事をきちんと作ることを約束して何とか宥めすかし、ほっと一息ついていると、セイバ?は今度は作業台の上のフラスコを視線で示しながら尋ねてきた。
「ガラクタは酷いぞ。いつもやってる事だって、魔術の修行もあるんだからな」
「つまり、ガラクタ弄りもあるわけですね?」
だが、いつもなら素直にそうですかと?いてくれるセイバ?なのに、今日は何故か微妙に絡んでくる。やっぱりまだ根に持ってるんだね……
「いや、まぁ……そうだけど」
俺はそんなどこか見透かすようにつんと視線を向けてくるセイバ?に、僅かたじろぎながら工房を見渡した。
そこかしこに置かれた品?。如何にもな魔術の道具や、殆ど化?の道具と?らないような?金術の機材や素材もある事はあるが、大半は一?何時のもんだろうってな時計や?動機(エンジン)、それ以上に古そうな?れた家具や道具たちばかりだ。
ううむ、確かにこれじゃ冬木の衛宮邸(いえ)にあった?と、何?が違うのかって聞かれても返答に困る。現にセイバ?はそんな目で俺を見てるし。
「でも、ほら、こんなのは中?日本じゃ見つけられないんだぞ?」
だがそれでも?、俺は反論せざるを得なかった。
英?ってとこは、流石にこういった古道具に?しては日本よりはるかに充?している。なにせ、ごくごく普通に百年二百年物の道具や機械が今でも現役で?っているくらいだ。だから、たとえ?れていたり部品が足りないガラクタのような品物であっても、修理する道具や部品は探せばいくらでも見つけることが出?る。つまり一旦作られた道具は例え?れても直して、手を加えて最後まで使い切ることが出?るのだ。俺にとってこれほど素晴らしい事はない。
「わかりました。シロウは本?にガラクタが好きなのですね」
だから、そんな事を切?と訴えていたのだが、セイバ?さんは何故かどんどん、どんどん?れたような顔になっていく。なんか?然としないなぁ。
「いや、そうじゃなくてだな……」
俺はまた何か間違ってしまったようだ。だが、だがしかし、これは間違っているかもしれないが正しいんだ。俺は更に、そこかしこの品?を?際に手に取り、?れるを通り越して引き始めたセイバ?に向かって?例を示しながら、必死で抵抗を?ける事にした。
それになにより……ああ、くそ! そうだよ! 俺はガラクタ弄りが好きだよ!
「ほら、見てくれセイバ?。これ百年近く前の?燃機?(ガソリンエンジン)なんだけど、キャブレタ?が……」
結局、ガラクタフェチについてはカミングアウトさせられた俺だったが、それでもこの道具類の素晴らしさだけはセイバ?に判って貰いたくて、必死で解?を繰り?げた。なあセイバ?、百年物の機械類とか三百年物の道具とか、長年にわたって人の手で使われ?けた物ってのは本?に凄いものなんだぞ?
「はいはい、凄いです凄いです」
だが、セイバ?さんは聞いちゃくれません。なにか遠坂のような胡散臭そうな目で俺の手の品物を一瞥するだけで、俺の言う事なんか綺麗さっぱり右から左に流してくれる。くそお、俺だってセイバ?の食欲には理解を示してるんだから、俺のほうにも少しは理解を示して欲しいぞ。
「よし、じゃこっちはどうだ? 二百年前の洗濯機で……」
「それよりシロウ、結局これは何だったのですか?」
ここまで?たら後には引けない。諦めない限り挫けない限り前に進めると、俺は?明を?けようと意??んだ。しかし、セイバ?は、やっぱりそんな俺を全くと言っていいほど取り合わずに、目の前のフラスコを興味深げに突つきながら?明を遮ってくる。
何か?然としない。俺の手に取った道具たちはスル?で、そっちには興味深げで……別に俺は魔術師になりたいわけじゃないんだぞ。そりゃガラクタ使いになりたいわけでもないけど……
「シロウ、何をぶつぶつ言っているのですか?」
そんな事を考えていたら、?の?省癖(?面モ?ド)がうつってしまったのですか? とセイバ?に苦笑されてしまった。さらに趣味について?きになるとこなども、最近二人は似てきましたね、と諭すような口調で付け加えてくる。
はて? 確かに俺のガラクタ好きは趣味かもしれないけど、遠坂になんか趣味ってあったっけ? そう思って聞き返したら、セイバ?はどこか暗い表情で視線を逸らすと、何事か小さく?いた。うっ、こ、これは……
「こ、これなんだがなセイバ?、万物融化?(アルカヘスト)ってやつなんだ!」
その?きが耳に入った途端、俺は本能的に話題を逸らしていた。
「シロウ、話を逸らそうとしていませんか?」
「そ、そんな事はないぞ! 第一こいつについて聞きたがってたのはセイバ?だろ?」
「それはそうですが……」
ともかく、俺はセイバ?のどこか?然としないと言った表情を敢えて無視して、万物融化?(アルカヘスト)の?明を?けた。とにかく今はさっきの話題を?けてはいけない。
何せセイバ?の言う遠坂の趣味は、「……無?使い……」だったのだから。
「ほほう、全てを溶かす液?ですか」
「ああ、パラケルススって人が見つけたらしい。こいつの作成が祖材科(マテリアル?ハ?メストロジ?)の最終考査なんだ」
俺は、漸く興味を目の前のフラスコに?してくれたセイバ?に、頭の中で授業のおさらいをしながら?明を?けた。
“全ては一にして、一は全て”
魔術の?ての源はこれだ。一は?てであると同時に?てに一は存在する。この“一”こそは根源。そして魔術師は自分の中にある“一”つまり魔術回路を通してそこに向かう。そして一般的な?金術師とは、自らを含めて?ての中に存在する“一”を抽出し、それを用いて根源への道を開こうとする魔術師の事なのだ。俗に言う“賢者の石”って奴は、この抽出された“一”の結晶というわけだ。
そしてこの万物融化?(アルカヘスト)。全ての物を“氷に湯をかけたように”溶かすこの液?は、この?金術の究極の目標、賢者の石を作り出す?に必須の祖材だ。
尤も、?てに一が含まれているといったって、科?のように元素として中に入っているわけじゃない。あくまで“?念”としてその痕跡があるってだけだ。だからもし“一”を取り出したければ、科?的でなく?念的に存在を分解し“一”を抽出しなければならない。だから、こいつも?ての物を溶かすって言っても、化?的な分解でなく?念を溶解する魔術的な物質ってわけだ。
「しかしシロウ、?てを溶かせる液?というのは、些かおかしくありませんか? ?てを溶かせる以上、それを?める容器すら溶かしてしまうように思えますし、そんなものを扱う事も不可能なのでは?」
とはいえセイバ?の言うとおり、“何でも溶かす物をどうやって治めるか?”という問題から、こいつは“表”の世界じゃ製造不可能、つまり存在しない物だって言われてきた。そう、普通ならそんなものあるはずがない。
「だからこうやって扱うんだ」
だが俺たちは魔術師。俺はセイバ?に、フラスコの底に描かれた魔法陣を指し示しながら話を?けた。
「成程、宙に浮かして作り上げるわけですか」
「そうなんだ。こうやって宙に浮かして仕上げて、更にそいつを加工して、溶かしたい物以外は溶けない?にするってわけさ」
重力呪で固定し最後の工程を成し、?念を付?して特定?念のみを溶かす溶液に仕上げる。こいつが今期の俺に課された課題だった。
「つまり、これは金?用なのですね」
そして目の前で、虹色から金色に?りながらフラスコの底に落ちていく液球は、さまざまな?念を添付して“金”の?念を溶解出?るように加工されたものだ。
「おう。一?溶かして、今度はそいつを蒸留して別の物に組み替えるって事も出?るんだぞ」
俺は更に、こいつの使い道についてもセイバ?に?明した。
物質を?念に融解し、それを蒸留添加し別の物質の?念に組み上げ固める。つまりこれが物質?成、?義の?金術って奴だ。
「おお!」
と、そこまで話したところでセイバ?の目の色が?った。
「つ、つまり。これで金が作れるのですね!?」
そこに食いついたか……
?持ちはわかる。セイバ?にはいつも金で苦?かけてきたからなぁ。主に遠坂が。
「一?これだけあれば、一キロの鉛を金に作り?えることくらいなら出?るな」
俺は、それがまるで財?の山であるかのように、きらきらとフラスコに目を輝かせているセイバ?に苦笑しながら“事?”を話した。
「ただしこいつを作るのには、それと同じ重さの金以上の金(かね)がかかるし、鉛の?念溶液から金を蒸留するのにもやっぱり同じくらいの金がかかるんだ」
「くっ…… つまり」
金を作るのに、金の?値の二倍以上の金(かね)がかかるってわけだ。?念。
「考えてみれば、これをシロウが作れるという事は?も作れるという事。もし安?に金が作れるのならば、とうに?が作っていましたね……」
そう、?は俺も最初にこの事を聞いた時に、遠坂に同じような事を尋ねてみたのだ。だが?えは?然、今の俺の答えと一?。
あの時の遠坂の?に口惜しそうな顔は、いま目の前に居るセイバ?の悔しそうな顔と甲乙付けがたいものだったなぁ。
「ああ、二人とも。ここにいたんだぁ」
などと、二人?って遠坂の顔を思い出しつつ溜息をついたところに、工房の入り口からとうの遠坂さんが顔を?かせてきた。
「?、施術は終わったのですか?」
「おわったぁ……」
入って?いと促すと、遠坂はセイバ?ににへらと嬉しそうに笑いながら手を振り、そのまま俺の方に何?か?束無げな足取りでやって?る。
「おいおい、大丈夫か?」
俺は慌てて立ち上がり、そんな遠坂に?み寄った。
何をやっていたかは知らないが、よっぽど大?な施術だったのだろう。ふらふらとかなり危なっかしい。
「だいじょうぶぅ」
全然大丈夫くない。表情だって思いっきり無防備。?起きでもないのに、こういう遠坂は非常に珍しい。俺は、流石に心配になって遠坂の腑?けた顔を?き?んだ。
「とお……っ!」
「……!」
「んっ……へへへ」
だが、これが拙かった。遠坂と目が合った途端、遠坂の瞳が??っぽく光り、俺の唇はずっと柔らかくて?かい唇に塞がれてしまったのだ。
「ぷはっ! こ、こら、遠坂! いきなりなんだってんだ!」
「士?分のほきゅう」
「な、なんだよ、その士?分ってのは!?」
「士?分は士?分よ。士?に含まれてて、わたしには必須の成分なんだから」
セイバ?の視線が痛いほど感じられる中ほぼ一分、遠坂は俺の唇を離してくれなかった。しかも漸く離してくれたと思ったら、今度は逃がす物かとばかりにがっちりと抱きついて俺の胸に顔を埋ながら、意味不明な事をほざきやがる。
「ふう、補給完了。やっぱり士?分は?くわねぇ」
そんなこんなで、結局俺が解放されたのは、最初に不意打ちを食らわされてから五分近く?った後だった。
士?分ってのが一?どんな物かは知らないが、遠坂の奴はさっきとは打って?わってきりっとした表情で、足取りもしっかりした物に?っていた。心なしか血色もよくなったように思える。それに引き換えこっちは不意打ちの混?と、セイバ?の冷ややかな視線で一?に消耗してしまった。本?に何か吸い取られたのかもしれない。
いやまあ、その……別に嫌だったってわけでもないんだが……
「?、シロウ。二人が仲が良いのは大?良い事だと思いますが、お互いまだ?生の身。衝動的な家族計?だけはしないようお願いします」
と、そこに追い討ちをかけるように、セイバ?がとっても綺麗な笑顔でとんでもない事を言ってきやがった。
「セ、セイバ?! 家族計?って……」
「あ、それなら大丈夫。ちゃんと考えてるから」
余りの事に思わず?を上げかけた俺だったが、その?に遠坂の更にとんでもない科白が被さってきた。
「こっちで子作りの予定はないわよ? そういう事は、やっぱり時計塔での修?が終わった後ね」
「と、遠坂さん?」
「おお、それでは!?」
「うん、日本に?ってから。二人は欲しいわね」
「それは?しみです。是非、私にも二人の子を抱かせて頂きたい」
「お~い……」
「勿論よ。セイバ?にも子供の?育とか、手?ってもらいたいし」
「ああ、それは良い。?とシロウの子供ですから、男の子でも女の子でもさぞや可愛い事でしょう」
「……」
なんだか思いっきり顔に血が上って、言葉も無い俺を他所に?しげに未?設計を語る遠坂とセイバ?。
そうか、子供は二人か。やっぱり男と女が良いなぁ、衛宮邸(俺の家)も遠坂邸(遠坂の家)も?いから部屋には困らないし。あ、でも庭は衛宮邸(俺の家)の方が?いなぁ……って、そんなこと考えてる場合じゃない!
「ちょ、ちょっと待て!」
危うく現?逃避するとこだった。俺はそんな話一度も?いたことが無いぞ。そ、そんな、遠坂と俺の子供なんて……
俺は話が手?れになる前に、大慌てて二人の話に割って入った。
「遠坂! そ、そういう事をだな、勝手に決めるな!」
だが、勢い?んで割り?んだ途端、俺はそれまで和???とお?りしていた女の子二人に、凄まじい視線で?みつけられてしまった。
「なに? 士?子供嫌い? わたしじゃ?目?」
「いや、子供は嫌いじゃないし、遠坂がそう言ってくれるのは嬉しいけど……」
「シロウ、まさかやる事をやっておいて責任逃れをしようなどと……」
「ば、馬鹿! そんなわけないだろ! そ、その……遠坂との間に子供が出?たら、俺はきちんと責任を取る!」
と、ここまで言ってしまって端と?が付いた。
いつの間にか遠坂が、口の端を吊り上げる?に人の?い笑みを浮かべ、俺のことを?しげに見据えて居るのだ。一方セイバ?はセイバ?で、何か臍をかむような恨みがましい視線を俺に向けてたりする。
「よかった。有難う士?。それじゃ、士?分の補給も終わったことだし、後はよろしくね。わたしは夕方まで?るから」
そのまま?に?足げに工房を後にする遠坂さん。後に?った俺とセイバ?は?然とするだけだ。
「……シロウは?に甘い……」
セイバ?さん、散?引っ?き回されて、結局誤魔化されたのはあなたも一?なんですけど?
「シロウ、こちらは終わりました」
前庭から窓越しにセイバ?の?が響いてくる。顔を上げると、倫敦には珍しい?空の下ずらりと?んだ洗濯物の列を背にやれやれといった顔でセイバ?が苦笑しながらこちらに向かってくる所だった。
「おう、掃除の方もあらかた片付いたぞ、そろそろ?飯にしよう」
「ああ、その言葉を待っていました」
そろそろ頃合も良い、そう思って?えを返したら、途端にセイバ?の苦笑が零れんばかりに輝く笑みに取って代わった。?に見事な?りっぷりだ。
セイバ?、君もカミングアウトしたんだね……
俺はそんなことを考えながら、掃除機を止め腰を伸ばした。
あの後、暫し?然としていた俺たちだったが、結局どちらともなく苦笑しながら顔を合わせ、この一週間ばかりで溜まった家事を片付ける事になった。
セイバ?が頑張ってくれていたとはいえ、今のセイバ?は前と違って家事以外にも、バイトやら何やらと色?とやらねばならない事が結構ある。最低限の手入れはしてくれていたが、それでも片付けなければならない物や洗濯物はかなり溜まっていたのだ。
「全く、一番散らかすのは?だというのに」
「そういうな、あいつの後始末は俺たちの仕事だろ?」
俺は約束に反して簡?になってしまった?食を作りながら、セイバ?の愚痴に?えた。
誰かが突っ走った時、後ろを支えるのは?った二人の仕事。俺たち三人には、何時とは無しにそんな約束じみたものが出?上がっていたのだ。
「それは判っていますが、甘えるなら甘えるでもう少し上手く甘えて欲しい」
だが、俺の何?か諦?交じりの?えが?に入らなかったのか、セイバ?は?く口を尖らせて恨みがましい視線を向けてきた。
尤も文句の言い?にある通り、セイバ?だってその事は判っている。片付けを始める前にそっと?いた?室で、着替えもせず泥のように眠っていた遠坂の姿。俺たちを散?引っ?き回し、余裕綽?で立ち去った遠坂だったが、?際はこの一週間の施術の繰り返しで本?に精根?き果てていたのだろう。全く、意地っ張りな奴だ。
「まあ、遠坂が甘え下手だってのは確かだがな」
「素直に甘えてくれば良いのです。?が甘えてくれる事自?は良い事と思っています」
そう、確かに遠坂は出?る奴で、なんでもそつなく熟せる優等生だ。だが同時にどうしようもなく危なっかしいところも持っている。
ずっと一人で頑張ってきた弊害だろう、なんでも?りでやろうとしすぎるのだ。まぁ、それについては目の前に居るセイバ?も一?だけど。
「シロウ、それはシロウも一?です」
と、そんな事を話したら、セイバ?は溜息混じりに切り返してきた。そ、そうなのか? 自?は無いんだが……
「なんにせよ、苦?はあるけど遠坂が甘えてくれるのは嬉しいぞ。あいつは頑張りすぎだからな、セイバ?もだけど」
「はいはい、それでは私も精?甘えさせていただきます」
甘える事はともかく、これからは少しだけ一人で突っ走る事は?もうと心に留め、俺は出?上がった?食をセイバ?に差し出した。
セイバ?も多分同じ?持ちなのだろう。自分から甘えるなんて、昔のセイバ?なら例え冗談でも口にしない言葉だ。それが出たって事は、それだけ俺たちはセイバ?から信用されている、好ましく思われているという事だ。それは、とても嬉しい事だった。
「……シロウは?に甘い……」
尤も、それはセイバ?が手渡した?食に?づくまでだった。
やっぱりチ?ズとハムだけのサンドウィッチは拙かったかなぁ……
――ただ今??した。おお、相?わらず主と王は仲睦まじいな。
そんな少しばかり?呑な空?の中で?食を取っていると、庭に面した窓から嫌味なぐらい堂?とした物腰の鴉(ランス)が舞い?んで?て、悠然と居間のソファ?に羽を休めた。
「ランス……貴方の目にはこの?子が“仲睦まじい”と映るのですか?」
――いやいや、多少ぎすぎすするくらいは、男女の仲では親愛の?と思いましてな。それより、魔女殿は?
だが、流石は最?の騎士。この程度の嫌味ではびくともしないらしい。
「遠坂なら自分の部屋で?てるが、なんか用事か?」
セイバ?がランスの言葉がわかることや、ランスの泰然自若たる態度がちょっと羨ましかったりする事は取り合えず置いておいて、俺は珍しく遠坂を探すランスに問いかけた。
こいつと遠坂は些か相性が?い。寄ると?ると口喧?をしているような?がする。まぁルヴィア?と遠坂の例を見るまでもなく、別に嫌い合ってるってわけじゃないようだけど。
――ふむ、?はルヴィアゼリッタ?からの?け物があるのだ。
ああ、思い出した。先週だったか、遠坂の奴にランスを借りるからって言われたな。って、もしかして今までずっと借りられっぱなしだったのか?
――如何にも、いや魔女殿は人使いが荒い。
そのことを尋ねると、ランスはいかにもやれやれと言った口調で?緯を話してくれた。俺も忙しさにかまけてすっかり忘れてたけど、道理でこの所ランスの姿を見かけなかったわけだ。
なんでもこの一週間、二人が一?で居るときを除いて、殆ど四六時中ルヴィア?と遠坂の間の連絡使(ク?リエ)として飛び回らされていたそうだ。全く、?が付かなかった俺も?いけど、人の使い魔をそこまでこき使うか? 流石にこれは、一本釘を刺しとかなきゃいけないなぁ。
「それでシロウ。どうしますか?」
「どうしますって、これは一?がつんとだな……」
「いえ、ルヴィアゼリッタからの?け物です。?を起こしてきましょうか?」
「あ、ええと……」
ああ、そうだった。遠坂は?てたんだ。そのことに?が付くと同時に、俺の?裏にさっき?いた?室の?子が思い浮かんだ。あの完璧主義者の遠坂が、着替えもせずに泥のようにベッドに倒れこんでいた。
あいつの事だ、もし一人なら無理してでもきちんと着替えて、それから眠りに付いただろう。それが、あんなに無防備に……
「いや、それはまだ良いだろう。取敢えずルヴィアさんからの?け物は工房に置いておいて、遠坂が起きて?たら一?がつんと言ってやるぞ」
うん、これで良い。?分と頑張ってたみたいだし、今起こしちゃ可哀相だしな。文句は文句、これはこれだ。
「……なにさ?」
そうと決まればと早速と、俺はランスからルヴィア?からの?け物を受け取ろうと手を伸ばしたのだが、ランスは頭を伏せて全身を震わせているし、セイバ?はセイバ?でこめかみを抑えて溜息をついている。
―― ……いやいや……主よ、流石に主だ。
「……やっぱり、シロウは?に甘い」
そ、そうかなぁ……
――主よ、ここはやはり一?がつんと言ったほうが良いぞ。
散?二人に笑われたり拗ねられたりした?句、漸くランスから?け物を受け取った俺は、そいつを遠坂の工房に納めようと扉を開けた。
で、扉を開けた直後のランスの科白がこれだ。?際俺も一瞬、今すぐ遠坂を叩き起こして一?どやしつける誘惑に?られた。
―― これは魔女のばあさんの呪いか何かかな?
「一時間ほどでどうしてここまで……」
「遠坂ぁぁぁっ!」
いっそ見事だと頭を振るランスに、がっくりと膝を付くセイバ?。そして部屋の??に思わず?を上げていた俺。そこは正に地獄の釜の底といった?態だった。
いつもだってお世?にも整理されているとは言いがたい遠坂の工房だったが、今日は事の外酷い。扉から中央にある作業台に?く細い通路を除いて、床一面に一?今まで何?に仕舞ってあったんだってほどの量の魔具や素材が、思いっきり引っくり返されているのだ。どう考えても工房にあった棚や櫃に?まりそうに無い量だ。まぁ勿論、ここにある棚や櫃は見かけ通りの容量じゃないから、きちんと片付ければ?まるのだろうが……
――して主。如何する?
「……片付ける。お前も手?え」
俺はセイバ?の抗議?悟で、腹に力を入れなおしランスに?えた。無論、後で遠坂にはしっかりと話をつけるつもりだが、遠坂の後片付けが俺たちの仕事だって思いは?っていない。それに何より、今遠坂を起こしても、この??の片付けには何の意味も無い。むしろ邪魔だったりする。
「?は片付けに不自由な人ですから……」
が、案に相違してセイバ?は、がっくりと肩を落としポツリと一言だけ?いただけで、苦笑しながらも俺同?よしとばかりに立ち上がってきた。
「その、良いのかセイバ?」
俺としては、また“シロウは?に甘い”と?みつけられる事くらい?悟していたので、こいつにはちょっと拍子?けする思いだ。
「仕方ありません。?とて好きで散らかしたわけではないと思います。それだけぎりぎりの施術であったのでしょう」
尤も、そんな思いもセイバ?の?恥ずかしげに漏らした一言で、すっかり氷解していた。
――?に甘いのは私も一?ですから。
俺はそんな?きに苦笑しながら、セイバ?と共に工房の後片付けを始める事にした。結局、俺たちは?ってあいつに甘かったって事らしい。
「よし、それじゃとっとと片付けちまおう」
「はい、シロウ」
尤も、これが終ったあと遠坂にたっぷりと??食らわせてやろうってのも、俺たち共通の思いだってのは言うまでも無かった。
「シロウ、これは?」
「ええと……そいつは?がってるっぽいな。一旦置いておいて、その先の道具を一山持ってきてくれ。そっちはこの櫃に?まるはずだから」
こうして遠坂の工房の片づけを始めた俺たちだったが、作業はかなり難航していた。
なにせ、ここは一流の魔術師の工房。如何に弟子(おれ)と使い魔(セイバ?)だからって全部が全部判るわけじゃない。しかも無造作に置かれた道具類が管(パイプ)や魔術線(パス)であちこちに?がったままだったりする。そんなわけで、俺たちとしては如何にも危なっかしそうな物には手を?れず、判る物だけを整理する事になったのだ。
「……こんな物かな?」
「余り片付きませんでしたね」
それでも何とか、中央の作業台周りを?して片付け終わったのだが、そこかしこに未着手(アンタッチャブル)の道具類を?して、?食いの整理にならざるを得なかった。
「まぁ仕方ないさ、とっとと終わらせちまおう。セイバ?、足元に?を付けてな」
「はい、シロウも?をつけてください」
ともかく手を動かさなければ始まらない。
俺たちは、他の場所同?にいまだ?がったままの機材を巧みに避けながら、この工房最後の秘境、魔術書や?物の密林と化した作業台を、文明の光を以って開拓に挑んだ。
「うわぁ……」
艱難辛苦の末、何とか遠坂が作業していた?りの?掘を終えた俺は、眼前に展開された光景に思わず感嘆の?を上げてしまった。
遠坂が精根?き果てるはずだ。工房中の道具や魔具を引っ張り出しての施術だって、これなら納得できる。出?れば、もう少し段取り良くやってもらいたかったけどな……
「どうしたのですか? シロウ」
などと感心していたら、手が止まっていますよと?い叱責の?った視線のセイバ?が、足元の障害物をひょいひょい避けながら俺の傍らまで進んできた。
「すまん、セイバ?。ちょっとな。こいつを見てくれよ」
俺はそんなセイバ?を手招きし、作業台の一角で大量のフラスコが危なっかしく積み重ねられている?りを見るようにと促した。
「こちらですか? ……! シロウ、これはまさか……」
そこにあるのは、小さなビロ?ドの台に置かれた一見何の?哲も無い乳白色の?玉。だが、その周?の?石屑や拳二つほどの長さの柄を目にすると、セイバ?の顔色が?った。
「そう、そのまさかだ」
そいつは紛れもなく、嘗て俺が投影した?石?(ゼルレッチ)の成れの果てだった。遠坂の奴、模造品(フェイク)とはいえ魔法の設計?を分解しやがったのだ。
「思い切ったことをする物ですね……」
「ああ、遠坂がぶっ倒れるわけだ」
俺たちは改めて工房を、作業台を見渡して溜息を付いた。案の定、工房中の魔具や道具は?てこの一角に?がれている。
「多分こいつを使ったんだろうな」
感嘆しているセイバ?に、俺は更に周?のフラスコを示しながら話を?けた。
「これは……先ほどシロウが扱っていたフラスコに似ていますね?」
「ああ、理屈は同じだ。万物融化?(アルカヘスト)。それの加工溶液だ」
?石?の設計?と言っても、俺の作った模造品は外側だけの伽藍堂だ。つまり材質や構成はともかく、魔術的には?念の?っていないただの品物に過ぎなかった。
勿論、如何に遠坂といえども、魔法の?念を再構築して模造品を本物になんてできるわけが無い。だから遠坂は各種の万物融化?(アルカヘスト)の溶液を?使し、一旦?石?そのものを溶解して、その?念構造を分析添付することで、模造品の素材部分から限りなく本物に近い品を“削りだ”(再 構 築)してのけたのだ。
「で、多分こいつがルヴィアさんの分だな」
更に俺は、さっきランスから受け取った小さな皮袋を、遠坂の?玉の脇に置いて?げて見せた。中に入っていたのは色とりどりの六つの?玉。恐らく何かの術式で模造品を二つに分け、分?して再構成したのだろう。
「つまり、二人はついに魔法に挑むのですか?」
「そこまでは判らないけど、それに近い事を企んでるだろうな。こいつらはもう?物じゃない」
模造品とはいえ、魔法?から削りだした純度の高い構成物。?にこいつらは俺が創った模造品とは全く別のものに?っていた。今まで遠坂とルヴィア?がやってきたことを考えれば、また一?魔法に近づく試みである事は確かだろう。
「ま、詳しい事は遠坂が起きてから聞くとして、整理の方を片付けちまおう」
「はい、シロウ」
遠坂やルヴィア?からこいつの話を聞くのはそれから。俺はそう思い、?玉の周?にシャンペンタワ?のように不安定な?態に置かれたフラスコの群に視線を移した。
「あ……」
途端俺の視線は、幾重にも積み重ねられたフラスコ群の一角に釘付けになってしまった。
丁度中央?り。そろそろ魔力が切れかけているのだろうか、底に描かれた魔法陣が点滅しているそのフラスコには……
「あ、あの馬鹿ぁ!!」
虹色に輝く万物融化?(アルカヘスト)の原液がふらつきながら浮いていたのだ。
「と、とと――同調、開始(トレ?ス?オン)!」
だが、頭を抱えている暇は無い。俺は慌ててそのフラスコに飛びつくと、大急ぎで魔術回路を開いて魔法陣へと魔力を流し?んだ。
「……ふう……」
何とか間に合ったようだ。輝きを取り?した魔法陣を確認し、俺はほっと息をついた。大丈夫、フラスコの中央に浮かぶ液球も、ふらつきを止め安定していく。
危なかった。なにせこいつは“?てを溶かす”んだ、?然フラスコの底なんてあっという間に?けてしまう。しかも回りは?念溶液の詰まったフラスコだらけ。次?に突き?け、混ざり合った?念がどんな結果を生み出すかなんて……考えるだけで恐ろしくなる。
しかし、これでまた遠坂へのお小言の種が?えた。あいつ、原液の保存?理しないで?やがったな。
「シロウ!」
「え? あっ……」
だが、ほっとしたのもつかの間。俺はセイバ?の?で再び絶句してしまった。
先ほどまで微妙なバランスで積み重なっていたフラスコの群が、今にも崩れそうに?れているのだ。
しまった……今度は俺のドジだ。そりゃシャンペンタワ?から無造作に?ん中のグラス?いたら崩れるよなぁ……
「セ、セイバ?!」
「はい!」
?けてる場合じゃなかった。はっと?が付いた俺の叫びに、セイバ?は?座に?えてくれる。素早く作業台に?け上がりフラスコを……っと、拙い。
「あ、?石踏むなよ!」
「判っています!」
踏み?んだ足先を素早くずらし、セイバ?は何とか崩れかけたフラスコの塔を取り押さえてくれた。……のだが。
「シロウ、動かないでください」
?手を?げ、しっかりとフラスコの塔を押さえ?んだ英?の?足は、文字通り俺の?肩にかかっていた……
「わ、判った……」
とはいえ?ったな。これじゃ身動きが取れない。
――おお、相?わらず主と王は仲睦まじいな。
どうしたものかと頭を抱えていたところに、嫌味なぐらい堂?とした物腰の鴉が、悠然と作業台の上に舞い降りてきた。
「ランス……お前の目にはこれが“仲睦まじい”って見えるのか?」
ランスの奴だ。何時にも?して落ち着き?ったこの態度が無性に腹が立つ。
――いやなに、ちょっとした妬みだ。主は我(わたし)より先に王を呼んだのでな。
「あ……その、?かった」
そう言われると面目ない。俺はランスに素直に謝った。確か現役を差し置いて前任者に?をかけられたら、やっぱり?分が良いもんじゃないだろう。
――ああ、主よ。我(わたし)も大人?なかった。
良かった。ランスもわかってくれた。これで一件……
「シロウ! ランス! 遊んでいる場合ではありません、この?況を!」
落着するわきゃなかった。俺はセイバ?の怒?で我に返り、大急ぎでランスに指示を飛ばした。
「そ、そうだ。ランス、遠坂を……」
――それなら心配無用。
だが、鴉になっても流石は完璧の騎士。俺がセイバ?に向かって叫んだのとほぼ同時に、ランスは遠坂を起こしに行ってくれていたと言う。
――見られよ主よ、魔女殿がやってきた。
「……もう、なによぉ。いきなり……」
と、そこに早速、遠坂の奴が工房の?口に姿を現した。やれやれ助かった、ナイスだランス。
「ああ、?……っ!」
「遠坂、良く?てくれた、?は……っ!」
だが、俺とセイバ?はふらふらと?み寄ってくる遠坂の姿に、言葉を失ってしまった。
「あ、セイバ?、シロウ? なんか面白そうな事してる……」
とろんとした目つき、危なっかしい足元。遠坂……お前まだ?ぼけてるな……
「わたしも混ぜなさい」
ああ。
俺はいっそ感心した。?ぼけていても遠坂は遠坂だ。「混ぜて」じゃなく「混ぜなさい」。こんな時でも、口から出るのは命令形だ。
「……おはよ、しろう」
だが、そんな現?逃避も、遠坂がにっこりと笑いながら俺の胸に思いっきり?重を掛けて飛び?んできた途端、ものの見事に吹き飛ばされていた。
「と、遠坂!」
「シ、シロウ!」
肩にセイバ?、手にフラスコ、そして胸に遠坂。僅かに?秒。それが限界だった。ああ、切嗣(おやじ)すまない。俺は、たった二人の女の子さえ支えきれなかった。
「きゃ!」
「ぐっ! セイバ?!」
「は、はい!」
ついに崩れた俺たちの人間ピラミッド。だが、それでも諦めるわけにはいかない。俺は?ぼけた遠坂を何とか?腕で抱きかかえて庇いながら、最後の希望をセイバ?に託した。
―― 速!――
次の瞬間?い閃光が走った。
作業台に押し倒されしたたか背中を打った俺だったが、一瞬だけ今の?況を忘れセイバ?の姿に見惚れてしまった。
バランスを崩した時、どうやらただずり落ちるのではなく、あえて俺の肩を蹴り上げて自分の望む軌道を描くように調整したらしい。崩れるフラスコを次?と?い上げ胸に抱きかかえて行くセイバ?。よし、これなら何とか無事に切り?けられそうだ。
「シ、シロウ! フラスコを!」
なんとかなる、そう思ってほっと息をつこうとしたところで、セイバ?が目を見開いて俺に向かって叫び?を上げた。
フラスコ? それなら今セイバ?が最後の一個を……
「あ……」
不思議に思い、倒れたまま首を曲げてセイバ?に視線を送って?が付いた。
?っ飛びするセイバ?と、遠坂を胸に抱きかかえて倒れながら見上げるような形になった俺の丁度中間?り。そう、作業台の上、例の?玉の?上?りだ。
―― ?……
くるくると回?しながら落ちていく一?のフラスコが、まるでスロ?モ?ションのように俺の瞳に映っていた。
しまった、遠坂を抱き抱えた時に、手に持ったフラスコ放り投げちまってた!
それでも、まだまだ間に合う。俺とセイバ?は、同時にそのフラスコに手を伸ばした。
そう、確かに間に合ったはずだ。
もし、フラスコが回?せずに落ちていたら十分間に合ったろう。或いはフラスコの中身があんな物でなかったら……
―― 零……
だが、フラスコは回?していた。そしてフラスコの中身は、万物融化?(アルカヘスト)の原液って言う碌でもない液?だった。
底に描かれた重力呪によって固定されていた液球は、回?の遠心力により振り回され、呪を振りほどいてそのままフラスコの側面を溶かし、作業台に置かれた?玉に向かって弧を描いていく。
「つぅ!」
「くっ!」
更に万物融化?(アルカヘスト)は、俺とセイバ?が伸ばした手をも融過し軌道の終着点、?玉に吸い?まれて行った。
―― ?!――
そして閃光。
融過した液に?玉が?れるのと、そこに俺とセイバ?の伸ばした掌が被さっていくのとほぼ同時に、俺とセイバ?の掌を透くように七色の閃光が立ち上り、瞬く間に工房全?を包み?んで行った。
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大?長らくお待たせしました。Fate/In Britainの新作です。
魔法に挑む遠坂さんと、それを支える士?くんとセイバ?さん。
とはいえ、魔法に挑むって大仕事に挑んでいる割には、遠坂さんはいつもどおりのだだ漏れっぷりのようです。シロウとセイバ?苦?しています。
その苦?が報われるか否か、後編をお?しみください。
「多重次元屈折現象(キシュア?ゼルレッチ)」という物がある。
遠坂の家における魔術師としての祖にして、魔法使いたるキシュア?ゼルレッチ?シュバインオ?グ師。こいつは、この魔法使いが使う第二魔法――無限に列なる?行世界を自由に制御する則――の一形態で、これまた遠坂の家に宿題として?えられた課題、?石?によって制御しうる魔法なのだと言う。
ちなみにこの魔法の前提になっている「平行世界」。俺たちの世界とほぼ同一で、ほんの少しだけ選んだ選?肢が違っていた世界ってのは、合わせ鏡のように無窮に存在しているらしい。
つまり、「多重次元屈折現象」と言うのは、今現在俺たちが生きている「この世界」と殆ど?り無い他の「隣の世界」との間に穴を開け、そっちの物を勝手に使ってしまえる則の事なのだそうだ。
尤も、遠坂やルヴィア?をしても、そんなことをそう簡?に出?るわけじゃない。
それでも何とか「隣の世界」を?く事くらいまでは行きたいと必死で頑張って、漸くその?口まではたどり着いたといったところらしい。
そして遠坂たちは今回、その?口から一?中へと踏み?む施術を行う……?だった。
“?だった”と言うのは。それがちょっとした手違いで、違った結末に向かってしまったからだ。
おうさまのけん
「?の王」 -King Aruthoria- 第九話 後編
Saber
「シロウ! ?! 無事ですか!?」
どのくらい意識を失っていただろう。俺の目を?ましたのは、そんなセイバ?の?だった。
「ああ、なんとか……つっ!」
立ち上がろう手を付いた所で掌に痛みが走る。慌てて引き?してみるとそこには綺麗な孔になった傷と血まみれの?玉。どうやら無意識のうちに?み取っていたようだ。
「あたたたた……もう、なんだったの?」
僅かに?れて、俺の腕の中で遠坂も身じろぎを始めた。今度は?とぼけてはいないらしく、少しばかり不機嫌な目つきではあったが、俺に向かってはっきりとした?い視線を送ってくる。
「いや、俺にもさっぱり。セイバ?、あれからどうなったんだ?」
とはいえ、俺も意識を失っていたもんでさっぱりわからない。俺は改めて身を起こし、遠坂を床に下ろしながらセイバ?に尋ねてみた。
「あれからも何も、一瞬だけおかしな光に包まれただけで。私にもさっぱり……」
だが、セイバ?も首を傾げるだけだ。そう言われて改めて見渡すと、確かに、別に?った?子は見られない。?わったところと言えば、恐らくセイバ?が立ち上がるときに片付けたのだろう、作業台の上にフラスコの列がきちんと?んでいる事くらいだ。
「あれ?」
いや、それだけかな? なんか工房全?が妙に小ざっぱりして無いか?
「ああもう、いきなり叩き起こしといて何の?ぎ? きっちり?明して欲しいわね」
だが、そう思ってもう一度見渡そうとしたところで、遠坂に首を引っつかまれ、?正面から?みつけられてしまった。まぁ言いたい事はわかるが、こればっかりは聞き捨てなら無い。
「?……」
「ちょっと待て、遠坂」
幸い?害はなかったようだけど、こうなったのは誰のせいですか?
俺とセイバ?は視線にそんな思いを?め、逆に遠坂を?み返してやった。
「な、なによ……」
「なによ、じゃないだろ?」
「そ、そりゃあ、工房を散らかしっぱなしだった事とか、ランスを?って借り?けてた事は?かったと思ってるわよ……」
ほほう、そっちについては確信犯、いや故意犯だったってわけか。
「それはいい」
そう、それについては俺もセイバ?も決着が付いている。
「ランスの事は俺が放っておいたのもいけないし、工房の後片付けも、この通りほぼ終わった。その後の事だ」
俺は綺麗に整頓された工房?を指し示しながら、もう一度遠坂の顔を?き?んだ。
「へ?」
だが、遠坂はきょとんとした顔で、俺とセイバ?の顔を交互に見つめるだけだ。そうかそうか、お前?えてないんだな……
「?、それよりもこの工房に入ってきた時からの事を思い出して頂きたい」
「えっと、それってランスの奴に起こされてからって事?」
「そうだ」
「ええと……」
暫くはてなマ?クを浮かべて、可愛らしく小首をかしげていた遠坂だったが、俺とセイバ?の無言の?力に、流石に少しばかり??されたらしく、指折り?えながら自分の行動を反芻しだした。
「あいつに起こされて……ここに?たら、士?とセイバ?がなんか人間ピラミッドみたいなことしてて、面白そうだなって……あっ!」
ここで漸く思い出したようだ。遠坂はしまったとばかりに手を口に?て、作業台のフラスコ、セイバ?の顔、俺の顔と順番に視線を彷徨わせ出した。
「えっと……もしかして……わたしのせい?」
「そうだ!」
「そうです!」
「ご、ごめん」
頭を抱えて謝る遠坂を、俺たちは暫くの間?み据え?けてやった。
「とにかくごめん。わたしの不注意だったわ」
「まぁ、?起きだったしな」
とはいえ、深?と頭を下げる遠坂を前に、俺もセイバ?も何時までも?んでいるわけには行かなかった。迷惑をかけたら素直に謝る、失敗したら反省する。これもまた俺たちの間での約束だった。
「ところで、士?。さっきの光だけど、なんだったのかしら?」
「遠坂、そっちは俺たちが謝らなきゃならない」
となれば今度はこっちの番だ。俺はランスがルヴィア?からの?け物を持ってきたところから、工房の片付け、フラスコの崖崩れ、そして最後に取りこぼしたフラスコから零れ落ちた万物融化?(アルカヘスト)が、あの?玉に降りかかった事までを遠坂に?明した。
「そ……それじゃ、わたしの石は?」
「それならここにある。取敢えず無事っぽいけど……」
流石に、話の最後の頃には遠坂の顔色が?っていた。だから俺は、少しでも安心させようと掌に?まっていた?玉を手渡した。
「士?……」
だが遠坂は石を持ったまま、安心どころか今度は不安そうな顔になって俺の顔を見詰めてくる。はて?
「怪我したの?」
「え? ああ言ったろ、液を受けようとしたんだけど溶かされちまったんだ」
どうやら俺の怪我を心配してくれたようだ。大?有難いのだが、それでも結局あんな事になってしまっただけに、どうにも後ろめたい。
「そっか、だから原液じゃなくなって……。有難う士?。石は無事みたい」
遠坂はそう言うと、ハンケチを取り出して俺の掌を縛りながら治癒の呪まで掛けてくれる。なんか、こう……凄くこそばゆい。
「いや、感謝される謂れは無いぞ。それどころか謝らなきゃいけないくらいだ。俺がしっかりフラスコを持ってれば、端っからこんな事にはならなかった」
「でも、それってわたしが抱きついたからでしょ? やっぱりわたしのせいよ」
「それはさっき決着付いたろ? 俺の仕挫りだ」
「士?は頑固ね……」
「……遠坂だって同じだろ?」
お互い一?も?らず、ついに?み合うようになってしまった俺と遠坂。が、次の瞬間お互いに噴き出していた。
「馬鹿みたい、お互い?って事にしましょ」
「だな、何やってたんだろう?」
本?に馬鹿みたいだ。俺たちはひとしきり笑いあった後、何時しか肩を寄せ合って見詰め合っていた。
「士?、?……」
と、ここでセイバ?の?が割ってはいってきた。し、しまった!
「セ、セイバ?。忘れてたわけじゃないぞ!」
「そ、そうよ。別にじゃれあってたわけでもないのよ?」
慌ててセイバ?に向き直って必死に弁解する俺と遠坂。
「いえ、そうではないのです」
だがセイバ?は俺たちのそんな?子を一?みこそしたものの、一つ咳?いしただけで?摯な表情に?ると、作業台の一角を指し示した。
「……え?」
「……へ?」
なんだろう? セイバ?の指先に誘われるように視線を移した俺たちは、途端、言葉を失って顔を見合わせてしまった。
「それでは、あれは一?何なのでしょう?」
俺同?に、万物融化?(アルカヘスト)に透化されて血塗られたセイバ?の指先が指し示した場所、些か血で汚れたビロ?ドの台の上には、紛れもなく俺が手に取った物と同じ乳白色の?玉が置いてあったのだから。
「どうだった? 遠坂」
余りに予想外の出?事に、暫く?然と面付き合わせていた俺たちだったが、何時までもそんな事はしていられない。とにかく、一?どうなっているのか、遠坂が早速調べる事になった。
「それが、ちょっと不思議なの。?方とも本物っぽいのよ、少しだけ違うんだけど……」
だが結果は、ほぼ同一と言う、益?分けのわらない物だった。
尤も、石そのものが若干?化した事は不思議で無いと言う。確かに、俺とセイバ?の混ざった?念溶液を浴びて、あんな光を?したのだ、元のままと言う方がおかしいだろう。
なんでも、最初は俺の血を溶かした溶液を被った事で、一種の投影じみた複製が作られたのかとも思ったらしいのだが、それなら全く同じになるはずなので、その??は除外って事になったらしい。
それにまあ、武器でないしかも??の?物をここまで完璧に複製なんて、俺にだって出?はしない。
「しかし、では何故このようなことが?」
「やっぱり、溶液を被った事で何らかの反?が起こったと思う。ちょっと本格的に調べてみるわ」
そう言うと、遠坂は立ち上がって本格的な?査のために、そこいら中の道具を引っ?き回しだした。
「ちょっと待て、遠坂」
「何が欲しいか言って頂ければ、私達が用意します」
このままじゃ、またさっきの二の舞だ。俺とセイバ?は、遠坂を押し止めようと慌てて立ち上がった。
――主よ。
と、後ろから遠坂を羽交い絞めしたところで、工房の入り口から怪訝そうな表情のランスが飛び?んできた。
「なんだランス。今ちょっと取り?んでるんだが」
――?は些か?にかかることがあってな、?て欲しい。
「?は今、遠坂の破?活動を阻止しているとこなんだが、後じゃ拙いか?」
――ふむ、では主よ。ちと?りを見渡してもらいたい。おかしいと思わぬか?
ランスの言葉に俺は、破?活動って何よ! と言う遠坂の?を右から左に流しながら、?りを見渡してみる事にした。
ええと……別に?ったところは……あれ?
「工房が……きちんとしすぎています……」
俺同?に、ランスの言葉に?って周りを見渡していたセイバ?が不振そうに?く。そうか、セイバ?もやっぱりそう思うか。
「確かにそうだな。さっき片付けた時は、遠坂が思いっきり出?目に道具を?べてたんでぐちゃぐちゃだったけど……」
「今のここは、まるで士?か私が手?ったかのようにきちんとしています……」
「……整理が不自由で?かったわね……」
取敢えず、遠坂の?言は聞き流してランスにその?りを尋ねてみると、ランスも同じように感じて他の部屋を回ってみていたのだと言う。
「それで、どうだったんだ?」
――?際に見てもらったほうが早かろう。
俺たちは、?もぶつぶつと文句を言っている遠坂を引き摺りながら、ランスの言葉に?い他の部屋を見て廻る事にした。
「本?だ、お前の檻が無い」
――それだけではない。我(わたし)の集めた?集物はおろか羽一本落ちておらん。
自分の居た痕跡が無い。ランスにそう聞いて確認のために?った俺の部屋には、確かにランスがいたという?が何一つ?っていなかった。しかも、それは持ち去られたとか消えたとかではない。最初からそんな物は無かったとでも言いたいような?態なのだ。
「遠坂、こっちは?」
「やっぱりランスの食器は無かったわ。それに……セイバ?の食器も」
居間に?って、?房を調べてもらっていた遠坂の答えも一?だ。それどころかこっちにはセイバ?の物さえ…… え?
「……なんだって?」
ちょっと待て! セイバ?のものも無い? 俺は大急ぎで?房に飛び?むと、片っ端から食器棚を開けて回った。
無い、無い、無い、ない、ない、ない……
俺の食器、遠坂の食器、客用の食器、特別な時のための取って置きの食器。そういったものは全部きちんとあるのに、セイバ?とランスの?の品だけが綺麗さっぱり消えてる。
いや、違う。棚はきちんと整理されているし、空いているスペ?スがあるわけでもない。そう、まるで最初からそんな物は無かったかのように……
「一?どう言う事さ!?」
「怒鳴らないで、士?。ちょっと考えてみるから」
思わず怒鳴ってしまった俺を、遠坂の冷?な?が遮る。尤も遠坂も平?ではない。口元に手を?て、何か考え?んでいる表情には、抑えては居るが苦?を?み潰したような苦?が窺える。お蔭で少しだけだが落ち着くことが出?た。そうだな、俺たちが焦ってどうする? この?態で一番不安なのは……
「セイバ??」
と、そこに自分の部屋を確認に行っていたセイバ?も?ってきた。何?か足元が?束無ず、顔だって少し蒼い。ってことは……
「はい……私の部屋は物置になっていました……」
やっぱり……
俺と遠坂は、暫し顔を見合わると互いに?き合った。セイバ?はきっと不安になっている。俺たちが支えないと。
「セイバ?、大丈夫だ。俺たちが何とかする」
「そうよセイバ?。これって間違いなくさっきの事件が原因よ。何としてでも解決して見せるから」
「シロウ? ??」
だが、セイバ?に?け寄った俺たちの言動は、セイバ?が不審に思うほど何?か浮き足立った物だった。
そんなセイバ?の表情で俺たちは我に返った。なにしてるんだ? 俺たちが焦ってどうする? これじゃ却ってセイバ?が不安になっちまう。なんでこんなに……
そう思い遠坂と顔を合わせて?が付いた。何の事は無い。不安なのは俺たちの方だった。セイバ?の痕跡の無いこの部屋を目の?たりにした事で、セイバ?を失う不安に?られていたのだ。
だからだろう、俺たちはその時セイバ?が返してくれた笑顔に、本?に力付けられた。
「私は大丈夫です。シロウ、?、有難う」
「あ、いや……うん、いいんだ別に。ひとまず落ち着こう……そうだ、お茶でも淹れようか」
「そ、そうね、わたしもちょっと調べ物してくる」
それはとても綺麗で、とても優しくて、とても暖かい笑顔だった。
「大?判ったわ。まぁ推測だけど」
セイバ?の笑顔で?を取り直し、紅茶を入れて一息ついたところで、工房や自室を引っ?き回していた遠坂が?ってきた。
「早かったな」
「うん、やっぱりちょっと?ぼけてたみたい。落ち着いて考えれば、そう難しいことじゃなかったわ」
とはいえ、紅茶一杯淹れる間に判るなんて、たいした物だと聞いてみたら、遠坂は手に持ったアルバムやら手帳やらを脇に置き、居間のソファ?に腰をおろした。
「それで、一?どういうことだったのでしょう?」
「“ここ”はね、セイバ?の居ない世界なの」
セイバ?から紅茶を受け取りながらの遠坂の何?ない言葉。俺は思わず息を呑んだ。
「ちょっと待て、どういうことなんだ!?」
「落ち着きなさい、士?。“わたし達”のセイバ?が居ないわけじゃないんだから」
だが、勢い?んだ俺は遠坂にぴしゃりと制されてしまった。とうのセイバ?も?しい表情であるが暗さは無い。なんだか予測していたような顔つきだ。
――成程、「多重次元屈折現象」か……
そこに、俺同?セイバ?と遠坂の顔を交互に見据えていたランスの意識が流れ?んできた。
「“多重次元屈折現象”?」
「そう、つまりここはセイバ?のいない、正確に言えばセイバ?の居なくなった?行世界って事ね」
そんなランスの言葉を反芻した俺に、遠坂が良く出?ましたと脇に置いた手帳を手渡してくる。
「なんだ、これ?」
「日記、って言うかメモみたいなものよ。“聖杯??”の時のね」
そう言いながらの遠坂に示された頁には、確かにあの?いの記?が記されていた。ア?チャ?の召喚、衛宮邸での俺やセイバ?との出?い、??の?いとア?チャ?の裏切り、最後の決?。そして勤めを果たしたセイバ?が…… え?
「遠坂、これ……」
「そ、わたし達の記憶と違うわよね」
俺の言葉に、遠坂は更に?きをと視線を落とした俺の手から手帳を?き取ると、パタンと閉じ言葉を?けた。
「ここはセイバ?があの後まで?らずに消えてしまった世界。まぁこの家を見る限り、わたしと士?は倫敦に?てるみたいだし、それ以外は余り?ってないみたいだけど」
更に遠坂は、何故かランスの事を一?みしてから俺たちに視線を?した。
「じゃここは、別の世界だっていうのか? でもどうして?」
「だから、“多重次元屈折現象”よ? 士?、判ってたんじゃないの?」
「あ、いや……その……」
あんた何言ってるの? と眉を?めて迫ってくる遠坂。なんか、こうランスの言葉を鸚鵡返ししただけですって言えない雰??だ……
「成程、つまり?はあの石を使って。?石?を再現しようとしていたのですね?」
そこに今まで?っていたセイバ?が、?きながら割り?んでくれた。
「あぁ、そこまで大事は考えてなかったわ。?石?の類感で、隣の世界を?ければなぁ……って位だったんだけど」
「それが、あの事故でこんな事になっちまったってわけか」
「そっ、そういう事ね」
多分、俺の組成が遠坂の家系として認識され、英?(セイバ?)の組成と化合して世界に穴を穿ち、俺たちをこの世界に放り?んでしまったのではないかと言うのだ。
そこまで聞いて漸く俺も理解できた。
つまり遠坂がやろうとしていた魔法への挑?が、偶然に偶然が重なって全く違った、それでいて一種の魔法じみた現象を起こしてしまったと言う事らしい。
「現?はわかりました。それで、これからどうするのですか?」
「勿論、わたし達の元居た世界に?るわよ」
セイバ?の問いかけに遠坂は明確に?えた。それはそうだろう。第一この世界にだって俺や遠坂は居たはず。俺たちと入れ替わったのか、それとも?に今この時点でここに居ないだけなのか、或いは俺たちに?かれて他の何?かに飛ばされたのか。それはわからないが、何時までもここに居るわけにはいかないってのも事?だ。俺たちはこの世界の異分子だ。何が起こるかわかったもんじゃない。
「その……出?るのか?」
だが、その方法ってのが俺には見?すらつかない。ここに?ちまったって事だって、本?のところ完全に理解しているとは言い切れないところがある。
「やってみなきゃ判らない。でもヒントはあるわ」
尤も、流石に遠坂は俺とは違うらしい。例の二つの?玉を取り出して、徐に解?を始めた。
「この二つね。さっきちょっと削って確かめたんだけど、基本的に同じなんだけど?念構成に少しだけ違いがあったの」
「どんな違いなんだ?」
「うん、ルヴィアから受け取った石あったでしょ? わたし達の??では、わたしの石を基石に、ルヴィアの石を一種のアンテナにしてそれぞれ別の平行世界へのラインを手繰ろうと思ってたの……」
今、この二つの?玉のうち一つには、あの時ルヴィア?から?いた石の中の、とある一つの?念が混在していると言う事らしいのだ。
「恐らくクリ?ンな方はわたし達の世界の石。で、こっちの混じった方はこの世界にあった石でしょうね」
遠坂の推測ではあの?光の瞬間、もろもろの偶然により“多重次元屈折現象”のような現象がおこり、?測のためのラインだけでなくルヴィア?の石の?念までをこっちの世界に飛ばしてしまったのではないかと言う事らしい。
「それが、万物融化?(アルカヘスト)の影響でこっちの基石に融合しちゃって、基石同士の共鳴で穴が?がってわたし達ごとこっちに飛ばされたんだと思うの」
「それで、どうやって?るんだ?」
「類感の逆用を使おうと思うわ」
俺たちがこっちに?た理由はわかった。だが、俺には?り方の方はさっぱり見?が付かないと尋ねてみたら。遠坂は混ざっていると言ったほうの?玉を指し示して?明を?けた。
「こいつはこっちの世界の石に、わたし達の世界の石が混じった?態よね? つまり石は今の私たちの?態そのものなの」
俺たちが今この世界で安定しているのは、この石に類感しているからだと遠坂は類推したのだ。
「成程、じゃそっからルヴィアさんの石の?念を?けば……」
「そ、私たちの存在はこの世界で不安定になる。で、それをこっちのわたしたちの世界の石に溶け?ませれば……」
「類感の作用で元の世界に放り出されるってわけか」
「そういう事。勿論、平行世界移動なんてとんでもない事しようってんだから、補助のための施術はがっちり固めなきゃいけないけど」
それはそうだろう、ただ理屈だけで魔法に?くなら世話は無い。俺は遠坂の顔をもう一度?正面から見据えなおした。
「出?るのか?」
「理屈だけだったら躊躇したでしょうね」
そんな俺の疑問に、僅かに肩を?めて苦笑して見せた遠坂だったが、次の瞬間その瞳に自信をみなぎらせて言い切りやがった。
「でも、偶然とはいえ?際にわたし達はこうやって平行世界移動をした。?績がある以上、一度穴が開いた以上わたしはやり遂げて見せるわ」
見事な物だ。一?の躊躇も無い。だとすれば俺のやる事は一つだ。俺は俺同?に遠坂をじっと見据えていたセイバ?と?きあった。
「?がやるというならば否はありません」
「ああ、何でも言ってくれ。俺たちに手助けできることなら何でもやるぞ」
「有難う。士?、セイバ?」
こうして俺たちは自分たちの世界に、セイバ?がちゃんといる世界に?る?に、魔法と言うとんでもない事業に挑む事になった。
「遠坂、万物融化?(アルカヘスト)できたぞ」
「?、私の方はいつでも」
「うん、わたしの方も準備完了。それじゃ始めるわよ」
俺たちはそれから、工房中の機材や道具を?動員して、大車輪で施術の準備を整えた。
何せここは別世界、結局は他人の物ってことで、俺としてはこうした道具類を勝手に使うのは少しばかり抵抗があったのだが、遠坂に言わせるとわたしの物をわたしが使って何が?いって事らしい。なんだか詭弁くさくもあるが、背に腹は?えられない。許せ、この世界の遠坂。
「――――Anfang(セット)」
そして施術が始まった。
術の規模そのものはそう大きくない。基本は、遠坂とルヴィア?が行おうとしていた施術に、俺とセイバ?の血を溶かして作った万物融化?(アルカヘスト)の?念溶液を加える事で再構成したもので、術に必要な陣や構成そのものは、元?石に刻み付けてあるのだそうだ。
考えてみれば、俺たちがここに飛ばされた事件自?、そういった準備があったからこそ起こったことなのだろう。
「――Einmal kehren wir heim.(ただ 一度 ?らん)――Doch anders wird niemals Ein Ziel erreicht.(今はただ 其れだけを 求めん)」
遠坂の呪が進む。まずは基石からのルヴィア?の石の?念分離だ。
俺とセイバ?が息を詰めて見守る中、遠坂は?手に持ったフラスコから、基石に向かって?かに俺とセイバ?の?念溶液を、滴らせていく。
「え?」
その瞬間、遠坂の奴がいきなり呪を止めて素っ頓狂な?を上げた。
―― ?!――
同時にあの時と同じ虹色の閃光が立ち上る。ちょ、ちょっと待て! こんな事は予定に無いぞ!
「遠坂!」
「?!」
慌てて遠坂に?け寄った時には、俺たち全員、再びあの閃光に包まれてしまっていた。
「?! シロウ!」
「俺は無事だ。遠坂!?」
閃光は一瞬。今度は俺も意識を失わなかった。
「……」
遠坂も無事のようだ。ただ?けたような顔で突っ立っている?り、今の事態が完全に予想外の出?事だって事が窺える。これは拙い。俺は遠坂の肩を?み思いっきり怒鳴りつけた。
「しっかりしろ! 遠坂!」
「……え? ……あ……うん」
俺の怒?で漸く我に返った遠坂の顔が、見る見る蒼くなっていく。
「な、なんだったのよ……今の……」
「おかしな事が起こっちまったってのは確かだ。とにかく、何が起こったかしっかり確かめよう」
「そ、そうね。?けてる場合じゃなかった」
やっぱりこいつは不意打ちにはめっぽう弱い。だが、同時に切り替えの早さも遠坂の長所だ。こうして一時だけでも支えてやれば、すぐに立ち直ってくれる。
「シロウ、?」
――主よ。
と、そこにセイバ?とランスの微かに緊張した?が響いて?た。
「どうした……え?」
それで?が付いた。
今、俺たちのいるのは遠坂の工房のはずなのだが、それが妙に?いのだ。
「ちょっと見てくる」
どうやら、俺たちはまた別の世界に飛ばされてしまったようだ。少なくともさっきの世界や、俺たちの世界じゃない。俺は早足で工房を後にし、家の中を確認して廻った。
「シロウ、どうでした?」
「……やっぱり、ここはうちじゃない」
セイバ?の心配そうな?に迎えられ、工房に?ってきた俺の顔は少しばかり蒼かったと思う。ここは確かに倫敦ではあるようだったが、俺たちの“遠坂邸(うち)”ではなかった。
多分、俺たちの住んでいた物と同じアパ?トメントだとは思う。だが、部屋?も全?のスペ?スもせいぜい半分と言ったところだ。更に言えば、どう見てもここには一人しか住んでいなかった。
「ごめん士?。わたし勘違いしてた。これ見て」
そこに遠坂が、?しい表情で?み寄ってきた。手には例の?玉。俺はそれを、ただ促されるままに受け取っていた。
?士?にも判ると思うけど、赤い反射がさっきのルヴィアの石の痕跡ね。それに蒼い反射が加わってるでしょ?」
確かに、乳白色だったその石には、微かな赤い?反射と蒼い?反射が加わり、何?か神秘的な色合いをかもし出していた。
「多分、これがわたしたちの世界の、士?が持ってた方の石ね。わたしの推測は間違ってた。ラインを?って?移してたのはルヴィアの石じゃなくわたしの方の石だったみたい。それだけじゃないわ」
遠坂は?明しながら、工房の隅にある小さな窓に向かうと徐に窓を引き開けた。
「?、これは……」
――ほほう……
俺と同?に、遠坂の?明を聞いていたセイバ?達が驚愕の?を上げた。
それはそうだろう、そこには文字通りの?空。漆?のまさに“何も無い”?態が?がっていたのだ。
「世界と世界の?間よ。この部屋自?一つの世界となって、そこにぽっかり浮いてるってわけ」
遠坂は?重に窓を閉め、俺たちに向き直った。さっきまでの?空は消え、窓に映る風景はいつもの人や車が行きかう倫敦の街に?っていた。
「固有結界ですね……」
「そう、士?の力ね。恐らく士?の?念から構築したんだと思うわ」
それを確認するようなセイバ?の?きに、遠坂が?いた。
「さっきは外まで確認しなかったから?づかなかったけど、恐らくわたし達は純?に平行世界を移動したんじゃないわね。士?やセイバ?の?念に共鳴する平行世界の影を世界の?間に投影し、同じように士?の結界能力を抽出して泡沫世界を構築。そこにわたしたちを送り?んでた。そういうことだと思うわ」
「それでは、?。その石そのものが」
「そう、どんな偶然か知らないけど、この石自身がこんな魔法じみた現象を引き起こせる遺物(ア?ティフィクト)になっちゃってるって事」
恐らく、素材として?際に魔法を行使できるであろう?石?の設計?を使ったことが一番の原因だろうと、遠坂は難しい表情で付け加えた。
「では、それを使えば元の世界に?れるのですか?」
「完成すればね。?念だけどこれはまだ未完成。後四つ、?間に浮かんでる世界の種を拾い集めなきゃ?目みたい」
遠坂はそこまで言うと、腕を組み?しい表情で?空を?んだ。つまり、後四回。こういった世界に行かなければいけないって事らしい。俺は正直怖?を奮った。勿論、あの不可思議な移動が怖いわけじゃない。そこで見るものが怖かったのだ。
「じゃ、早速施術に入るわよ。ここにいたって始まらないんだから。って……士?、どうしたの?」
ここで漸く遠坂が俺の異常に?がついた。セイバ?も心配そうに俺の顔を?き?んでくる。そしてランスは……ああ、こいつは?が付いたか。?しい表情で俺の顔を?んでやがる……
「なぁ、遠坂。この世界……っていうか本物のこの世界ってのは?際にあるんだな?」
「そういう事だけど。なに?」
俺の唐突な質問に、遠坂は訝しげに眉を?める。俺は一瞬だけ躊躇したが、それでも手に持った??立てを遠坂に手渡した。
「ああ、ここは遠坂しか倫敦に?なかった世界って事らしい」
「この工房見たときからそれくらい、見?ついて……っ!」
何を言っているの? と益?不審そうな顔で??立てを受け取った遠坂だったが、その??立てに視線を移した途端、表情が一?した。
「……そっか、ここだったのね」
?しく結んだ口元、何?か寂しげな目元、それで居て微かに嬉しげな?かしげな?顔。一瞬、俺はそれを遠坂に見せたことを後悔した。
何の?哲も無いはずの??。今より少しだけ成長した俺と遠坂が?っているだけの??。だが、その??の中の俺は、??い肌と純白の頭?を持っていたのだ。
「?、シロウ……」
遠坂の肩越しに??立てに?き?んだセイバ?も、一瞬息を呑んで心配そうに俺たちの顔を見渡している。
長いようで、ほんの僅かな沈?の後、遠坂は??立てを伏せるように作業台の上に置き、微かに顔を伏せた。
「さあ、作業を始めるわよ」
だがそれすらも一瞬。再び顔を上げた遠坂はいつもの、自信に溢れ何者をも恐れない遠坂に?っていた。
「い、良いのか? 遠坂?」
俺は思わず聞き返してしまった。玄肌白?の俺。恐らくさっきの世界同?セイバ?が還り、遠坂とも何度か交差しながらも別に道を進んでしまった俺だ。あの俺はあいつ(ア?チャ?)だ。あいつになるだろう俺だ。
俺はあいつと遠坂が、ただのサ?ヴァントとマスタ?以上の?係であったことを知っている。遠坂は、あいつがあいつになってしまった運命を怒っていた。それこそ火の出るほどの怒りを抱いていた。それを、そうなるだろうあいつ(俺)の姿を目の?たりにしたってのに、良いのか? 遠坂?
「良いって、なにが?」
「何がって……」
だが、挑むような遠坂の問いかけに、俺は言葉に詰まってしまった。
そう、どうする事も出?ない。それを見たからって、俺たちに何が出?るってわけではない。これは別の世界での出?事だ。更に言えば、今俺たちが居るここさえもその世界の影にしか過ぎない。
?で、でも遠坂!」
なんとも出?ない事はわかっている。だがそれでも胸の?えが取れない、何とかなるんじゃないか、何とかしたい。その思いが胸に溢れる。
「士?の?持ちはわかるわ。でもね」
そんな俺の口を指先で塞ぎ、遠坂は今一度??立てを手に取った。そして俺の口元から指を離し、まず??の中の俺を、そして俺の胸元を指差した。
「こいつはわたしの士?じゃない。わたしの士?はこいつよ」
そして、??の中の“遠坂”を何?か寂しげに指差した。
「それにね、士?。わたしはこいつの“わたし”じゃないの。こいつの“わたし”はここにいるわ」
「遠坂……」
俺は??盾の中の俺と遠坂に視線を落とした。
つんと顎を上げ、見上げているのに見下すような視線で、何?か人の?い笑みを浮かべる遠坂。そしてそんな遠坂を仕方ないとばかりに苦笑しながら見つめる俺。
ああ……そういう事か……
俺は遠坂が何を言いたいのか理解した。??の中の“俺たち”が、一?何?で俺たちと違った運命を選んだかはわからない。だが、それはこの世界の“俺たち”が?み、苦しみ?み取った運命の?だ。
だとすれば、その運命を選ばなかった俺たちに何が出?る、何が言える。これから先どんな運命を?むとしても、それはこの世界の“俺たち”だけが?みえる事なのだ。
俺たちに出?る事は、この世界の事はこの世界を?み取った“俺たち”に任せ、俺たちの世界で精一杯、俺たち自身の運命を?み取っていくことだけだろう。
「判った遠坂。それじゃ、俺たちの世界に?ろう」
俺たちは?って?きあい、もう一度世界を越える準備を始めた。俺たちの世界に向かって旅立つ?に。
―― ?!――
工房に虹色の閃光が溢れた。
「ぶはっ!」
「きゃ!」
「ふう……」
七色の光が晴れた時、そこには四つの影が生まれていた。
「?、ここは?」
「ええと……」
セイバ?の?に、遠坂が何?か疲れた?子で腰をさすりながら?えを返し、工房を見渡す。
――ううむ、主よ。?に見事な混沌ぶりだな。
「ああ、そうだな」
そんな?子を眺めながら。俺はランスのどこか皮肉げに響く?に?えた。確かに、この全く統一性の無い?然さはあの?かしい“俺たちの”遠坂の工房だ。
「わたしの部屋はありました」
――我のケ?ジもあるな。
「食器もちゃんと全員分確認っと、士?そっちは?」
「おう、ちゃんと“外”もある」
とにかく家中を?け回り、片っ端から知人に連絡を取りまくった俺たちは、漸くここが“俺たちの世界”である事を確認し、ふらふらと居間のソファ?へと雪崩れ?んだ。
「?ってきたのね」
「皆、無事で何よりです」
「何度か死に掛けたからなぁ……」
あの後巡った四つの世界は、確かに俺たちの世界と近似の世界ではあったが、それ以前の二つと違って空間軸も時間軸もかなりばらばらな世界だった。木乃伊に追いかけられたり、大聖杯に?み?みかけたりと、かなり波?に飛んだ世界の??。
特に最後の世界など、俺たちは全員が違う世界に飛ばされてしまったらしく、遠坂があの?玉を完成させて全員を纏めてここに引っ張ってくれなければ、一?どうなっていた事か……
「ですが、シロウと?の子供時代は大?可愛らしいかった。二人の子供を抱きあげるのが?しみです」
「そ、そんな事もあったわね……」
「あ、あれはなぁ……」
確か三度目か四度目の世界だ。そこの公園で、俺たちは今にも?みあいの喧?を始めようかと言う、赤毛の男の子と??の女の子を見かけたのだ。
とは言っても?際、直接二人が喧?していたわけでもなさそうだった。こっそり?いて見ていた?況からすると、二人でへこました苛めっ子の?遇でもめていたらしい。言わずもがなだが“俺”が?健派で、“遠坂”が過激派だった。
まぁ結局俺たちが手を出すまでも無く、上手い事落ち着いたようだったが……遠坂、いくら苛めっ子だからって、小?生を逆さ?は酷いぞ……
「なによ、良いじゃない。別に、命まで取ろうってんじゃないんだから。女の子泣かすような奴は、あれでもまだ足りない位よ」
そんなことをこそっと漏らしたら、目の前の遠坂がこんな事を言いながら?みつけてきた。お前、全然?ってないんだな……
まあ、そんなこんなで皆へとへとだった。俺たちは?ってソファ?に深く身を沈め、暫くの間は一時の休息を?しんだ。
「それでは、お茶でも淹れましょう」
とはいえ、何時までもへたってはいられない。まず立ち上がったのはセイバ?だった。
「俺も手?うぞ」
最近とみにセイバ?がお茶を淹れる回?が?えていた。腕の方もめきめき上がってはいたが、そう?度?度セイバ?にお茶汲みさせるわけにはいかない。
「いえ、シロウは?を」
だが、立ち上がりかけた俺はセイバ?にそっと制されてしまった。そのまま苦笑しながら向けられた視線の先で遠坂は……
「…………」
ぐっすりとお休みになられていた。
「全く、?るならちゃんと片付けてから?ろよな」
俺はセイバ?の好意に甘えてお茶汲みを任せ、そんな遠坂の手から、今にも零れ落ちそうな小さな?玉をそっと取り上げた。
きらきらと虹色に輝く準魔法玉(デミ?ゼルレッチ)。
その力で送り出すべき泡沫世界こそ?て消えてしまってはいたが、それでも?この石は俺が作り出した伽藍堂(フェイク)の?石?や、遠坂たちが挑もうとした施術よりも、更に一?魔法に踏み?んだ力を秘めていると言う。
「遠坂は凄いな」
俺は、この小さな?玉を幾重にも包みこみながら、溜息を漏らした。何せ遠坂はこんなとんでもない代物を、偶然と失敗、思い付きとやっつけ仕事の中から?み取って魅せたのだ。
「やっぱり、俺は遠坂に甘いかな?」
?玉を工房に?め、代わりに持ってきたタオルケットを遠坂に掛けながら、俺は?くようにそんな言葉を口にしていた。
「ええ、シロウは?に甘い」
そんな俺に苦笑しながら、セイバ?は入れてきた紅茶を差し出してくれた。
「ですが、シロウは誰にでも甘い」
更に半眼になって、拗ねるような口調で付け加えてくださる。ははは……
だが、何時までも笑ってはいられなかった。
「だからシロウ。私も甘えさせて頂きます」
一瞬だけ決意を?めたように瞼を閉じたセイバ?が、再び開けた瞳には、何?までも?摯な光が湛えられていただから。
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「だからシロウ。私も甘えさせて頂きます」
言ってしまった。口にしてしまった。私はこれからシロウに甘える。これは?とも、ルヴィアゼリッタや?とも違った甘え方だ。もしかしたら、これはシロウを傷つけてしまうかもしれない、裏切ってしまうかもしれない甘え方だ。
だがそれでもこの時、私はシロウに甘える事を我慢できなかった。
「セ……セイバ?なのか?」
あの時。最後の世界に、皆が別?に飛ばされてしまった時。私が飛ばされた先は、薄暗いほんの僅かな光しか差さぬ小さな?の中だった。
「……シロウ?」
そこにシロウが居た。草臥れたつなぎを着て、倫敦のシロウの工房と?らぬほどのガラクタに?まれたシロウが、?然と私を見つめていた。
「セイバ?!」
「っ!」
私はそこでいきなり抱きすくめられてしまった。
避けられなかった。いや、もしかしたら避けたくなかったのかもしれない。?く逞しい腕の中で、私は身動き一つ出?なくなってしまった。一言、そう一言?くので精一杯だった。
「シロウ……その……困る」
「あ。す、すまないセイバ?。いきなりで驚いて……また?えるなんて思ってもいなかったからな」
また?えるなんて? その?えを聞いた途端、私は?の自由を取り?した。同時に心の中で何かが爪?かれた。ああ……
「セイバ??」
私は微かに緩んだシロウの腕をすり?け、一?距離を置いた。それ以上近づく勇?も、それ以上離れる勇?も、この時の私には無かったからだ。
「……元?でしたか? シロウ」
何故そんな言葉を選んだのか、それは判らない。ただこの時はそう聞くのが正しい。それだけは間違いないと確信していた。
「ああ……」
シロウはわたしの言葉に力?く?いてくれた。
「あれからも俺は頑張っている。出?ない事、?かない事はいっぱいあるけれど、俺は、俺が大切だと信じた物を汚したりはしていない。大丈夫だ、セイバ?」
ああ……
これで私は確信した。力?く?摯で、決して枉げられる事など出?ない程?い言葉なのに、そこにはほんの僅かだが空疎な響きが感じられた。
シロウだ、この目の前のシロウは間違いなくシロウだ。けれど、私のシロウではない……
だが、それが判っていても心が?れた。どうしようもないほど?れていた。何故なら同時に、このシロウが“私”を愛してくれているシロウでもあると確信したからだ。
「シロウ……私は……行かなければいけない」
だが。いや、だからこそ私は拒まねばならない。私は“私”ではないのだから。
「そうか、判った。セイバ?有難う」
まっすぐな、透けるほどまっすぐな瞳。泣きたくなるほど嬉しく、泣きたくなるほど誇らしく、泣きたくなるほど悲しい瞳だった。
“私”はこの人をこれほど高めたのか、“私”はこの人にこれほどのものを遺したのか、そして“私”はこの人をこれほどまで……
「シロウ!」
だから私は思わず叫んでしまった。この世界のシロウに私は何を?える事も、何を言う事も出?ない。今、シロウの目の前に居ることさえ幻に過ぎない、夢のような物に過ぎないのだ。何故なら、私は“私”ではないのだから……
だが、それでも?、出?る事は無いのだろうか、何か、何か手立ては無いのだろうか?
「セイバ??」
そんな私の姿に、士?が心配そうな表情で半?前だけ前に出た。
ああ、やはりシロウはシロウだ。私のシロウと同じだ。どんな時も、何があろうと何時だって優しく暖かい……自分の重荷には?づかず、何時だって人の重荷にだけ?を使う……
「……!」
それで?が付いた。そう、やれる事があった。確かに私には何も出?ない、何も言えない。だが、託す事は出?る。
「シロウ、皆は……元?ですか?」
「皆? ああ、皆嫌になる位元?だぞ。遠坂は相?わらず遠坂だし、藤ねえは言わずもがなだ。イリヤだって同じさ、最近は?と一?に俺の世話を?きたがって困る位だ」
ああ……
安堵で膝が挫けそうになる。希望はあった。シロウは一人ではない。彼女たちが傍に居るならば、シロウは決して……
「シロウ、お願いがあります」
「なんだ? セイバ?」
薄暗がりの中から、きらきらと虹色の光が?がる中。私はシロウとの間の半?を詰めた。もう怖くない。
「彼女たちを大切にしてください。そして信じてください」
「セイバ??」
虹色の光に包まれながら、私は士?の?にそっと手を?れた。無理をしないで、自分を大切に、何故なら貴方は……
「とても大切な人だから。?えていてください。貴方は私にとっても、彼女たちにとっても、とても大切な人。貴方は……貴方が思っているよりも……ずっと大事な人なのです……」
「最後にシロウは?いてくれたと思います」
「……セイバ?」
私はシロウに全てを話した。これは甘えだ。何故なら私は今、私のシロウに……
「俺もね、セイバ?に?った」
「え?」
私の驚愕を他所に、シロウはわたしの肩に手を置くと、淡?と“私”との出?いを語り?けた。
霧に包まれた木立での“私”との出?い。“私”が私でないとわかった時の驚愕。“私”がシロウに愛されていたと聞いた時の衝?。そして、“私”がその時?に全てを終えた存在だと知った時の思い……
「だから、俺は“セイバ?”に謝った」
「“私”に? 何故ですか?」
「“俺”はね、“セイバ?”の答えを見つけることが出?たらしいんだ。でも俺はまだ見つけていないから。本?にすまない。セイバ?は“俺”の?にそこまでしてくれたのに……俺はセイバ?にも“セイバ?”にも何にも出?なかった」
そのまま私にまで頭を下げるシロウ。暫く私は??に取られてしまった。確かにその心遣いはとても嬉しい。ですがシロウ、貴方はそちらに頭が行きますか……
「でも何故か知らないけど“セイバ?”は俺に言ってくれた。“有難う、シロウ”って」
本?で判らないのだろう。更にそう付け加えて??に首を傾げるシロウ。私は徐?にこみ上げてくる笑いの?作を堪えながら、シロウを見つめる事しか出?なかった。
ああ、やはりシロウはシロウだ。“私”は?づいたのだ。だから私のためにシロウに?を言ってくれたのだ。なのに、とうのシロウは?づいていない。だめだ……もう我慢できない……
「な! なんだよセイバ?。何でいきなり笑うんだよ!」
「いえ……良いのです。シロウはやっぱりシロウなのですね」
私はむくれるシロウを前に思い切り笑い?げてしまった。ああ、“私”も判ったのだ。シロウはシロウだと。だからこそ?が付いたのだろう、私がシロウに愛されている事を。
だから私はひとしきり笑い終えた後、シロウに向かって最高の笑みを浮かべて言う事が出?た。
「有難う、シロウ」
私を、愛してくれて。
END
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平行世界での、Britain一行のお話でした。
最初、おおさまのけん で書き始め、魔法?係から あかいあくま でいくかと?更しましたが、やはり最後の締めはセイバ?でしたので おうさまのけん として書き上げてみました。
?は若干取りこぼしがあるのですが、どうにも纏め切れませんでした。?念。
또
走る。
ただひたすら走る。
何も見えない暗闇の中を、俺はただひたすら走る。
多分、これは夢なのだろう。
なにせ何も見えないどころか、何も感じないのだ。そんな、何もかもが曖昧な霧に包まれた闇の中を、それでも俺は一心に走っていた。
ただ、目標だけははっきりしている。
何も見えない、何も感じないはずなのに、目蓋だけは進み行く先が眩しいと感じていたからだ。
だからそこがきっと目標。きっとそこが俺の行き着く所。
ああ、もうすぐだ。
見えない視界の全てが眩しさに包まれるていく。
何故か、其?はそんなに良い所ではないだろうという確信はあったが、それでもやはり俺は其?に向かって?け?んで行った。
「――――――」
「……ん? ああ」
と、そこで目が?めた。
やたら眩しい。それはそうだろう。八月の太陽が?っ向から俺の顔を照らしているのだ。よくもまぁ、今まで?ていられたもんだと思う。?かしい?名を告げる車?放送を聞き逃していたら、もう暫く?ていたんじゃないだろうか。……ん? 車?放送?
「やばっ、のんびりしてる場合じゃなかった。遠坂! 起きろ! 着いたぞ!」
そこで漸く?が付いた。俺は大慌てで肩に頭を預けて、心地よげに?息を立てている遠坂を叩き起こした。
「……ふえ……なに? ……きゃ! ちょ、ちょっとぉ!」
「急げ、降りるぞ」
そのまま?ぼけ眼の遠坂を車外に放り出し、俺はキャリ?とボストンバックを?ぎ上げて、微かな空?音と共に閉じようとする自動ドアを滑り?けた。
「ふぅ……」
何とか間に合った。
今、正に冬木の?を走り去ろうとする列車を?目に、俺はやれやれとばかりに荷物を下ろして?っ?な空を見上げた。
「ああ、いい天?だな……」
冷房の?いた車?からみれば、異世界じゃないかと思うほどねっとりと暑い大?。シャツの下では早くも汗が噴き出している。けど、これこそが日本の夏って奴だ。
冬木の街は、倫敦に渡ってから二度目になる俺達の??を、前回と同?にこれでもかというほど照りつける太陽で出迎えてくれていた。
「――っ!」
と、ほっと一息ついたのも束の間。次の瞬間、背筋に走った?寒に俺はすばやく身を?した。
「避けたわね……」
?分とこう言う事になれちまったなぁ。と嫌な感慨を抱きながら振り返ると、そこには不機嫌そうに片足立ちになり、パンプスを履きなおそうとしている遠坂の姿。遠坂、凶器はよせ、凶器は……
「待て、遠坂。?かった。でも、?り越すよりはいいだろ?」
そんな思いが顔に出たのだろう、半眼にした目を更に?めて履きかけのパンプスをもう一度手に取った遠坂に、俺は慌てて?手を前に後退った。
「にしたって、やりかたってのがあるでしょうがぁ!」
いかん、よっぽど?起きが?かったのか目が据わってる。さて、どうやって宥めたもんだろうか……
ぼうれいのおきみやげ
「紫陽花の聖女」 -Karen Hortensia- Fate/In Britain外?-7 前編
Magdalene
結局、?前のパ?ラ?でジャンボサイズのパフェを奢らされる事で折り合いをつけたのだが、奢ると言っても財布の出何?は結局一つだ。
果たしてこんな事に意味があるんだろうかと首を傾げていると、遠坂に女心がわからないと突っ?まれた。
「まったく、士?と付き合いだしてから夏って言うのは碌な事がないわ……」
で、散???された?句、溜息交じりでの締めの言葉がこれだ。
「俺のせいじゃないぞ」
確かにあの聖杯??の後、遠坂と付き合いだしてからの夏は何時も何かしらの?動がつき物になっていた。
去年は例の?の事件だったし、一昨年は一昨年で俺たちの倫敦行きの前後に一?動あった。そして三年前、あの聖杯??直後の夏は……
「そうか、あれからもう三年か……」
遠坂の言葉に誘われて、ここ?年の夏のことを思い出しながら、俺はふとどでかいパフェの器を飾る紫陽花(オルテンシア)の透かし彫りに目を留めた。
「……いやなこと思い出させないでよ」
そんな俺の視線を追って、透かし彫りの意味に?が付いたのか、遠坂は先ほどとはまた違った表情で眉を?める。
「でもあれはそんな大事だったか?」
とはいえ俺にとって、あの事は眉を?めたくなるような出?事ではなかった。まぁ、ちょっと不可思議ではあったが、何?か?かしい思い出でもあった。
「わたしにとっては大事だったの! ……考えてみたら、あいつ引き?んだのも士?じゃない!」
「引き?んだはないだろ? どのみち遠坂と?係なかったわけじゃないんだし」
三年前の夏。確かにあの少女と最初に?わりを持ったのは俺だったが、彼女の役割を考えれば?かれ早かれ遠坂だって?わりになったのは間違いない。
「そりゃそうだけど…… 士?、あんたなんだってあんなのと?わりになったのよ?」
「あんなのって、そこまで言うか? まぁ……偶然と成り行きかな?」
理解は出?るが納得は出?ない。そんな顔で?れる遠坂を前に、俺は苦笑しながら三年前の夏に思いを馳せた。
そう、あれはあの聖杯??から半年ほどたった頃。今日のように夏の太陽が、これでもかとばかりに照りつける日の午後だった。
?時の俺は言わずと知れた高校の三年。世間一般の受?生同?に、俺も進?準備に大童の日?を送っていた。
尤も、一般の高校三年の夏とは些か趣きは異なっていた。第一進?先は日本でさえない。しかも一?最高?府ではあるが一般の大?ではなく、魔術の?院(時計塔)に行くのだ。
よって、受?の?の夏期講座などは?然あるわけもなく、俺は師匠たる遠坂の家に?りっきりで、魔術の基礎やら語?の?鑽やらに勤めていた。
まぁ遠坂とは、この時?にそういう?係になっていたのだから、人によっては羨ましいと思えるだろうが、遠坂さんはまず第一に魔術師であり、第二に極めつけの苛めっ子なのである。
つまり甘い幻想など微塵もなく、俺は朝から晩まで完膚なきまでに叩きのめされる日?を送っていたというわけだ。
「ああ、良い天?だ……」
そんなわけでこの日、久方ぶりに新都に買い物に出かけていた俺は、曰く言いがたい開放感に包まれていた。
喩えその買い物の?容が、?り切りでついに?きた衛宮家、更には遠坂家の生活必需品の買出しであってもその?持ちは?らない。その上、遠坂さんが今日一日、倫敦行きの各種手?きのために家を空けているとなると?更だ。
これで今日はのんびり出?ると、俺はらしくもなく浮ついた?持ちで買い物?りの道を、深山町まで散?がてらに?いて?ろうとしていた。
と、その時だ。
「…………へっ?」
いきなり何の前?れもなく俺の鼻先、三十センチと離れていない場所に、?い小柄な人影が降って湧いてきたのだ。
それまでの無警戒が?ってか、?を突かれた俺はその人影を前に完全に固まってしまった。
「…………」
俺の狼狽を他所に、降って湧いた姿勢のまま微動だにしない人影。よくよく見れば、それは何?か不思議な雰??を持った少女だった。
色素の薄い肌、銀の?に肌同?色素の薄い琥珀――いや金色――の瞳。?いベレ?と丈の長い?服は何?かの制服だろうか?
「――なに?」
と、固まったまま、まじまじと不?なまでにその少女を見据え?けているだけだった俺に、少女は冷やかな一?を放つと、小首を傾げその金色の瞳でじっと見返してきた。
機械のように冷やかで透徹で、何もかも見透かしているような瞳……
「な、なにって! ……君、一?何者だよ。っていうか一?何?から湧いて出た?」
?瞬、言葉もなくその瞳に釘付けにされていた俺だったが、その言葉で漸く我に返るやいなや、慌てて身を引きながらこれまた不?な言葉で叫んでしまった。
何故かその瞳に見据えられていると、心?の?まで見透かされてしまうような……そんな不安感が募ってきて、どうにも??されてしまったせいだ。
「沸いて出たとは?分なお言葉ですね。私は道を尋ねようと思って、?をかけただけなのですが?」
そんな俺の不?な言葉に、一瞬だけ眉根を寄せた少女だったが、?座に元の冷徹な表情に?ると、視線を?く車道側に振って見せた。
「あ、ああ……」
そこには、どこぞの軍用車かって程でかくてごつい一台のトラックが止まっていた。
よくよく見ると、助手席のドアが開いている。成程、つまり……
「本?に降って湧いたんだな……」
思わず感心してしまった。二階とは言えないまでも俺の視線の高さだ。如何に?を?いてたって言っても、目にも止まらなかった。殆どノ?モ?ションで俺の前に飛び降りてきたわけか。
「納得して頂いたようなので本題に入ります。この街に??があるはずなのですが、どちらにあるのかご存知ではありませんか?」
そんな俺の感心に何?か憮然としながらも、少女は淡?と用件を切り出してきた。
成程、?服は修道院の法衣かなにかか、つまりこの娘はシスタ?ってわけだ。
「??? 知ってる事は知っているけど……」
そんな納得をしながらも、俺の返事は何?か言葉尻を濁した物になってしまっていた。
新都の??。それはつまり言峰??。
そこに?して俺は柵が多すぎた。
俺が十年前のあの地獄を?け出した場所。俺が“衛宮士?”に生まれ?わった場所。そしてあの“言峰”が本?にしていた場所……
今でこそ主は代わって居るが、それでも俺にとって行き辛い場所である事にはかわりはない。
「では案?していただけますね」
そんな俺の葛藤を余所に、少女はそれは良かったとばかりに?くと、?み掛けるようににっこりと微笑んで見せた。
「うっ…… わ、わかった。案?する」
正直?り?ではなかったのに、何故かその笑みに??され、俺は上擦った?で承諾してしまった。
何の邪?もない?げでさえある微笑。
だってのに……そこにはどうしても逆らえないような。そんな?迫感があったのだ。
そう、例えて言えば。
――衛宮士?が困っている人を、たかが自分の?持ちの問題程度の事で放って置く、そんなことを言うはずありませんね?
言外にそういわれたような、そんな?持ちにさせられる笑みだったのだ。
というわけで俺は、恐らくシスタ?か何かであろうこの少女を連れて、??へ向かうことになった。
「…………」
だが妙な違和感がある。
道案?のはずなのに、少女は俺と?んで?いているのだ。いや、ちょっと待てよ? 何で?いてるんだ? さっきまでこの娘が?っていたトラックは? あれに?っていくんじゃなかったのか?
「車なら先に??に向かわせました」
そんな疑問が表情に出たのだろう。少女は相?わらずの冷?な?音で?えてくれた。
成程、そういうわけか……って、待て待て!
「それじゃあ君は!」
「はい、??の場所は知っています。?に丁度いい機?だったので、貴方と話をしようと思って呼び止めただけです」
しれっと犯行を自供する犯人。
「お! お前は!」
「――カレン」
余りの事に怒鳴りつけかけた俺の耳に、何?か上質な音?を思わせる音色が響いた。
「え?」
「カレン?オルテンシア。私の名前です」
?びれもせず名?る少女に、俺は毒?を?かれてしまった。
「あっ……と俺の名前は」
「知っています。衛宮士?。この街に住まう非公認の魔術師で、聖杯??の生存者。貴方の事は、こちらに?る前に調べました」
「俺を、調べた?……」
散??弄されながらも、未だ弛緩していた俺の精神が、いきなり冷水をかぶせられたように緊張した。
「どういうことだ? 俺と君は初見だろう。何でそんなことをするんだ?」
今のカレンと言う少女の言葉。それは、どう考えても彼女がただのシスタ?でないことを示している。俺は僅かに距離をとり、警戒心を露にした。
「初見だからこそ事前に調査するのですが? 衛宮士?、貴方は自分というものを正確に把握していません。今の言いようでは自分が無害な人間だと主張しているように聞こえます」
が、カレンはそんな俺を何?吹く風とばかりに、却ってじろりと?みつけてくる。
なんか??される。かなり失?なことを言われてるような?がするのに、それでも?ごめんなさいと謝りたくなる。
「え……いや……その……」
無害とは?言できないけど、有害ってほどじゃないと……
「……だからこそ、呼び止めたのです。貴方には??が必要です」
と、一瞬言いよどんだ俺に、カレンは僅かに見下すような視線で言い放った。
「ろ、???」
「道??明します。とにかくまず??に向かいます。良いですね」
「あ……はい」
結局、俺はカレンに??されたまま、なし崩しに??に先導されることになってしまった。
あれ? ??に案?するのは俺の方じゃなかったのか?……
「じゃあディ?ロ司?さんは?られるんだ」
「元?こちらの??は、司?級の聖職者が赴く所ではありません。司??の仕事はあの??の後始末。それが終われば後任に引き?いで?られるのは?然です」
??への道行で、俺はカレンがこの街に赴いた理由の?明を受けた。
あの聖杯??の後始末を請け負ったディ?ロ司?の後を受けて、冬木??に赴いた後任代理。それが、この硝子細工のように響く名を持った少女の役割なのだそうだ。
「じゃあ君も代行者って奴なのか?」
「いいえ、私は代行者ではありません。あくまで表向きの??についての後任。その代理です」
しかも期限付きだと言葉を重ねる。
「前任者は優れた代行者だったそうですが、私には異端を?罪する?限も、?力もない。私は??の命を受け、この町の調査をしに?ただけの見習いです」
成程、見習いか。
それで納得した。確かのカレンには人を威?する、なんとも言いようがない迫力はあるが、それでも?ると折れそうなほど華奢な少女だ。現に今も怪我でもしているのだろう、法衣の影から白い包?が?けるし消毒臭じみた香りも漂ってくる。
こんな娘が、??の??部隊。異端を一方的に排除する殺し屋だなんて思えない。ましてや、言峰と同類なんて思いたくもない。第一そんなことあっては……っ!
「衛宮士?。貴方はやはり傲慢で不遜です」
と、そんなことを思い?いていると、いきなりカレンは俺の??まで踏み?んで?るや否や、頭を?手で?んで自分の方へ?し曲げてきた。
「私は貴方に見下される謂れも、哀れまれる謂れもありません。確かに私は一介の修道女ですが、適任でもあるからこそ派遣されたのです。私に?えられた勤めは、第五次聖杯??において消失したとされる聖杯の有無を、身?を以て確認する事。ただ祈る事だけでなしうる仕事ではありません」
「すまん、?かった。その……君が自分の仕事に誇りを持ってる事はわかったから、手を離してくれ」
「……それでも納得はしていないという目ですね。全く、だから傲慢だというのです」
そのまま、??の?力行使だとヘッドパットでも炸裂しかねないほどの視線で?みつけながらも、カレンは何?か諦めたように俺の頭を解放してくれた。
「……すまん」
「改悛の余地がない謝罪は不要です」
そんなわけで、もう一つ謝ったがにべもない。
確かにカレンの言うとおりだ。枉げる事は出?ないしその?もない以上、これ以上の謝罪は正に傲慢だろう。
そんなこんなで、俺たちの二人の間にはなんとも?まずい雰??が漂ってしまったのだが、それでも俺はあえて言葉を?けた。カレンの言葉にどうしても?に掛かることがあったからだ。
「それにしても聖杯の調査たって、あれはもう終わったことだろ?」
「衛宮士?。貴方のもう一つの罪は、不遜だと言いませんでしたか?」
案の定、カレンにもう一?みされてしまった。ここから先は??の事情、一介の非公認魔術師風情が聞いて良いことでは無いというわけだ。
だが、いくら不遜で傲慢といわれても、事が聖杯である以上簡?に引き下がる事は出?ない。
俺は、カレンの不思議な迫力がある瞳に?っ向から視線をぶつけた。
「……良いでしょう、貴方も無?係ではない。ただ貴方が思っているほど大事では無いと思います」
しぶしぶ話してくれたカレンの言葉によると、??が?んでいるのは明確な聖杯の波動とは若干違う物であるということだ。
聖杯という??そのものは先の聖杯??で?たれた。何せ、その聖杯の??というのが一人の少女の心?だったのだ。
それが引き?かれ、別人に移し植えられた上に暴走させられ、更にセイバ?の聖?(エクスカリバ?)で叩き?されたのだ。
俺の胸にちくりと刺さる思い出と共に、あの聖杯は失われた。それは確?であるという。
「じゃ、何を調査するんだ?」
「聖杯の本?が、??であるという話は聞いていますね?」
「ああ、それは知っている」
「降ろされるべき寄り代を失い。聖杯はもはや降臨する事はない。ですが、聖杯の本?そのものが完全に消えたというわけではないらしいのです」
俺たち現世の人間が?れる事の出?ない何?かで、今?聖杯の本?と?されるべきものが脈動しているらしい。??が?んだ波動とはそういうものだという。
「現?のままでは、現世に?がりを持たない聖杯の波動など問題ではない。本?はそうなのですが……」
本??がらぬはずのその聖杯と俺たちの世界とで、極?短時間ながらか細いリンクのような物が?測された。カレンが派遣されたのは、それの確認と調査のためだという。
「しかし、そんなもの君で判るのか?」
?然の疑問だ。そんな雲か霞みたいなもの、言っては?いが見習いに何とかなるものなのか?
「衛宮士?。貴方は?魔憑きという言葉を知っていますか?」
またぞろ傲慢だ不遜だといわれると?悟していたのだが、カレンの口から出たのは意外な言葉だった。
「?魔憑き?」
知ってはいる。
人に人以外の“何か”が取り憑き、人の?面から崩?させる呪いの一つ。日本で言えば狐憑きの類だ。
色?な種類があるが、西洋では一般に?魔憑きと?される。
ある日突然善良な人の?面に?くい、物理的な暴力でなく醜?な感情を生のまま引き摺りだすことで、理性の皮一枚下では良識というものが如何に?善に?ちているか、如何に脆い物かを露骨に表わし、人の世の常識を、“普通の世界”を脅かし?けると言う代物だ。
それだけでもかなり厄介な存在なのだが、事はそれで終わらない。最後には、精神面だけでなく肉?面までも?異してしまう。
取り憑いた“もの”が、憑かれた人の身?で己の姿を表現しようとするのだ。
尤もこれは完成される事はまずない。西洋の?魔は?じてエキセントリックだ。到底、人の?の?化程度で追?できない。?然のようにその途中で命を落としてしまうためだ。
「まさか……」
だが時には、その?化に最後まで追?できてしまう者もいる。
魔術師が、その秘術の果てに吸血鬼に?容するように、食われながら逆に食らい憑き、咀嚼し消化し、その果てに異形として生き延びる異端も存在するという。
「それは誤解です。私自身が?魔憑きではありませんし、?魔憑きになる事もありえません」
?魔は健全で??な身?にしか宿らない。自分は?魔?師の助手であるとカレンは言った。
「? それは判ったけど、じゃあなんで?魔憑きが出てくるんだ?」
「端的に言えば、私には?魔憑きが移るのです」
?魔憑き。それは言ってみれば人に?魔という毒が宿る病?だという。尤も、病?とは言っても本?感染性はない。
だが、?感の?い人間が?の存在を感じ取れるように、魔に近づいただけで?障を引き起こしてしまう人間もいる。それが自分だと、カレンは言う。
「師は被虐?媒?質と言っていました」
更にさらりと、恐ろしいことをなんでもない事の?に言ってのける。
「…………」
そこまで聞いて、カレンがなんで?魔?師の“助手”なのか合点がいった。
?魔憑きで最も厄介な存在は、育ちきるまで憑いた人の中で?れている奴。つまり?現した時は?に手?れって奴だ。だから、?現する前に、?れた?魔を見つけなければならない……
視界が?まり胸糞が?くなる。
例え倣岸と言われようと不遜と言われようと、この感情を殺す?はない。
誰も?づかぬうちに、?魔に?づき?障をおこして血を流す。要するにカレンは?山のカナリヤ(生きた探知機)だというわけなのだ。
「?にする事はありません、これはいわば私の天職です」
だがカレンは、ただ淡?とそんな運命を受け入れるようにそう言うだけだった。
「だからって!」
だから俺は思わず激?した。そんなこと……人を道具みたいに扱うことを、苦しみ血を流すことを天職だなんていうことを、?って見ているわけにはいかない。
「困った人ね……」
更に言い募ろうとする俺に、カレンは何?か?れた視線で向き直ると、?摯で、それでいて突き放すような口調で言い切った。
「人のために?くし、人のために血を流す。それをどうして貴方が憤るの?」
「――っ!」
いきなり言葉が出なくなってしまった。優しいまでの?音なのに、凍った針を急所に突き立てるような?く冷たい言葉。
それは衛宮士?の生き方。自分の生き方を人がしているのを見て、何故憤る? それは自分の生き方が間違っていると言う事ではないのか?
カレンは、そう言ってのけたのだ。
「話を?しましょう。私がどうやって?された聖杯を探るかでしたね?」
打ち拉がれ、それでも必死で堪える俺を冷ややかに見据えながら、カレンの話を?いた。
「聖杯の本?を?魔に見立てるわけです。あれが碌な物でない事はご承知でしょう」
冬木の街が聖杯と言う?魔に憑かれているという?定の元、カレンというカナリアを放ち、聖杯と言う?魔を燻りだそうと言う事らしい。
「つまり、君ならもしここに聖杯が?されているなら判るって言うことか……」
「私以外には出?ないことです。聖杯と言う?魔が、もしこの地に何らかの形で?わっているならば、私には感じ取れます」
そしてもしその?わりがない、或いは大過ないならばカレンには感知できないだろう。
だから期間限定なのだという。長くて一月、それまでに何もないならば、??は聖杯は消失したと判?すると言うことだ。
「判った。短い間だが、その間に俺に出?ることなら何でも協力する」
となればだ、俺がやる事は一つだ。その間、このどこか尊大ながらも硝子細工のように華奢な少女に助力する。衛宮士?にとって、それ以外の選?肢はありえない。
「衛宮士?ならそう言ってくれると思っていました」
それにカレンは、初めてと言っていいくらい優しい笑みで?えてくれた。
ただ……その……
今この瞬間、背筋に走った?寒は何だったんだろう? 確かに優しい笑みなんだが、その直前垣間見たように思えた、何?かここの前任者を思わせる形に歪んだ唇は何だったんだろう?
それは??についた直後に判明した。
「ではまず、ここからはじめてもらいます」
??の講堂に立ち、晴れがましいまでの笑みを浮かべるカレンを前に、俺は今日何度目かの?然自失を??していた。
カレンから最初に言い付かった助力は、なんと引越しの手?いだったのだ。
いや、それはいい。
カレン自身の私物は、さすが修道女で極?少ない。問題は……
「…………」
??の講堂?しと?べ立てられた無?の?鍮のパイプや磨かれた木製部品、そして機械部品の??だ。
「……ぱいぷおるがん?」
「良くわかりましたね。ひとつ好感を持ちました、衛宮士?」
そう、それは??と言いう建造物にはつき物の?器。パイプオルガンの部品であった。
とはいえ、それはよほどの大??の話。以前ここに置いてあったのは、確かエレクト?ンだったはず……
「ちょ、ちょっとまて! これをどうしろと?」
「組み立てられませんか? 調べた情報によれば、こういった??は得意だとありましたが?」
「冗談じゃ……っ!」
こんなでかぶつ、出?るわけない。そう?けようとした刹那、カレンは何?か見下すような、それでいて?しそうな笑みを浮かべたまま、俺の言葉を遮るように言いやがった。
「ああ、無理ですか。そうですね、これは精緻にして正規の?器。そこいらのガラクタとはわけが違います」
「…………」
ちくしょう……
ガラクタはなぁ、ガラクタでいいとこいっぱいあるんだぞ……
「まぁ見て判るのと、組み上げるのとはまた別物。別に?にする事はありません、衛宮士?」
更に、何?かで見たような薄ら笑いを浮かべながらカレンの言葉は?く。
こうまで言われて、そのとおり出?ませんなんて、俺が今まで積み上げてきたガラクタ達の誇りにかけても言える?がない。
俺は、如何にも出?るわけが無いという視線と、所詮、衛宮士?などはその程度だと言う嘲りの?った微笑みを前に、必死でパイプオルガンの部品を解析して行った。
「……やってやる。ただし時間はかかるぞ」
結果は何とかぎりぎり、?くか?かないかの境界線。?かないなら、どんなに嘲られ見下されても仕方がないが、こうなっては後には引けない。俺は搾り出すように承諾の?を上げた。
「それでは、せめて私が聖杯の有無を判定するまでには完成させてください」
こうして心ならずも俺は暫くの間、??通いを?ける事になってしまったのだった。
「何?が偶然と成り行きよ! それってあからさまに狙ってるじゃない」
と、ここまでつらつらとそんな思い出を話していたら、遠坂が憮然とした表情で突っ?んできた。
「そ、そうかな?」
「そうかなじゃないわよ。なんかあの頃、士?が妙に??に行ってると思ったら、そういうわけね……」
「そういうわけって…… 言ってなかったっけ?」
「聞いてない! 第一あの女、わたしにはそんなこと一言も言ってなかったの! くそっ、只者じゃないとは判ってたけど……ああもう! 苦手だからって避けてたのがミスね」
「へぇ、遠坂もカレンのこと苦手だったんだ」
「……まあね、あいつってなんていうか、その……こう、心の隙を突いてくるっていうか、そう言うとこあるじゃない。そういうやつって苦手って言うか、嫌いって言うか……」
漸く綺?と?が切れたって言うのに、と遠坂さんは口を尖らせて半眼で俺を?めつけて?る。
「まぁ、確かにそう言うところはあると思うけど。あの娘の育ち考えたら、それでもまっすぐ育ってる方だと思うぞ」
?む相手がちょっと違うぞとは思ったものの、多少は事情を知っている俺としては、カレンの弁護をする事にした。
「そんなこと?係ないわよ!」
途端、パフェの器を引っくり返さんばかりにテ?ブルを叩いて突っ?んでくる遠坂さん。良かったな食い終わった後で。
「っていうか、士?。あんたどうしてあいつの身の上話まで知ってるのよ……」
「いや。まぁ、なんというか……偶然と成り行きかな?」
更に?い顔を益??くさせ、邪眼のレベルにまで高めた視線を突きつけてくる遠坂に、俺はパフェの器を立て直しながら再び記憶を反芻した。
あれはカレンと出?ってから暫くたった後、俺が大橋の袂にある臨海公園で?日振りの安寧を?しんでいた時の事だった。
?のところあれ以?、ただでさえ忙しかった俺の生活は、??でのパイプオルガン作成が加わったため、寸時も休まる暇のない苛斂誅求の日?と化していた。
肉?の疲?もさることながら、なにせ相手はあの遠坂さんとカレンさんなのだ。最早、俺の精神はいっぱいいっぱいを通り越し、引っくり返って更に表返る所まで?ていた。
それがこの日、遠坂はやはり倫敦行きの手配のために留守。更にカレンも“仕事”の外出中と言う事で、ぽっかりとまるで台風の目のような自由時間が降って湧いていたのだ。
そんなわけで、俺はこれ幸いと弁?片手に臨海公園で、お日?相手に安逸な日常と言う最高の贅?を味わっていたところだった。
「ああ、いい天?だ……」
?夏のお日?はこれでもかとばかりに照りつけてくるが、そんなもの遠坂のこんな事も出?ないのかって目や、カレンのどうなるか判らないけれどせいぜい頑張る事ですねって視線に比べれば、春風のように心地よかった。
「…………」
と、弁?を?げようとしたところで突然不安になった。
――衛宮士?に、こんな幸福は勿?無い――
何?かでそんな?が響いたような?がしたのだ。しかも、うら若い女性の癖に何?か嗜虐心に富んだ赤い人や、敬虔な癖に絶?腹に何か一物持ってるだろうって笑みを浮かべるような銀の人の?でだ。
俺は慌てて左右を見渡した。良し、異常なし。赤い服も、?い法衣も見?たらない。
用心のために上や下も見る。?然、後ろも振り返り確りと確認する。
「?のせいか……」
何?にも異常はなかった。俺はほっとして正面を向いた、その時だ。
「?分と?動不審な事をするのですね、衛宮士?」
……正面にいた。
何時の間にか俺の?正面に、夏だと言うのに長袖の?い法衣を纏ったカレンが、何か?質者でも見るような視線で俺を見下していた。
「私の顔に何か? 普通に話しかけろといわれたので、ごく普通に話しかけたつもりなのですが?」
げんなりとその顔を見据えていた俺に、カレンは文句があったら言ってみろといわんばかりの口調で言葉を?ける。
「いきなり現れて、どこが普通だよ……」
ってそれよりだ。
「言われたって、誰にさ? 俺がそんなこと言ったっけ?」
「あ……いえ、そういえば誰にでしょうか」
途端、カレンは一瞬狐にでもつままれたような表情になり、?いてそれまでの倣岸さが?のように、視線を不安げにさ迷わせ出した。
「俺に聞くなよ」
「申し?ありません、確か……私の得意な方法で?をかけ(釣上げ)た人に、次からは普通にしろと言われたような…… おかしな話ですね。確かに、貴方(衛宮士?)とはそんな出?いはしていなかった」
「確りしろよ、見習いでも余人には?似の出?ない(オンリ??ワン の)見習いなんだろ?」
「その点に?しては問題ありません」
が、そんなお?ごかしを言った途端、カレンは元の何?かで見た事のあるような冷ややかで見透かすような視線に?ると、何?か?しそうに口元を綻ばせた。
「見張りがいなくなるや否や、?を緩ませて彷徨い出す人と違って、私はきちんと仕事を進めています」
……痛い所を突いてくる。別に俺は……?みません、?を緩ませて彷徨ってました。
「で、何の用だ? オルガンのことなら??には行ったぞ。でも、留守だったのはそっちだろ」
思わず謝りそうになった俺だったが、考えてみれば謝る謂れなんかこれっぽっちもなかった。俺は下がりかけた頭を逆に反らし、挑むような視線でカレンに食い下がった。
「別に用件と言う程の事はありません。オルガンにしても留守中まで??に勤しめとは申しません。本?ならば見かけても通り過ぎるべきだったのですが……」
そんな俺の視線を一向に?にした素振りさえ見せず、はなはだ失?なまでの物言いでそこまで?えたカレンだったが、ここでほんの少しだけ恥ずかしげな視線になると小?でぽつりと付け加えた。
「貴方が幸福そうだったので、つい……」
「へ?」
一瞬、何か不?な物が背筋を走った。
このことに?れてはいけない。藪を突いて蛇を出すようなことをしてはいけない。
そう、いけないいけないとは思いつつ、それでも俺は何か引き?まれるように聞き返してしまった。
「その……つい、なんなんだ?」
「……嗜虐心が刺激されてしまいました……」
カレンは恥ずかしげな?でそう告げると、後は開き直ったかのように一?に言い切った。
「さしたる理由も無く目に見えて幸福そうでしたので、現?を知らせてあげたくなったのです。人生とは?な物ではなく、常に苦しみ悶え自虐に押しつぶされるもの。その見せ掛けの幸福は、私の一息でたやすく消し去ってしまえる物だ、と」
「ええと……その……」
俺ってそこまで君に嫌われてたの?
「別に貴方が嫌いだとか、憎いとか言うわけではありません」
思わず頭を抱えそうになった俺に、カレンは取って付けた?に言葉?けた。
「ただ私は幸福そうな人を見ると、その皮を?いで見たくなるのです。……以前から兆候はあったのですが、この街に?てから本格化したような。……もしかすると、これが私の趣味なのでしょうか?」
そして最後には、困ったような顔で俺に尋ねさえしてくる。
いや、そんなこと聞かれても俺の方が困る。ただ、これだけは言える。それは……
「……最?だな」
「私も同感です。いったい誰に似たのやら」
俺のげんなりしたような言葉に、同じくげんなりした表情で、手を組んで祈るように?くカレン。
一瞬、妙な親近感が湧いた。まるで同じ敵を持った同盟者だと言うか、敵の敵は味方だというか、そんなちょっと複?な親近感だ。
「まぁ、それはもう良い。それより?飯まだだろ? こんなとこで?ったのも何かの?だ、一?に食わないか?」
そんな親近感のせいでもないだろうが、俺は?持ちを改めて弁?を取り出すと、カレンを?食に誘うことにした。
「わ、私とですか?」
「他にはいないだろ?」
驚くカレンを余所に、俺は三段重ねのお重を公園の芝生の上に?げて行った。どのみち調子に?って作りすぎたんだ、一人で食うには多すぎる。
「ですが、その……」
だが、カレンは珍しく?然と突っ立ったまま、何?か煮え切らない表情でぼそぼそと?いているだけだ。
「別に、これで?柔しようってわけでもないぞ?」
「そういう心配はしていません。これが?なら毒でも盛られている危?がありますが、衛宮士?に?してその心配もしていません」
えらい言われようである。いくらなんでも遠坂がそんなことを……まぁ、しないとは?言できないが、ともかくそういう?ではないらしい。
「あ、もしかして宗?上の理由で食えない物があるのか? それとも粗食に勤しむべきって戒律があるとか」
「いいえ、そういった制限はありません、ですが……」
どうにも理由がわからない。?も言葉を濁らすカレンに、はっきり言ってくれなきゃ判らないと首を傾げながら視線を送ると、とうとうカレンは?念したように溜息を付くと口を開いた。
「結構なご馳走のようなのですが、私が食べても恐らく味がわからないと思います」
「へ?」
「……衛宮士?に、婉曲な表現は通じないと思いますのではっきり言います。甘いか辛いかどちらかはっきりした味以外、私には判別できないのです」
「じゃ、例えば?前のクルック?番館の百倍カレ?とか、江?前屋のスペシャル三色大判?とかじゃ無いとダメって事か?」
「そのどちらも食べましたが、少しばかり薄味でした。?いてこの街で口にあったものと言えば、商店街にある泰山と言う中華料理店の麻婆豆腐か、フル?ルと言う洋菓子店の砂糖漬けトリプルベリ?クレ?プくらいでしょうか」
うわぁ、?魔でさえ一?で昇天するという灼熱の溶岩と、天使さえ一口で悶絶死すると言う極甘の果?。激辛と激甘、冬木における魔界の極?と天上の地獄と?される二品だ。
もうこれは偏食とか、偏った嗜好とか、そういった問題を通り越している。
「……最?だな」
そう、それは人外魔境。最早人間の食いもんじゃない。
「衛宮士?。それはどういう意味でしょうか」
だが素直な感想に、今度は共感を得られなかったようだ。カレンは、思い切りむっとした表情で?みつけてきた。
尤も、それは今までの冷徹で何?か人を嘲笑したような表情とは違い、?相?の少女が拗ねたような顔だった。
成程、人が一番素直な感情を?すのは、趣味と嗜好についてだとは良く言ったもんだ。
「?かった。流石に俺もそいつには付き合えない。今日はあれで勘弁してくれ」
だから俺は素直に頭を下げ、公園の外れで店を?げる移動式のジェラ?ドショップを指し示した。
「え? その……奢っていただけるのですか?」
「まあな、?を?くしたようだし。それに飯を誘ったのは俺だろ?」
誘った以上最後まで完遂したい。意地と言うより、これは俺の趣味みたいなもんだ。
「判りました。それではご馳走になりましょう」
その?持ちが通じたのだろう。これまた?相?の微笑を浮かべると、カレンは快く承諾してくれた。
「よし、じゃあちょっと待っててくれ」
こうして俺たちは、方や三段重ねのお重、方や四段重ねのイタリアンジェラ?ドと言う、一風代わった?わった?食を取る事になったのだった。
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お久しぶりでございます。
Britain 再?第一?はhollow絡みの外?。かの聖女?の登場と相成りました。
彼女と同じ立ち居地の人物に?するSSは一度書いてはいたのですが、これはまぁ、所謂“??史”になってしまいましたので、リメイクの意味も?めて書いてみました。
“あの”物語と違う世界の同じ時間軸で、あの聖女?にどのような出?事があったのか? Britain流に料理したお話です。
「本?に、普通の食事はダメなんだな……」
試しに食べてみた俺の弁?にはまるっきり無表情である一方、四段重ねで砂糖を塗した?なイタリアンジェラ?ドには幸せそうに口元を綻ばすカレンに、俺は思わず?いてしまった。
「ですからダメという?ではありません。味がわからないだけです……」
それにカレンは、さも不本意そうに?えを返す。
「こう言うこと聞くのもなんだけど、?質かなにかなのか?」
「いいえ。まぁ、今までの生活のつけと言ったところでしょう」
「あ、ああ……」
ちょっと拙い話題だった。
カレンの仕事は?魔?いの助手、しかも?障を身に受ける“?山のカナリヤ”役なのだ。今も見え?れする包?や、かすかな消毒臭からも察せられるように、生半可な苦行ではない。
「前にも言いましたが?にしないように。??から修道院をたらい回しにされて得た天職ですから」
だってのにカレンは、何?か自慢げなまでにとんでもない言葉で自分の生い立ちを評して見せた。
「なんだよ、それ……」
「なんだとは……簡潔にして??。中?言いえて妙だと、私は?に入っているのですが?」
更に、余りの事に眉を?めた俺に、カレンはまるで俺がそう評してくれたとでも言いたげな視線で口を尖らせる。
「すまん、でも、それじゃ何がなんだかわからないぞ?」
「仕方ありません、さして面白い話でもないのですが、もう一度お話しましょう」
全く心?たりはなかったものの、何故かこっちの方が?いような?がして思わず謝ってしまった俺に、カレンは溜息混じりに「??から修道院をたらい回しにされて、そこで天職を得た」話をしてくれた。
ぼうれいのおきみやげ
「紫陽花の聖女」 -Karen Hortensia- Fate/In Britain外?-7 後編
Magdalene
それは、なんとも?が滅入るような話だった。
父も定かでない彼女を生み、あまつさえ信徒にあるまじき罪である自殺を遂げた母。
そんな母子に、全く何の感慨も持たず顔を見せることさえなく消えうせてしまった父。
神への愛以外何物も知らず、彼女に洗?さえ施さずただの厄介な?として育てた神父。
そして彼女に余人にはない聖痕を認めるや否や、純?な道具として修道院と言う牢獄に?ぎとめた??。
そこには彼女の、カレン?オルテンシアと言う少女の自我を、人としての存在を認めるものは一切なかった。
カレンはそんな話を淡?と語った。
自分を生み捨てにした父母を恨む事もなく、祈る以外何も?えてくれなかった神父を憎む事もなく、自分を便利な道具として扱うだけだった修道院を厭うことなく、それらの全てを別に辛いと思う事もなく。
?がりではない。?際それを語る表情を見ればわかる。
?に思い出と言う本の頁を捲り、音?する。カレンの表情からは、それ以上の意味は一切汲み取れなかった。
「そして私は、その聖痕(さいのう)を生かす道。?魔?いの助手として?く事になりました」
そして、この仕事もまた地獄だった。
魔を?う道具として彼女が付き?った師は、中でもとりわけの最前線(アヴァンギャルド)を受け持つ司祭であった。
故にその行く先には、紛い物や比較的?い段階の?魔憑きなどはなく、常に?性と呼ばれる最?の?魔の所業だけが待っていた。
最早そこは、憑依者だけで無く周?の人さえも?異した人外の地。
無論、肉?の?異ではない、そんなものが始まれば、?に終わっている。
そこは、人が人の形のまま人以外の何かに?っていく世界、人の精神が醜?な何かに取って代わられた世界、肉で無く魂を腐らせる世界だった。
そんな世界で、常人ならば一月と持たない異常な?場で、彼女は?い?いた。
しかも淡?と、異常と超常の修羅場をまるで日常の??のように。
「…………」
だが、聞いている方は堪ったものではない。何?か?れているんじゃないかと心配になってくるほど、淡?と?絶な話を物語るカレンに代わって、俺の腸が煮えくり返ってくる。
人は、そんな生き方をしちゃいけない……どんな人でも、人は人として生き、人として逝かねばならない……
「誤解のないように言っておきますが、別に?制されたわけではありません。これは私自身で選んだ道です」
そんな俺にカレンは、どうして貴方はそんなにも傲慢で不遜なのでしょうねと、諦めたような口調で語りかけてきた。
「なんでさ!?」
「同じだから」
「え?」
「私にとっては?も外も同じ事。ならば有意義な生き方をすべきでしょう」
?もつのる俺に、カレンは先ほどと同じ淡?と祈るように口調で言葉を?ける。
彼女の聖痕は、人の心に差した魔に反?する。心に魔の差さぬ人間など聖人に他ならない。
つまり、彼女にとってごく普通の“日常”も、?魔?いの“異常”も、結局“同じ”というわけだ。
「自分がハンデを背負っている事は承知しています。ですが、こうして生まれついた以上、その定めの中で生き?こうと思います。恨んだところでなにも始まりません」
「でも……その治すとか、?質改善するとか……」
「治療法は?見されていませんし、治そうと言う希望もありません。自分は不幸であると嘆けるだけで十分です。それに」
カレンはここで、あの冷笑的で人を見下した物とも、?相?の少女の物とも違う笑みを浮かべた。そう、例えるなら、それは慈母の笑みだ。
「私は確かに傷を負いますが、それは私の傷で無く誰かのもの。憐れみこそすれ恨む謂れはありません」
故に天職。
ああ、確かにそうだ。
カレンはわかっている。
この生き方が何?か歪んでいることを、自分に何?か欠けた所があることを。
けどこの生き方の末、誰かが助かるなら、誰かが救われるなら、それは決して間違ったことではない。
煮えたぎっていた腸がすっと冷えてくる、代わりに頭をぎりぎり締め付けるような頭痛が襲ってくる。
「失念していました。衛宮士?、貴方は我慢のできない人でしたね」
そんな俺に、カレンは慈母の笑みを崩さぬまま?摯で、それでいて何?か?倒される表情で向き直ってきた。
「何故そんなに他人のことばかりで嘆くの? 憤るの? 確かに私の?んできた道は安逸ではありませんでした。結果、ご存知のように些か味?の嗜好が偏ってしまうような事もありました。ですが、それでも私には美味しいと感じる物がある、?しいと感じる事がある、ちょっとした我?を通した事もある、自分の欲望が皆無と言うわけではありません」
そのまま、まるで諭すように自分はそんな生き方を、生きてきた道を決して疎んじてはいないと、限られた選?肢の中、精一杯自分らしく生きてきたと言う。
「――ですが、衛宮士?」
そして……
「貴方はどうして生きることを?しめないの?」
言葉の刃を突きつけて?た。
「貴方には自分に返る欲望がない。だから嬉しい事はあっても?しい事はない。常に自分の心が叫んでいる。“そんな幸せは衛宮士?にはふさわしくない”」
「そ、それは……」
「例え他人の?で聞こえても、それは貴方自身の?。貴方自身の思いを映した鏡に過ぎない。だって、本?のその人たちは決してそんなこと言わないもの」
カレンに言い?は通じない。?摯な瞳で、慈母の愛で次?と俺の皮が?ぎ取られる。
「自分には?えず隣人に?える?身の鑑、世界は正しくあれと祈るよう?な在り方。貴方の生き?はいつだって他人の?だけ。例え自分自身を奪われても、そのこと自?を憂いはしない。それどころか、自分を奪った?者が、?物の生を生きる方を憂う」
何?かしら遠い目でカレンの言葉は?く。俺の知らない事象で、紛れも無く俺自身の??(たましい)を切開していく。
「もう誰もそんな貴方を責めたりしない。責めるのは貴方自身だけ。ねぇ。そんなに人?みの幸せってつまらないの?」
……いや、そんな事はない。
人?みの幸せ、月?みの幸福。それがとても素晴しい物だって事には間違いはない。
ただ……
それだけでは足りないのだ。
それだけでは我慢できない。命の分だけ幸せであって欲しい。頑張った奴は、一生懸命生きる奴は、必ず報われなきゃいけない。ささやかな幸福くらいでは割が合わない。
ああ…… つまり、俺は……
「傲慢で不遜だな……」
「そう、それが貴方の罪。でも誰も貴方を罰してくれない。だって間違っていないから。だからなのね、貴方は何時だって貴方自身で貴方を責める」
その通りだ。
自分自身の欲望なら悔い改められる。だが、俺が欲しいのは他人の幸せだ。悔い改められない、悔い改めるわけにはいかない。最後まで完遂しなきゃいけない。
「すまない、カレン」
だから俺は謝った。
俺の罪を俺の罪?を引き出し、?摯に諭してくれたカレンに感謝しつつも、決して改悛することが出?ないことを謝った。
「元より、私の小言くらいであなたの十年?の生き方が?るとは思っていませんでしたが、約束でしたから」
「約束?」
「ええ、今一度貴方を諭すと」
誰とは言わなかったが、カレンは一瞬とても優しい笑みを浮かべると、話は終わったと立ち上がった。
「ただ、?目元と思いましたが、お蔭で一つの方向が見えました」
そして、その笑みをとっても素敵で邪な物に?えて、俺に微笑みかけてきた。
「あの……それって一?どういう意味なのでしょうか?」
後ろ毛が逆立ち、背筋を絶?零度で逆撫でされながら、俺はそんな素敵なカレンさんに尋ねてみた。
「別に衛宮士?をどうこうしようと思ったわけではありません。それについては約束も果たしましたし、これ以上の??は無?でしょう。ただ、私の主務は聖杯の?測ですが、この??の表の代行も託されています。ですから、ちょっとそちらの仕事にも精を出そうと思ったまでです」
怯える子羊のよう俺に、カレンは慈母の愛と?父の嗜虐がない混ぜになった笑みを浮かべ、冷ややかに見下しつつ?えてくださる。
「まぁ、一言で言えば??の庶務の整理と、迷える子羊の善導でしょうか」
そして最後に、とても?しそうに謎掛けじみた言葉を言い?し、カレンは公園を去って行った。
「……??の庶務の整理と、迷える子羊の善導ですってぇ……」
と、ここまで話してふと目をあげると、遠坂さんがぶつぶつとその二言を繰り返しておられる。
「と、遠坂?」
なんかとっても怖い、藪を突いて蛇を出すのは本意ではないが、それでも俺はついつい?をかけてしまった。
「結局、あれは全部あんたのせいだったのねっ!」
途端、噴火する遠坂火山。ちょっと待て、お前一?なに言ってるんだ!?
「なにも減ったくれもないわよ! 士?だって居たでしょうが!」
「俺も居た? ……あ、もしかして……」
遠坂に?幕に、慌てて記憶をまさぐった俺は一つの出?事を思い出した。
「もしかしなくてもあれよ。わたしとあんた、それにあの女が同席したのはあれ一回だけでしょ?」
「そりゃそうだけど、あれってそんな大事だったのか? そりゃ確かにえらく?呑ではあったけど?」
そして、目いっぱい悔しそうな遠坂には?いが、かなり愉快な出?事でもあった。
「……あの時は、士?に全部?明できない事情があったの。いいわ、ちょっと思い出してみなさい。最後に、あいつがなにやらかしたか?えてあげるから」
そんな俺に遠坂は、少しばかりすまなそうにしながらも、あんたよからぬこと考えてるでしょうと言った視線で口を尖らし、話を?けることを促した。
確かあれは、公園での出?いから更に半月ほど後。そろそろ夏も終わりを迎えようとしていた頃の事だった。
その頃には?にパイプオルガンの組み立ても終わり、??に通う理由はなくなっていたのだが、それでも俺は足繁く??に顔を出していた。
勿論、カレンの仕事に協力するためだったのだが、何故かその都度カレンは??を留守にしており、一向に出?えなかった。
まぁ、それまでの?緯を考えて、こいつは俺のお節介な生き?に?する一種の?言じゃないかとは思ったが、だからと言って止めるわけにはいかない。
そんなわけでこの?日、意地のように顔を出す俺と、計った?に??を留守にするカレンの不思議な追いかけっこが?いていたのだった。
それがこの日、いきなりとんでもないところで顔を合わすことになってしまった。
「こんにちは衛宮士?。こんなところで?うとは奇遇ですね」
確かに奇遇だ、こんなとこで?うなんて思考の片隅にさえなかった。
ここは遠坂邸の客間。遠坂の魔術講座の?に訪れた俺の目の前で、カレンはしれっとした顔でお茶を喫んでいたのだ。
「あら? 衛宮くん。シスタ??カレンの事をご存知なの?」
そしてその正面で、華麗に微笑んでいられるのが遠坂さん。その氷の視線が、更に?度を下げて俺の方を向いた。
「へ? あ、ああ……顔見知りだぞ。?は……」
「ミスタ?衛宮には、この街に到着した時にお世話になりました。大??さくで親切な人柄の方です」
一瞬、??されたが良く考えてみたら俺が責められる謂れは全くない。とにかくきちんと?明しようと口を開くと、?座にカレンさんが妙になれなれしく飛びきり優しげな微笑で、ねぇとばかりに俺に向かって可愛らしく小首を傾げてくださいました。
「それでは、紹介の必要はありませんわね。お互い良く知っているようだから」
そんなわけで、遠坂さんは聞く耳持たず?筋立てながら微笑んでいらっしゃいます。
お前ら、?むから俺に話させてください……
「それで、本日はどのようなご用件で? 確か、最初に相互不干?を約定として定めたはずでしたが?」
言葉の接ぎ?を失って立ち?む俺に、後でじっくり聞くからとにっこりと?い視線を送り、まず遠坂が口火を切った。つまり、不法侵入者はとっとと出てけと言うわけだ。
「確かに、??の監督代理と協?の管理者との間の相互不干?は取り決めました」
だが、カレンは動じない。御?御尤もと?きながらも落ち着いた口調で遠坂の言葉に反論する。
「ですが本日は、冬木における??の司祭代理として、??の信徒たる遠坂??の元に??の職務執行の?に?った次第なのです」
一瞬、?を突かれたように顔を見合す遠坂と俺。
確か、遠坂は別に??の信徒であるわけじゃないとか言ってなかったっけ?
「わたしは別に??の……」
「ええ、?はここ十年ほど??には?ても、儀式にも秘蹟にも??していません。ですが、幼?洗?と堅信は御尊父が存命のうちに?ませております。間違いありませんね?」
?を取り直し、訝しげに問い正そうとした遠坂の言葉に、カレンは待っていましたとばかりに言葉を被せる。
「そうなのか、遠坂?」
「うっ……うん。言峰の前の代までは、家と??はいい?係だったし、璃正おじ?には可愛がってもらってたし……」
ぐっと詰まった遠坂に小?で話しかけてみると、別に正式に宗旨替えをしたという?ではなく、カレンの言葉どおり全く活動はしていなかったものの、書類上は??の信徒のままであったらしい。
「それは結構。そうである以上、例え本人がなんと言おうと、??は信徒を手放したりはいたしません」
よき羊飼いは、迷える子羊を決して見放さない。執念深く見つけ出し必ずや元の群に引きずり?す。そう、喩え破門にされたとしても“背?者”として、??の記?の中では永遠に生きる事になる。
魂の契約は永遠普遍。それが??だと言うわけだ。
「勝手な事を言ってくれるわね……」
だが、遠坂さんはただでは負けを認めないようだ。さすが往生際が?い。
「それじゃ、今から柳洞寺にでも?け?もうかしら? 流石に??徒になったら?が切れるんじゃないかしら?」
「??としては、別にそれでもかまいませんが……」
そんな遠坂の憎まれ口に、カレンはさも?念そうに顔を伏せながら、にやりと見透かすような笑みを浮かべて?いて見せた。
「??に籍があれば、?の?籍に?係なく冠婚葬祭をつつがなく執り行えるのに……」
「ぐっ……」
不思議な事に、何故かこの?きで遠坂さんが詰まってしまった。
「どうしたんだ、遠坂?」
「あんたはいいの! 先のことだし……わたしだけが心得てればいいのっ!」
で、思い切り疑問符を浮かべて聞いてみたら、これまた何故か遠坂に怒鳴られてしまった。全く、わけが判らない。
「……わかったわ、そっちの方が有利だし。一?信徒って事にしといてあげる」
「ご理解が早くて助かります」
思い切り悔しそうな遠坂に、如何にも取ってつけたようにほっと笑みこぼれて見せるカレン。結局、口ではなんと言おうとも遠坂はカレンに蹂?されてしまったようだ。
「それで? ??の職務執行ってなに?」
「遺言の執行。早い話が形見分けと言う奴です」
「形見? ??の人間で形見を受け取るような知り合い居ないわよ?」
「それを聞いたら、さぞ故人は悲しむでしょう」
カレンは笑みを浮かべたまま、遠坂の疑問に嘆いてみせる。
悲しんでくれたらどんなに嬉しいだろう、なんだかそうとでも言っているような明るい嘆き方だ。
「ええと、それで誰の形見なんだ?」
とはいえこのままでは話が進まない。なんだかとっても?は進まなかったが、俺が話を進める事にした。
「冬木??の前任者。つまり言峰綺?の遺品です」
一瞬、沈?が遠坂家を包んだ。
俺も遠坂もカレンの言葉を理解できなかった。いや、理解したくなかったが正解だろう。あ、あの言峰の遺品だって?……
「そんな物、危なっかしくて受け取れるわけないわよ!」
だがそれも束の間、先に我に返った遠坂が、?然のように猫をかなぐり捨てて、カレンに詰め寄る。?持ちはわかる。言峰の遺品。しかも遠坂宛なんて、どんな呪いが?められているかわかったもんじゃない。
「ご不審は察しますが、一??査の結果どのような呪式も?められていない事を確認してあります。まぁ、言峰綺?はあれでも正式な聖職者。直接的な呪を送りつけるほどの愚者では無かったようです」
それにカレンは落ち着いて、良く聞けば身も蓋もない物言いで、どの品もただの“もの”に過ぎないと確約した。
「……わかったわ。その言い?だと、あんたあいつの味方だけは絶?しそうにないし、見るだけ見てあげる」
どうやら遠坂も、カレンの言葉の端?に見える前任者への?しようもない思いに?が付いたらしい。不承不承ながら、形見分けと言う行事を始める事を承諾した。
「では、まずこちらからご?ください」
それにカレンは、待っていましたとばかりに持?のトランクから、どうやら衣?箱のようなものを取り出し徐に蓋を開けた。
「………… え?」
一瞬、鬼が出るか蛇が出るかと息を呑んでいた俺だったが、中身が目に入った途端拍子?けしてしまった。
そこに?められていたのは、白いブラウスと紺のスカ?ト、それに蒼いリボンと?いタイツという一?いの洋服。何故か下着類まで?っているのには些か赤面したが、これには見?えがある。
「これって、セイバ?の着てた服じゃないか……」
そう、これはあの聖杯??の間、??に成れぬセイバ?の?に遠坂が用意した服だ。しかし、どうしてこんなもんが言峰の形見なんだ?
「……プレゼントだったの……」
そんな俺の?きに、何故か?っ赤になりふるふると震える遠坂が搾り出すように?える。
「へ?」
「あいつの誕生日プレゼントだったのよ! それも?年?年おんなじ服ばっか!」
それは……言峰ってやっぱり?った奴だったんだな……
「はい。遺言では遠坂??が二十?になるまで?年誕生日に贈るようにとなっていましたが、流石に??もそんなに暇ではありません。幸い服は各年分全て?っていましたので、この際ですから全てこの場にてお渡しします」
そんな俺たちの狂?を?牙にもかけず、カレンは事務的なまでの口調で、トランクから次?に衣?箱を取り出し積み上げていく。
「……くっ」
その全てが同じ服。
いや、サイズが微妙に違う。成程、遠坂の成長を予測した上で造らせたのか。何故か、ブラのサイズだけ全て一?ってのが中?趣がふか……
「衛宮くん。あんまりおかしな事考えてると……殺すわよ……」
い……などとは、ちっとも全然考えてないぞ。だから遠坂、命だけはお助けを……
「?に入っていただけたようで、さぞ故人も喜ばれる事でしょう」
そこにカレンが取ってつけたような笑みを浮かべながら、葬儀屋の司?のような科白で茶?を入れてくる。
「これの何?が喜んでるように見えるのよ! こんな物あんたに上げるから持って?りなさい!」
「お?持ちは有難いのですが、他のサイズはともかく胸だけはきつすぎるようなので、ご遠慮します」
?然、激?する遠坂だが、カレンは容赦ない。心ある人なら決して口に出?ない言葉をしれっと言って下さいます。
「……まあ、いいわ。受け取りましょう」
そのまま苛烈な視殺?に突入かと思ったが、?を食い縛りながら引いたのは遠坂だった。
「おや、?分簡?に引き下がられるのですね?」
「ふん。このまま粘ったら、それだけあんたがこの家に長居する事になるじゃない。幸い何時もと同じ服みたいだし。受け取った以上は、煮ようが?こうがこっちの勝手にして良いわけだし」
「?然です。?方もお引渡した以上、その後の?遇については一切??しません。さすがは?、賢明な判?だと思います」
……なんか、持て余したテロリストを押し付けあう二大?の政治的な決着みたいな展開だ。この服自?には罪は無いと思うけどな、セイバ?にも似合ってたし。
「で、これで終わり?」
「いいえ。まだあります」
衣?箱を手早く引き取りながら終わったなら早く?れと促す遠坂に、カレンはそう簡?には?ってやるもんかとにっこりと微笑み返し、今度はトランクから一冊の冊子を取り出した。
「じゃ、さっさと渡して頂戴」
だが、それを見てうんざりした顔で手を伸ばしかけた遠坂から、カレンはさっとその本を遠ざけた。
「?念ですが、これは遠坂??への?渡品ではありません」
そして、何故か俺を差し招いた。
「俺?」
「なんで士?に?」
どう考えても、俺が言峰の遺品を受け取るような筋はないんだが……
「衛宮士?氏への名指しではありませんが……」
そんなわけではてと首を傾げていると、カレンは巧妙に遠坂と距離を置きながら俺に近寄ってきた。
「遺言に、言峰綺?死亡時に遠坂??に一番近しい男性に渡すようにと指示がありましたので」
そして、にっこりというよりにやりに近い笑みを浮かべ、その冊子を何?か?引に俺の手に取らせる。
「いやまぁ……そう言われればそうかな?」
「否定は出?ないわね……」
流石にカレンの前で遠坂と俺が?人と言うか、そういう?係だとは公言できない。俺たちは全て判ってますとでも言いたげなカレンの視線を前に、互いに言葉を濁すしかなかった。
「で? 何なんだこの本……っ!?」
そんなわけでなんとも?恥ずかしくて、照れ?しのようにその冊子を開いた途端、俺は硬直してしまった。
一言で言えば、それは子供時代の遠坂の??が?められたアルバムだった。
だが、ただのアルバムではない。なにせ普通のスナップ??など一枚もないのだ。
恐らく遠坂邸の庭の木陰だろう、?の?椅子で涎をたらしながら??をしている幼い遠坂の?姿。下着一枚でぼうっとベッドに座っている?ぼけ眼の可愛らしい遠坂。公園だろうか? 空き地で二桁に及ぶ男の子を伸してその上で胸を張る少女時代の遠坂。うわぁ、これは風呂上りのオ?ルヌ?ドじゃないか……
つまりはそういう類の??ばかりなのだ。しかも、その全ての??に言峰の注?つきと言う凝りようだ。
言うなれば、こいつは“言峰綺?編纂 遠坂?、愛の成長記?” とでも言うような珠玉の??集だったのだ。
「士?、どうしたの?」
と、思わず見入っていた俺の肩口から、遠坂が心配そうに?きこんできた。
「え? うわぁ! 遠坂! 拙い!」
飛び上がらんばかりに驚いて、慌ててアルバムを閉じる俺。しまった! どじった……
「……なにが拙いって? 怪しいわね、ちょっと見せなさい」
案の定、遠坂さんに思い切り怪しまれてしまった。ジリジリと迫ってくる遠坂さん。
ふふふ、やだなぁ遠坂さん、右手の魔術刻印が輝いてますよ、それって絶?やりすぎですよ。
カレン、君も止めて――って、?しそうだね。ああ、そうか。?しいと感じる事があるって言ってたな。そういや、味?同?思いっきり偏ってた趣味だったなぁ…… ああ…… ?しんでくれて何よりだ……
「なによ! これっ!」
とまあ、そんなこんなで暗?した俺の意識を?ましたのは、アルバムを手に?っ赤になって叫んでいる遠坂の叫び?だった。
「??!」
そして、そんな俺に遠坂さんの理不?な?が襲い掛かってくる。??って、それは俺が言峰から……
「いいから! ??なんだから!」
とはいえ泣く子と遠坂さんには勝てない。特に、?目で恥も外聞も無くなった遠坂さんには。
「それは困ります」
だが、それもカレンさんには通じない。それは正式に衛宮士?氏に受け取ってもらわねばならないと、市役所の小役人のような頑なさを?に?しそうに演じておられる。
「いいの! こいつはわたしのなんだから! こいつの物もわたしの物なの!」
それに追い詰められた遠坂がついに切れた。うわぁ、遠坂イ(ジャイアニ)ズム爆?。
「成程、それはつまり……」
と、ここで何故かカレンがそれまで演技をかなぐり捨て、してやったりの笑みを浮かべた。
「衛宮士?については、?が全責任を負うということでもありますね?」
「――っ!」
一瞬で遠坂の顔から、アルバムの件での愚かしくも微笑ましい激情がすっかり消えうせた。
「元から……そのつもりよ」
そして、あの聖杯??の時にしばしば見せた、同じように頑なながらも?摯で冷?な表情に代わると、何か誓いでも口にするようにはっきりときっぱりと言い切って見せる。
「それを聞いて安心しました。その決意を心得ておられるようならば、これをお見せしても大丈夫でしょう」
それに?えるように、カレンも??な面持ちになり。これが最後と一枚の封筒をテ?ブルに載せると、遠坂に向かって滑らせた。
「これは、言峰綺?の正式な遺品と言うわけはありませんが。?、貴方が受け取って?理すべき物です」
そして、そのまま遠坂がその中身を確認するのをじっと見据えて?ける。
ぎりっ
そんな何?か息詰まる?況の中、封筒の中身を確認した遠坂の肩がかすかに震え、??をかみ締めるような音が響いた。
「遠坂?」
「大丈夫よ、士?」
だが、思わす俺が?け寄った時には封筒は再び閉じられ、遠坂もまた、封筒を開ける以前の冷?な表情に?っていた。
「……判ったわ。つまり、大仕事をするなら自分の足元を固めろっていいたいわけね」
「すぐにとは申しませんが、それ位してもらわなければ、衛宮士?は微動だにしないでしょう」
「そうね、こいつ最?だから」
「それについては同意します。全く、とんでもない怪物(バケモノ)ですね」
……いつの間にか女二人に、共通の敵を見出したような親近感が生じている。
まぁ、仲良くなってくれるのは平和でいいんだが、人を怪物呼ばわりはないんじゃないか?
「それでは用件も終わった事ですし、お暇します。次に?う事があるなら……」
「綺?の遺産?理が終わった時ってわけね?」
「そうなりますね。その時こそ、私の任務が完全に達せられた時と言う事ですから」
そして最後に、カレンは遠坂となにやら怪しい??を交わし、遠坂邸を去っていった。
そういえばあの封筒、結局なんだったんだろう。
遠坂は時期が?れば話すって言ってたし、俺としてもその時を待つだけだと思っていたんだが、すっかり忘れてたな……
「ん? どうした遠坂?」
そんなことを思い出しながら、ここまで話し終わってみれば、またも遠坂はなにやらぶつぶつ?きながら頭を抱えている。
「……遺産?理が終わったら……そうだった、終わってたんだ……」
遺産?理? ああそういえば最後そんな?話してたな。
「どういうことだ?」
「ねぇ、士?。わたし達が今回二人だけで?ってきたわけ、?えてる?」
「ああ、ルヴィアさんやセイバ?たちと一?でも良かったんだが、神父さんの事だろ?」
本?、今年の??は前年同?、遠坂家エ?デルフェルト家,そして新たに加わったマキリ家の三家合同の?省になるはずだった。
それが急遽?更になったのは、去年の夏、あの?の事件で大怪我をして以?どうも?調の思わしくなかった神父さんが、今年とうとう退任する事になった?だ。
冬木の??は、知っての通りただの??ではない。特に今は遠坂に代わり冬木の?脈管理もしている以上、引?ぎには正式な管理者である遠坂の立?いも必要。
そんなわけで、俺たち二人だけ一足早く??となったわけだが。
「それが、どうかしたのか?」
「どうかじゃないわよ、すぐ??に行くわよ!」
なにがどうしてそうなるのか全く判らない。
とはいえ、とっとと席を立ってずんずん進む遠坂さんを放っても置けない。俺は大急ぎで?計を?ませ、まるで敵地に進軍するように勢いで??に向かう遠坂の後を追いかける事にした。
「士?、?い!」
遠坂さんは結構足が速い。漸く追いついたのは、??へは後は坂を上がるだけといった交差点の手前での事だった。
「?いは良いんだが、なんでそんなに急ぐのさ?」
「なんでって……ああ、そっか。士?にはまだ話して無かったわね……」
何故か妙に急く遠坂さんに、俺がはてと首をかしげて尋ねてみると、遠坂はあっと?が付いたように小さく?くと、?まなそうに切り出してきた。
「あの封筒ね。?は……わたし達家族の??が入っていたの」
「わたし達って、遠坂の?」
「うん。わたしと父さんと母さんと……?の、みんながみんな笑ってるような……極?普通のスナップ??がね……」
「……そうか」
それがどうしたんだ? 事情を知らない人間が聞いたらそれだけの??だったのだろう。だが、今の俺は遠坂が魔術師の家系だってことを知っている。そして、?が他家に出され、そこでどんな生活を送ってきたかを……
遠坂は、そんな??を見せられるまで、自分の家族が普通の家族として存在していた事があったなんて知らなかっただろう。
そして、それは魔術師の家族としてあってはならないこと、そうでなければ幼い頃たった一人で?された遠坂が、他家に出された?が余りに悲?すぎる。
――それがあったのだよ、君たちは二人ともご?親に愛されていたのだよ――
言峰は、あの亡?はそれを涅槃の向こうから?って見せたのだ。
「じゃあカレンは……」
同時にあの銀色の少女の笑みが?裏に浮かぶ、あの何?か言峰と同質の笑み。まさかカレンも全て承知の上でその??を……
「ああ、あいつの事情は違うわ。あいつ綺?を出汁に、わたしに?破かけただけだから」
あいつの事だから?しまなかったわけじゃないだろうけど、と遠坂は憎?しげながらも納得したような口ぶりで、俺に苦笑して見せた。
何故かほっとした。カレンは確かに言峰によく似たところがあるが、それでも一番肝の部分で違う。俺はあの少女の慈母にも似た笑みを思い出しながらも?いた。
何?か歪んではいても、カレンの喜びは言峰のように完全に?逆ではなく、まだ正のベクトルを向いていた。
「そうか、だから”遺産?理”なのか……」
それで合点がいった。カレンは遠坂に?の事を何とかしろと言う思いを?めて、あの??を渡したんだな。無論、それを手に悶?とする遠坂を?しむ事も忘れずに。
「ま、それだけじゃないけどね。でも士?、だからって安心しないでよ。あいつは責め苦は人を前に進める?ではあっても、責め苦そのものを?しんでないわけじゃないんだから」
そんなほっとした俺に、遠坂は?難しげに換言してくる。
確かに言い得て妙だけど、それってなにもカレンだけじゃないぞ、どっかの誰かさんもそっくりだ。
「ともかく、絶?あいつには心なんか許しちゃ?目なんだから、そんな事したらぱっくり食われるわよ」
そんな思いが顔に出たのだろう、遠坂さんは俺を半眼で?みながらびしっと指を突きつけてきた。
「わかった。わかったけど何で今更そんな事を? カレンはもう居ないんだぞ?」
そう、あの?動の直後。カレンは仕事は終わったと?っていった。そしてその後、今の神父さんが赴任してきたわけだ。
「へぇ、そう? じゃあ今響いている音はなにかしら? これって一?誰が?いてるのかしら?」
そう思い遠坂に問い正したのだが、遠坂は如何にも人を見下した視線で俺を見据えると、?く顎を上げて坂の上を指し示した。
「へ?」
街の?踏は?に途絶え、すでにこ?りは閑?な住宅街だ。そして今、そこに流れているのは良く澄んだそれでいて重厚な音色。まるでステンドグラス越しに講堂に差す光のようなその調べは、紛れも無く坂上の??から響いていた。それは……
「……ぱいぷおるがん?」
「そうね、それ以外ないわ。さ、急ぐわよ」
「お、おう」
この調べには聞き?えがある。そう、これは俺がただ一度だけ聞いた調べ。俺が組み上げカレンが?いたパイプオルガンの調べだ。
「遠坂?、衛宮士?。まずは無事のご??をお祝い申し上げます」
俺たちが??の講堂の扉を開けるのと、曲が終わるのはほぼ同時。
そのまま振り向いた紫陽花の少女は、まるで待っていたかの俺たちに??祝いの??を送って寄越した。
「やっぱり、あんただったわけ……」
「なにがやっぱりなのか判りませんが、この度モ?ラ?師に代わり、正式にこの??の管理者に赴任しました、カレン?オルテンシアと申します」
そして、そのまましれっと着任の??をしてのける。
「ふうん、正式って事は“代理”は取れたわけ?」
「はい。ここ三年間の勤め、更には先回の冬木赴任の甲斐もあって??を預かる資格を得る事が出?ました。?も遺産?理を終えられたようですね」
それに負けるものかと、嫌みったらしく代理の部分に力を?めて言い放った遠坂だったが、カレンはそれに、例の遺産?理と言う部分に力を?めて?えを返してきた。
「ま、まあね」
「些か時間が掛かったようですね。?ならば、倫敦に赴く前に方をつけると思っていましたが…… まあお蔭?でこうして私も間に合った次第です」
更に、思いのほかお甘いようでと、喉の?でくくっと笑うカレンさん。
「ぐっ……」
それに、思い切り苦?を?み潰すような表情の遠坂さん。
まぁ確かに?の事に?しては、無事解決したとはいえ遠坂は思いっきり及び腰だったからな。
何?でどう知ったかは判らないが、この問題ではカレンの方が押し?味である。
「とはいえ、これで言峰綺?の?したものは、全て?算されたと言ってよいでしょう。おめでとうございます、遠坂?」
「はん、あんたにお?を言われる筋合いじゃないわよ」
「そうでもないのです。結局、私のこの街での勤めとは、須らく言峰綺?と言う男の?した物(置き土産)の事後?理(後始末)のようなものだったのですから」
何?か疎ましそうにそう話を締めくくったカレンは、そのままなんと言い返そうかと?軋りしている遠坂の脇をすり?け、俺の傍らまで?みを進めてきた。
「衛宮士?。貴方は如何でしたか?」
そして??で?格な聖職者の視線で、俺を?っ向から見据えた。
「俺は……」
余りに漠然とした問い。一?なにを尋ねられているのかさっぱりだったが、それが俺とカレン、そして遠坂の三人に?わる何か大事な事だというのは確かだろう。
俺は、カレンの全て見通すような金色の瞳を前に、必死で自分の中に、ここでカレンと別れてからの三年間の記憶に意識を沈めていった。
……ああ
遠坂とセイバ?の三人で倫敦に渡っていった時の思い出。ルヴィアさんやミ?ナさん、そしてランスとの出?い。カ?ティスにイライザちゃん、ジュリオと過ごした日?。
あの日以?、遠坂と共にあった日?はなんと波?に富み、?がしくも充?した日?だったのだろう。
俺はそんな思い出を胸に、目の前のカレンから、恨めしげにそれでいて何?か心配そうに俺を見据えている遠坂へと視線を移した。
お前と付き合いだしてから、とんでもない事ばかりだったのは、別に夏だけってわけじゃなかったなぁ……
?む暇も無く、思い切り引っ張りまわされた。
けどあいつが、そしてセイバ?達がいてくれたお蔭で、俺は思い切り突っ走る事も出?た。
確かに俺は今でもまだ歪んだままだ、空っぽで?物だらけののままだ。
だがそれでも?、今は確かな指針がある。空っぽの中に、?物の中に唯一つだけ本物がある。
俺は、俺の中にあるただ一本の?の柄にそっと手を伸ばした。
あの夏の出?事以?、俺の生活はあの時以上に息付く間もなく大童な日?の連?だ。遠坂と一?に時を過ごすってのは?大抵の事じゃない。本?に命が幾つあっても足りないような事ばかりだ。
だがそれでも?、そんな日?は決して辛い事ばかりじゃなかった。俺は……
「?しいって事を、知ったよ」
そう、?しかった。嬉しいだけでなく、?しかった。もう、?引なまでにみんなから寄ってたかって?しまされた。
本?にお前ら、少しは遠慮しろよ……
俺は、俺の中で?ってそっぽを向くみんなの代わりに、目の前で口を尖らす遠坂に苦笑して見せた。
「それでは、これにて言峰綺?の遺産に?する、全ての?理が終わった事を宣言します」
そんな俺たちの前で、カレンは一つ?くと重?しく宣告を下した。
そうか、そういうことか……
それで漸く俺は、“遺産?理”と言う言葉の?意を理解した。
遠坂が受け取ったものや、?の??だけが言峰が遺したものではなかった。第四次、第五次という二つの聖杯??で大きくその存在を?えられてしまった俺もまた、ある意味言峰の遺産だったと言う事か……
そんな感慨に浸っていると、カレンが飛び切り優しい慈母の笑みを浮かべ、俺に祝?を送ってくれた。
「衛宮士?。これで貴方も漸く少しは人間に近づけたようですね」
祝ってくれるのは良いんだけどね、カレンさん。俺の事、化け物呼ばわりはないだろ? 遠坂も?いてないで何とか言ってくれよ……
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天上の?曲が、講堂に響き渡る。
高き天の下、?き地に?ちる遍く生命を歌い上げる喜びと祈りの調べ。
それは以前、一度だけ?いた事のある?曲と同じ物。
地に生きる全ての命に安逸と休息を?える神を?え、神の導きに?いまどろみに生きる喜びを詠うものだった。
ただ、前回と違う部分が少しある。
本?、演奏者の感情など欠片も?められるべきでない?美歌なのに、今日の演奏は微かに感情らしきものが?められているように感じた。
休息と安逸に詠っていながら、それでいて今日の演奏には?行の思いが?められているのだ。
――ずっとここにいれば良いのに、ここならずっと安逸に浸っていられるのに、それでも貴方は行くのですね。
――あそこは決してそんな好い所では無いというのに、それでも貴方は行くのですね。
なんというか……こう、??で華麗な響きなのにも?わらず、拗ねて突き放すような、ロックか何かの方が似合いそうな感情も?められているような?がする……
「御??、感謝します」
最後の最後を、そんな感情をぶつけるように何?かディスト?ションじみた不協和音で締め、一風?わった?美歌は終わった。
「いや……良い演奏だったと思うけど、?わった?美歌だな」
「本?は許されない事なのですが、少しアレンジしてみました」
良いのかシスタ?がそんなことで? まぁ上手いから良いか。
「おや? 衛宮士?、貴方に音?がわかるのですか?」
そんな事をポツリと?いたら、カレンがお馴染みの人を見下す視線で嫌味を言ってきた。
「いや、音?はわからない」
俺はそんな嫌味に素直に?え、カレンの背後に屹立するパイプオルガンに視線を向けた。
「でも、こいつの?持ちはわかる。こいつは君の演奏を喜んでいた。君はこいつのただの所有者や使用者じゃない。紛れも無く“?い手”だ」
そう、こいつは俺が手ずから組み上げたあのパイプオルガンだ。精緻な機械、?史ある機械。そういったものには魂や精神こそないが、積み上げられた?史と蓄積された??による思いのような物が宿っている。
起源にまでさかのぼる構造解析を天性とする俺には、今では武器でなくても、そんな思いを汲み取る事くらいはできるようになっていた。
「え……」
間違いない。うんと?きカレンに視線を?すと、とても珍しい光景を目にする事になった。
「あ……その……過分なお褒めの言葉、感謝します……」
照れてますよ、カレンさん。
これは新鮮。やっぱり、人間の本性が出るのは趣味や嗜好の問題なんだな。
「お、音?に?してだけは特例として指導者を用意していただきました。何かと問題はありましたが……」
そして、どこか誇らしげに正規の?育を受けていたことを明かした。
成程、我?を通した事ってこのことだな。きっと思いっきり?情張ったんだろうなぁ、しれっとした顔で。
「……それはともかく。良いのですか? 衛宮士?。?を放って置いて」
そんなわけで、これは良いものを見せてもらったと微笑んでいたら。カレンは、何故かむっとしたような表情になり、俺にちくりと苦言をいってきた。
「別に放っているわけじゃないぞ。遠坂はもうここに用がないから?った。俺はまだ君に聞きたい事があるから?った。それだけだ」
うん、間違いない。
「……衛宮士?。貴方は女心が判らないと言われた事はありませんか?」
だってのに、カレンはうんざりしたような表情で質問を返してきた。いや、それはしょっちゅう言われてるけど。
「……愚問でした。さて、では私に尋ねたい事とは、どのような事なのでしょうか?」
そして失?にも俺の返事を待たず自分だけで納得すると、改めて俺がここに?った理由を問いただしてくる。
「ああ、それなんだが。カレン、君は……」
それに俺は三年前の、今日の出?事を反芻しながら、さてどう話したもんかと言葉を探しつつずっと考えていた疑問をぶつけてみた。
「どうして、俺の?にこんなに骨を折ってくれたんだ?」
そう、それが聞きたかった。
??後の再?。遠坂に託した言峰の遺産?理。一見それは??の仕事のように見える。そして、それは遠坂と、そして?だけの問題であるかのようも見える。
だが、カレンは今日この場で、言峰の遺産?理を俺の言葉で締めた。
正しくないくせに間違ってもいない俺が、?り?んでいた袋小路から?け出せた事を最後の締めに持ってきてくれた。
?いて言えば、それはまるで俺を助けるために、あえて言峰の遺産問題に手を付け、遠坂を引っ張り出したように見えるのだ。
?側からは決して改悛できない俺を、外側から遠坂?と言う存在を以て動かそうとしたかのように見えるのだ。
「俺はあの時、君の手助けをするって言ったのに結局なにも出?なかった。そのパイプオルガンを組んだだけだ。それに俺は別に信徒でもない。確かに君はある意味、人を助けるのが仕事だろうけど、俺みたいに無闇やたらにするってわけじゃないだろ?」
だが、その理由がわからない。
遠坂に、息するように人助けするといわれた俺が言うのもなんだが、こんなことしたって何の得にもならない。
如何にカレンが聖職者とは言え、こんな面倒をする事は……あっ
「まさか、カレン。君は言峰の……」
一つだけ思いついた。
「それは違います」
だが俺の思いついた事を、カレンは明確に、それでいて僅かにずらした言葉で否定した。
「如何に私が聖職者でも、好き好んでわざわざ前任者の尻拭いをする事はありません。……まあ、結果的にはそうなってしまいましたが」
判りきった事は言うまでもない。そんな口調だ。
「じゃあ、なんで?」
「“情けは人の?ならず”」
そして更に尋ねる俺に、三年前、時折見せてくれた、どうしようもなく優しい表情で?えてくれた。
「人に情けをかけるのは、結局廻りまわって自分が救われるためと言う諺ですね。私はこれが事?である事を貴方に?えたかっただけ」
そしてその表情のまま、?くようにそう言うと、?かしむように俺に話しかけてきた。
「衛宮士?。三年前、ここで私が最後に尋ねた事を?えていますか?」
「? ……ああ、あれか……」
あれは三年前、カレンがこの??を立ち去る前日。別れの??代わりに、ここで俺が組み上げたオルガンの演奏を聞かせてくれた時のことだ。
今日と同じ、??で華麗な響き。ただ今日と違って。それは?範を一?も出ない硬く?しい演奏でもあった。
「なあ、カレン。本?に……終わったのか?」
そんな頑なな演奏のせいか、それともその日のカレンがほっとしながらも、何?か?げな――そう、丁度祭りの終ったあとの寂しげな雰??のような、そんな空?を纏っていた?か、俺は聞かずもがなのことを聞いてしまった。
「はい、終わりました。未だ“聖杯”と言うべき物は存在しますが、その中身はもうこの世界には存在しません」」
きっぱりと?えるカレン。だがそこに僅かな迷いがあった。
判ってはいるし理解もしている。だが納得しきれない。そんな迷いだ。
「ただ……その……衛宮士?。一つ、貴方に尋ねても宜しいでしょうか?」
だからだろう。一瞬の沈?の後、カレンは何?かすがるような視線で俺に話しかけてきた。
「俺に?」
「はい、恐らく貴方にしか判らない」
「そういう事なら何でも聞いてくれ」
「では、お言葉に甘えて……」
そしてカレンの口から放たれた問いは、なんとも意外なものだった。
「……英?の?件?」
「はい、その……衛宮士?ならわかる。何故か判りませんが、そんな確信があったもので……」
「そう言われても……」
だが、俺には心?たりがあった。
ああ、カレンは正しい。こいつは俺と、あとは恐らく遠坂しか判らない……いや、知らない事だろう。
「……逃れられない運命から、命を?い取ること?」
「ああ、そうだ。それだけだ」
そう、たったそれだけ。
俺は知っている。英?の?件は、なにも?史に名を?すことや目に見える偉業を遂げる事ではない。
たとえ一つでも良い。決して助からないはずの命を助ける。それによって、人は人を越え英?になる。いや世界は英?を手に入れるのだ。
俺は……俺の末路(ア?チャ?)からそれを知(?わ)った。
「ああ……」
途端、カレンの顔から鬱屈が消えた。理解し判ってはいたものが、漸く納得できたって顔だ。
「そんなに良いもんじゃないぞ?」
とはいえ俺としては苦言を呈せざるをえない。なにせ、俺は英?ってのが碌なもんじゃない(あいつみたいなもの)と知っているのだ。
「でも……」
だが、それでもカレンは微笑んで見せた。何?か遠い目で、ああ良かったと。
「誰からも忘れ去られるより、無に?するよりは良いと思います」
そして一?、今度は遠坂さんとも何?か通じる、いつもの含み?載の表情で俺に微笑みかけてきた。
「衛宮士?、いっそ放っておいてやろうかとも思っていましたが、お蔭で考えが定まりました」
「? いや、お役に立てて嬉しいぞ」
一瞬ぞくっとしたが、どうやらその笑みの向く先は俺ではないようだ。俺はほっとして。
「では衛宮士?。最後の??を申し付けます。宜しいですね」
……どうやら、俺も完全に除外されていたわけではないらしい。なんだか?ったらとても後が怖いような?がして、俺は素直にその申し付けを引き受ける事になってしまった。
「…………」
「どうやら思い出してくれたようですね」
「ああ、思い出した。あれはあれで大?だったんだぞ?」
カレンに申し付けられた最後の??。町外れの洋館の調査と、そこで見つけた一人の女性。そしてその後の?動までを思い出し、俺は思い切り?い顔でカレンを?みつけてやった。
ああそうだった、思い出したぞ。三年前の夏の?動ってのは、なにもカレンの一件だけじゃなかったんだ。
「ですが、それで一つの命が助かった。よい事ではないですか」
「人事だと思って……」
「人事ではありません。結局、それも含めて貴方のお節介で私の仕事(言峰の遺産の?理)は完了した。それにね、衛宮士?。貴方は知らないだろうけど、貴方は貴方の生き方で一つの魂を解き放ったのよ?」
だからこそ、自分は衛宮士?の?に骨を折る?になったのだと言う。
「さっぱり判らんぞ?」
「判らなくても良い。知っていてくれれば」
カレンはそう言うと、くすくすと笑いながら視線を??の天蓋を覆うステンドグラスに向けた。
円を描き、無?の宗??に飾られたステンドグラス。
それはまるで、無?にある?多の世界の欠片を?ぎ合わせて出?ているかのように見える。
そこを通し?夏の陽光が、講堂に降り注いでいる。
……ああ
つられて見上げ、そのまぶしさに目を瞬かせた俺は、ふとさっき見た夢を思い出した。
――何故か、其?はそんなに良い所ではないだろうという確信はあったが、
――それでもやはり俺は其?に向かって?け?んで行った。
ああ、そういうことか。
何?か俺の知らない、俺の?われない世界で一つの出?事があった。
そいつもまた、ある意味言峰の遺産だったのかもしれない。それを恐らく“カレン”は?理した。俺の知らない俺のお節介と共に。
それは俺の知らない何か、俺の知らない誰か。だが、今、俺は知っている。
――お前は、今、其?にいるんだな――
END
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「記憶の在? Ver.k(小さなk)」hollow remixです。
あの物語のあの結末を、私なりの解?で?み解き。それを私も書いた物語のアレンジとして書き上げてみました。
結局カレンはあの物語でも、言峰の衣鉢を?いでいるんですよね。あの物語での言峰のスタンスは「未だ生み出されざる聖杯の中身の誕生を見定め、祝福する」ことでしたから。
この御話、私にとって久しぶりに純?なSSでした。なにせ構造そのものが起承承結、?の部分はそのまま全部hollow に委ねている?ですから。
それはともかく、これで私も漸く?ってくることが出?ました。これからもどうか御??に。
ps.ちなみに夏にした理由は、どう考えても本?あの作品は夏の話だったと思ったからです。ですよねぇ(笑)
번역부탁
「…………」
暗い闇。何一つ確かな物のない混沌の如き闇の中で、金色と?紅の言?が、色彩の和音を奏でていた。
二つの色彩は、紡ぎだされる旋律に合わせる?に二つの三角に別れ、四方を?み地に五芒、天に六芒の星を描き出す。
「――!」
瞬間、二つの旋律が?けた。
?けた旋律は二つから三つに、三つから四つに、次?と色彩を加え、ついには闇の中に七色の虹を屹ち上げた。
「本?に宜しいんですの?」
僅かな沈?の後、虹色に照らされた金色がほっとしたような息使いで?いた。
「熟慮の結果よ。わたしとあんた、二人が一年かけての解析で目が出なかったんだし、こうなったら??で形にするしか使い道ないもの」
それに、紅がどこか憮然と?えを返す。
「確かに……目の前に結論が見えている?に思えても、そこに踏み?む度に更に向こうに遠のいていく……まるで逃げ水ですわ。理屈はわかるんですけれど……」
「理屈で魔法に?くなら世話ないわよね」
僅かに弛緩した空?の中、照らし出された金色――ルヴィアゼリッタ?エ?デルフェルトの口惜しそうな言葉に、?紅――遠坂?は自嘲混じりに肩をすくめて?えた。
「それじゃ、とっとと片付けちゃいましょう。それに、いざとなったら……」
「またシェロに創ってもらうとでも? それこそ、そんなことが出?たら世話がないですわ」
そう、確かにこれは士?が創ったもの。だが決して士?“?り”で創った物ではない。これは士?が創らされるべく授けられた物でもあるのだ。現にあれ以?、士?はこれの再投影には成功していない。だが……
「あいつ出?目だから、もしかしたらってのはあるのよねぇ」
「シェロですものねぇ」
二人は同時に自分たちの施術を忘れ、一人の?年の顔を思い浮かべ苦笑した。理と知を至上とする魔術師として些か不本意ではあるが、何の根?もない?なのに、彼なら何とかしてしまう。そんな?がしてしまったからだ。
彼は決して諦めない。諦めない限り、挫けない限り前に進む事は出?る。それになにより、士?は馬鹿だからなぁ……
「ま、そんなわけで?悟は出?てるわ。始めましょう」
「なにが、そんなわけか今一つわかりませんけど、それならわたくしにも否はありませんわ」
一瞬の弛緩、本番前のちょっとした息?きを終え、二人の間に再び緊張がみなぎる。
「――――Anfang(セット)」
「――――En Garand(レディ)」
二人の呪に合わせ、七色の虹に見えない力が?束する。
万華鏡の如く移ろい浮かぶ七色の刃。模造(フェイク)とはいえ、今まさに?石?(ゼルレッチ)に力が宿った。
おうさまのけん
「?の王」 -King Aruthoria- 第九話 前編
Saber
「――同調、開始(トレ?ス?オン)」
薄暗い闇の中で、俺はただ一点に意識を集中しつつ言い慣れた呪を紡いだ。
途端、一心に見つめていたフラスコの底で小さな魔法陣が浮かび上がり、淀んでいた乳白色の液?が波打った。
俺は背骨を貫く、?けた火箸を突き刺されるような感?を意識下に押しやりながら、更に呪を重ねる。
「――重力、?離(テイク?オフ)……」
呪を待っていたかのように魔法陣に?が宿り、乳白色の波はその?りに照らされて更に大きく立ち上がった。そしてそのまま、まるで映?機を逆回しするように、フラスコの中央で球となって浮かび上がっていく。
「――精?、開始(バトルオ?ダ??リセット)」
俺はそこにもう一つの呪を重ねた。すると魔法陣に照らされた乳白色の液球は一つまた一つと色を加え、ついに万華鏡のように移ろいながら虹色に輝く球へとその姿を?えていった。
「……」
フラスコの中でゆらゆら?れる虹色の液球を見据え、一呼吸だけ置く。背筋を貫く痛みも感じ慣れた疼きへと?り、俺の回路は意識せずとも順調に魔法陣へと魔力を流し?けていく。よし、大丈夫だ。
「――編制、開始(レッツ?コンバイン)」
俺は魔法陣に十分魔力が行渡ったのを確認して、最後の呪を送る。魔法陣からの?りが徐?に色合いを?え、うねうねと蠢く虹色の液球は魔法陣の?化に合わせるようにその色合いを薄れさせていく。
ここまで?れば、後は魔法陣が勝手に仕事を進めてくれる。それを確認し、俺は一つ?いた。
「……ふう」
「お疲れ?です。シロウ」
と、漸く一息ついて背筋を伸ばしたところで、俺は目の前で優しく微笑む聖翠の瞳と鉢合わせてしまった。
「あ、セイバ?。その……何時からそこに?」
「シロウがそのフラスコを見詰めだした?りからです。何か施術だったようなので、邪魔をしては?いと思い終わるまで待っていました」
暫し見とれてしまった俺のいかにもとってつけたような言葉に、セイバ?は手に持ったトレイを作業台の隅に置きながら、苦笑交じりに?えてくれた。
フラスコをって事は施術の最初の頃からじゃないか、三十分近く待たせちまったのか。
「ついでと言ってはなんですが、お茶を淹れてきました、どうやら施術も終わったようですし、一休みする頃合では?」
俺がしまったと臍を?んでいる間にも、セイバ?は手際よくお茶の用意を進める。
「あ、すまない。お茶くらい自分で淹れたのに」
「今日はシロウも?も工房にお?りでしたから、こんな時くらい私に淹れさせて欲しい」
そりゃ?い事をしたと、慌てて俺も手?おうとしたのだが、セイバ?はするりと俺の手を遮り、どこか?しそうにお茶を淹れてくれた。
「わかった。それじゃ有難く頂く。でも俺だけってのは嫌だな。セイバ?も付き合ってくれ」
「はい、では私も御一?させていただきます」
こうして俺は、自分の工房で徐?に色合いを?える液球を?んで、セイバ?とお茶を?む事になった。
「旨いなこれ、セイバ?が作ったのか?」
「いえ、私にはまだこれほどの物は作れません、シュフラン殿から頂いた品です」
?かいミルクティ?と手作りのクッキ?。長時間の施術で些か疲れた?と頭に、そのほんのりとした甘さがなんとも心地良い。俺はセイバ?と、料理やらお菓子やらといったとりとめのない話をしながらその心地よさを?しんだ。
英?と魔術師の話としてはどうよって?容かもしれないが、殺伐とした世界の中でそんな何でもない日常がある事が、何故か妙に嬉しく感じていた。
と、ここまで浸っていて、俺はもう一人の魔術師の事に思い至った。拙い拙い、あいつの事をすっかり忘れてたなんて言ったら、後で何を言われるか……
「そういや遠坂は? あいつの?子はどうなんだ?」
「小一時間ほど前に工房を?いた時には、まだ施術の?っ最中のようでした」
なんでもかなり大掛かりな施術の佳境に入っていたらしく、流石のセイバ?も?をかけるきっかけを?めなかったと言う。
「頑張ってるなぁ。一昨日の晩ルヴィアさんの家から?ってきてから、?りっぱなしだったっけ?」
そろそろ年度末。今期の?究の仕上げって事らしく、この一週間ほど遠坂はルヴィア?とお互いの工房を往復する?日を送っていた。どうやらそれが佳境に入ったらしい、頑張るのは良いけど無理しなきゃ良いんだが……
「それはシロウも同じでは? 二人とも、食事もそこそこで作業に?頭していたように見受けられましたが?」
などと感想を漏らしたら、セイバ?は俺に向かって何?か恨めしげな視線を向けてきた。あ、こっちも拙い……
「あ、いや、すまん。俺も今ちょっと忙しかったから…… そうだ、今日はなにかセイバ?の好きなものを……」
?座にその視線の意味がなんであるかを悟った俺は、慌ててセイバ?に弁解をした。
遠坂同?、俺もこの一週間はえらく忙しかった。
理由も遠坂と同じ、年度末の試?やらレポ?トのた?だ。それは遠坂ほど?門的でも深くもないが、それでも結構きついものがあった。せめてもの救いは、去年のように遠坂やルヴィア?に付きっ切りで補習を受けなきゃならない程は、酷くなかった事くらいだ。。
まあ、そんなわけでセイバ?の言う通り、俺も遠坂も手早く食事を?ます時くらいしか顔を合わせていない。で?然、食事も手早く作れて手早く?ませられる物が?いていた。ようするに……些か?だったわけだ。
「シロウ、前?から思っていたのですが、私について食事にだけ注意を?っていれば良いと考えていませんか?」
が、この弁解は何故かセイバ?さんの?に障ってしまったらしい。目を半眼にしてずいと身を?り出して迫っていらっしゃいます。
「い、いや、そんな事はないぞ。ただこのところ食事がちょっといい加減だったかなと……」
「食事などどうでも……いえ、それよりです! ?の心配も良いですが、自分も余り無理をしないようにして欲しいと言いたいのです! 食事は?しては、きちんと作って頂ければ文句はありません!」
ああ、そういうことか。心配してくれてたんだな。確かにちょっと根を詰めすぎていたかもしれない。
「すまない、心配かけた。今日の夕食はしっかり作る」
俺はその事に感謝して、素直に頭を下げた。
心配してくれて有難う。でもな、セイバ?。どうでも良いと言い切れなかったり、“きちんと”にアクセント入れてたりするとこ見ると、やっぱりそっちにも文句あったんじゃないか?
「そうではないと何度言えば……お願いします……」
?もなにか言いたそうなセイバ?だったが、俺がしっかり正面向いて頭を下げたら、ぼそぼそ?きながらも納得してくれたようだ。わかったわかった、?飯から頑張るから。
「ところでシロウ。それは何なのでしょう? いつものガラクタいじりとは趣が違うようですが」
今日の食事をきちんと作ることを約束して何とか宥めすかし、ほっと一息ついていると、セイバ?は今度は作業台の上のフラスコを視線で示しながら尋ねてきた。
「ガラクタは酷いぞ。いつもやってる事だって、魔術の修行もあるんだからな」
「つまり、ガラクタ弄りもあるわけですね?」
だが、いつもなら素直にそうですかと?いてくれるセイバ?なのに、今日は何故か微妙に絡んでくる。やっぱりまだ根に持ってるんだね……
「いや、まぁ……そうだけど」
俺はそんなどこか見透かすようにつんと視線を向けてくるセイバ?に、僅かたじろぎながら工房を見渡した。
そこかしこに置かれた品?。如何にもな魔術の道具や、殆ど化?の道具と?らないような?金術の機材や素材もある事はあるが、大半は一?何時のもんだろうってな時計や?動機(エンジン)、それ以上に古そうな?れた家具や道具たちばかりだ。
ううむ、確かにこれじゃ冬木の衛宮邸(いえ)にあった?と、何?が違うのかって聞かれても返答に困る。現にセイバ?はそんな目で俺を見てるし。
「でも、ほら、こんなのは中?日本じゃ見つけられないんだぞ?」
だがそれでも?、俺は反論せざるを得なかった。
英?ってとこは、流石にこういった古道具に?しては日本よりはるかに充?している。なにせ、ごくごく普通に百年二百年物の道具や機械が今でも現役で?っているくらいだ。だから、たとえ?れていたり部品が足りないガラクタのような品物であっても、修理する道具や部品は探せばいくらでも見つけることが出?る。つまり一旦作られた道具は例え?れても直して、手を加えて最後まで使い切ることが出?るのだ。俺にとってこれほど素晴らしい事はない。
「わかりました。シロウは本?にガラクタが好きなのですね」
だから、そんな事を切?と訴えていたのだが、セイバ?さんは何故かどんどん、どんどん?れたような顔になっていく。なんか?然としないなぁ。
「いや、そうじゃなくてだな……」
俺はまた何か間違ってしまったようだ。だが、だがしかし、これは間違っているかもしれないが正しいんだ。俺は更に、そこかしこの品?を?際に手に取り、?れるを通り越して引き始めたセイバ?に向かって?例を示しながら、必死で抵抗を?ける事にした。
それになにより……ああ、くそ! そうだよ! 俺はガラクタ弄りが好きだよ!
「ほら、見てくれセイバ?。これ百年近く前の?燃機?(ガソリンエンジン)なんだけど、キャブレタ?が……」
結局、ガラクタフェチについてはカミングアウトさせられた俺だったが、それでもこの道具類の素晴らしさだけはセイバ?に判って貰いたくて、必死で解?を繰り?げた。なあセイバ?、百年物の機械類とか三百年物の道具とか、長年にわたって人の手で使われ?けた物ってのは本?に凄いものなんだぞ?
「はいはい、凄いです凄いです」
だが、セイバ?さんは聞いちゃくれません。なにか遠坂のような胡散臭そうな目で俺の手の品物を一瞥するだけで、俺の言う事なんか綺麗さっぱり右から左に流してくれる。くそお、俺だってセイバ?の食欲には理解を示してるんだから、俺のほうにも少しは理解を示して欲しいぞ。
「よし、じゃこっちはどうだ? 二百年前の洗濯機で……」
「それよりシロウ、結局これは何だったのですか?」
ここまで?たら後には引けない。諦めない限り挫けない限り前に進めると、俺は?明を?けようと意??んだ。しかし、セイバ?は、やっぱりそんな俺を全くと言っていいほど取り合わずに、目の前のフラスコを興味深げに突つきながら?明を遮ってくる。
何か?然としない。俺の手に取った道具たちはスル?で、そっちには興味深げで……別に俺は魔術師になりたいわけじゃないんだぞ。そりゃガラクタ使いになりたいわけでもないけど……
「シロウ、何をぶつぶつ言っているのですか?」
そんな事を考えていたら、?の?省癖(?面モ?ド)がうつってしまったのですか? とセイバ?に苦笑されてしまった。さらに趣味について?きになるとこなども、最近二人は似てきましたね、と諭すような口調で付け加えてくる。
はて? 確かに俺のガラクタ好きは趣味かもしれないけど、遠坂になんか趣味ってあったっけ? そう思って聞き返したら、セイバ?はどこか暗い表情で視線を逸らすと、何事か小さく?いた。うっ、こ、これは……
「こ、これなんだがなセイバ?、万物融化?(アルカヘスト)ってやつなんだ!」
その?きが耳に入った途端、俺は本能的に話題を逸らしていた。
「シロウ、話を逸らそうとしていませんか?」
「そ、そんな事はないぞ! 第一こいつについて聞きたがってたのはセイバ?だろ?」
「それはそうですが……」
ともかく、俺はセイバ?のどこか?然としないと言った表情を敢えて無視して、万物融化?(アルカヘスト)の?明を?けた。とにかく今はさっきの話題を?けてはいけない。
何せセイバ?の言う遠坂の趣味は、「……無?使い……」だったのだから。
「ほほう、全てを溶かす液?ですか」
「ああ、パラケルススって人が見つけたらしい。こいつの作成が祖材科(マテリアル?ハ?メストロジ?)の最終考査なんだ」
俺は、漸く興味を目の前のフラスコに?してくれたセイバ?に、頭の中で授業のおさらいをしながら?明を?けた。
“全ては一にして、一は全て”
魔術の?ての源はこれだ。一は?てであると同時に?てに一は存在する。この“一”こそは根源。そして魔術師は自分の中にある“一”つまり魔術回路を通してそこに向かう。そして一般的な?金術師とは、自らを含めて?ての中に存在する“一”を抽出し、それを用いて根源への道を開こうとする魔術師の事なのだ。俗に言う“賢者の石”って奴は、この抽出された“一”の結晶というわけだ。
そしてこの万物融化?(アルカヘスト)。全ての物を“氷に湯をかけたように”溶かすこの液?は、この?金術の究極の目標、賢者の石を作り出す?に必須の祖材だ。
尤も、?てに一が含まれているといったって、科?のように元素として中に入っているわけじゃない。あくまで“?念”としてその痕跡があるってだけだ。だからもし“一”を取り出したければ、科?的でなく?念的に存在を分解し“一”を抽出しなければならない。だから、こいつも?ての物を溶かすって言っても、化?的な分解でなく?念を溶解する魔術的な物質ってわけだ。
「しかしシロウ、?てを溶かせる液?というのは、些かおかしくありませんか? ?てを溶かせる以上、それを?める容器すら溶かしてしまうように思えますし、そんなものを扱う事も不可能なのでは?」
とはいえセイバ?の言うとおり、“何でも溶かす物をどうやって治めるか?”という問題から、こいつは“表”の世界じゃ製造不可能、つまり存在しない物だって言われてきた。そう、普通ならそんなものあるはずがない。
「だからこうやって扱うんだ」
だが俺たちは魔術師。俺はセイバ?に、フラスコの底に描かれた魔法陣を指し示しながら話を?けた。
「成程、宙に浮かして作り上げるわけですか」
「そうなんだ。こうやって宙に浮かして仕上げて、更にそいつを加工して、溶かしたい物以外は溶けない?にするってわけさ」
重力呪で固定し最後の工程を成し、?念を付?して特定?念のみを溶かす溶液に仕上げる。こいつが今期の俺に課された課題だった。
「つまり、これは金?用なのですね」
そして目の前で、虹色から金色に?りながらフラスコの底に落ちていく液球は、さまざまな?念を添付して“金”の?念を溶解出?るように加工されたものだ。
「おう。一?溶かして、今度はそいつを蒸留して別の物に組み替えるって事も出?るんだぞ」
俺は更に、こいつの使い道についてもセイバ?に?明した。
物質を?念に融解し、それを蒸留添加し別の物質の?念に組み上げ固める。つまりこれが物質?成、?義の?金術って奴だ。
「おお!」
と、そこまで話したところでセイバ?の目の色が?った。
「つ、つまり。これで金が作れるのですね!?」
そこに食いついたか……
?持ちはわかる。セイバ?にはいつも金で苦?かけてきたからなぁ。主に遠坂が。
「一?これだけあれば、一キロの鉛を金に作り?えることくらいなら出?るな」
俺は、それがまるで財?の山であるかのように、きらきらとフラスコに目を輝かせているセイバ?に苦笑しながら“事?”を話した。
「ただしこいつを作るのには、それと同じ重さの金以上の金(かね)がかかるし、鉛の?念溶液から金を蒸留するのにもやっぱり同じくらいの金がかかるんだ」
「くっ…… つまり」
金を作るのに、金の?値の二倍以上の金(かね)がかかるってわけだ。?念。
「考えてみれば、これをシロウが作れるという事は?も作れるという事。もし安?に金が作れるのならば、とうに?が作っていましたね……」
そう、?は俺も最初にこの事を聞いた時に、遠坂に同じような事を尋ねてみたのだ。だが?えは?然、今の俺の答えと一?。
あの時の遠坂の?に口惜しそうな顔は、いま目の前に居るセイバ?の悔しそうな顔と甲乙付けがたいものだったなぁ。
「ああ、二人とも。ここにいたんだぁ」
などと、二人?って遠坂の顔を思い出しつつ溜息をついたところに、工房の入り口からとうの遠坂さんが顔を?かせてきた。
「?、施術は終わったのですか?」
「おわったぁ……」
入って?いと促すと、遠坂はセイバ?ににへらと嬉しそうに笑いながら手を振り、そのまま俺の方に何?か?束無げな足取りでやって?る。
「おいおい、大丈夫か?」
俺は慌てて立ち上がり、そんな遠坂に?み寄った。
何をやっていたかは知らないが、よっぽど大?な施術だったのだろう。ふらふらとかなり危なっかしい。
「だいじょうぶぅ」
全然大丈夫くない。表情だって思いっきり無防備。?起きでもないのに、こういう遠坂は非常に珍しい。俺は、流石に心配になって遠坂の腑?けた顔を?き?んだ。
「とお……っ!」
「……!」
「んっ……へへへ」
だが、これが拙かった。遠坂と目が合った途端、遠坂の瞳が??っぽく光り、俺の唇はずっと柔らかくて?かい唇に塞がれてしまったのだ。
「ぷはっ! こ、こら、遠坂! いきなりなんだってんだ!」
「士?分のほきゅう」
「な、なんだよ、その士?分ってのは!?」
「士?分は士?分よ。士?に含まれてて、わたしには必須の成分なんだから」
セイバ?の視線が痛いほど感じられる中ほぼ一分、遠坂は俺の唇を離してくれなかった。しかも漸く離してくれたと思ったら、今度は逃がす物かとばかりにがっちりと抱きついて俺の胸に顔を埋ながら、意味不明な事をほざきやがる。
「ふう、補給完了。やっぱり士?分は?くわねぇ」
そんなこんなで、結局俺が解放されたのは、最初に不意打ちを食らわされてから五分近く?った後だった。
士?分ってのが一?どんな物かは知らないが、遠坂の奴はさっきとは打って?わってきりっとした表情で、足取りもしっかりした物に?っていた。心なしか血色もよくなったように思える。それに引き換えこっちは不意打ちの混?と、セイバ?の冷ややかな視線で一?に消耗してしまった。本?に何か吸い取られたのかもしれない。
いやまあ、その……別に嫌だったってわけでもないんだが……
「?、シロウ。二人が仲が良いのは大?良い事だと思いますが、お互いまだ?生の身。衝動的な家族計?だけはしないようお願いします」
と、そこに追い討ちをかけるように、セイバ?がとっても綺麗な笑顔でとんでもない事を言ってきやがった。
「セ、セイバ?! 家族計?って……」
「あ、それなら大丈夫。ちゃんと考えてるから」
余りの事に思わず?を上げかけた俺だったが、その?に遠坂の更にとんでもない科白が被さってきた。
「こっちで子作りの予定はないわよ? そういう事は、やっぱり時計塔での修?が終わった後ね」
「と、遠坂さん?」
「おお、それでは!?」
「うん、日本に?ってから。二人は欲しいわね」
「それは?しみです。是非、私にも二人の子を抱かせて頂きたい」
「お~い……」
「勿論よ。セイバ?にも子供の?育とか、手?ってもらいたいし」
「ああ、それは良い。?とシロウの子供ですから、男の子でも女の子でもさぞや可愛い事でしょう」
「……」
なんだか思いっきり顔に血が上って、言葉も無い俺を他所に?しげに未?設計を語る遠坂とセイバ?。
そうか、子供は二人か。やっぱり男と女が良いなぁ、衛宮邸(俺の家)も遠坂邸(遠坂の家)も?いから部屋には困らないし。あ、でも庭は衛宮邸(俺の家)の方が?いなぁ……って、そんなこと考えてる場合じゃない!
「ちょ、ちょっと待て!」
危うく現?逃避するとこだった。俺はそんな話一度も?いたことが無いぞ。そ、そんな、遠坂と俺の子供なんて……
俺は話が手?れになる前に、大慌てて二人の話に割って入った。
「遠坂! そ、そういう事をだな、勝手に決めるな!」
だが、勢い?んで割り?んだ途端、俺はそれまで和???とお?りしていた女の子二人に、凄まじい視線で?みつけられてしまった。
「なに? 士?子供嫌い? わたしじゃ?目?」
「いや、子供は嫌いじゃないし、遠坂がそう言ってくれるのは嬉しいけど……」
「シロウ、まさかやる事をやっておいて責任逃れをしようなどと……」
「ば、馬鹿! そんなわけないだろ! そ、その……遠坂との間に子供が出?たら、俺はきちんと責任を取る!」
と、ここまで言ってしまって端と?が付いた。
いつの間にか遠坂が、口の端を吊り上げる?に人の?い笑みを浮かべ、俺のことを?しげに見据えて居るのだ。一方セイバ?はセイバ?で、何か臍をかむような恨みがましい視線を俺に向けてたりする。
「よかった。有難う士?。それじゃ、士?分の補給も終わったことだし、後はよろしくね。わたしは夕方まで?るから」
そのまま?に?足げに工房を後にする遠坂さん。後に?った俺とセイバ?は?然とするだけだ。
「……シロウは?に甘い……」
セイバ?さん、散?引っ?き回されて、結局誤魔化されたのはあなたも一?なんですけど?
「シロウ、こちらは終わりました」
前庭から窓越しにセイバ?の?が響いてくる。顔を上げると、倫敦には珍しい?空の下ずらりと?んだ洗濯物の列を背にやれやれといった顔でセイバ?が苦笑しながらこちらに向かってくる所だった。
「おう、掃除の方もあらかた片付いたぞ、そろそろ?飯にしよう」
「ああ、その言葉を待っていました」
そろそろ頃合も良い、そう思って?えを返したら、途端にセイバ?の苦笑が零れんばかりに輝く笑みに取って代わった。?に見事な?りっぷりだ。
セイバ?、君もカミングアウトしたんだね……
俺はそんなことを考えながら、掃除機を止め腰を伸ばした。
あの後、暫し?然としていた俺たちだったが、結局どちらともなく苦笑しながら顔を合わせ、この一週間ばかりで溜まった家事を片付ける事になった。
セイバ?が頑張ってくれていたとはいえ、今のセイバ?は前と違って家事以外にも、バイトやら何やらと色?とやらねばならない事が結構ある。最低限の手入れはしてくれていたが、それでも片付けなければならない物や洗濯物はかなり溜まっていたのだ。
「全く、一番散らかすのは?だというのに」
「そういうな、あいつの後始末は俺たちの仕事だろ?」
俺は約束に反して簡?になってしまった?食を作りながら、セイバ?の愚痴に?えた。
誰かが突っ走った時、後ろを支えるのは?った二人の仕事。俺たち三人には、何時とは無しにそんな約束じみたものが出?上がっていたのだ。
「それは判っていますが、甘えるなら甘えるでもう少し上手く甘えて欲しい」
だが、俺の何?か諦?交じりの?えが?に入らなかったのか、セイバ?は?く口を尖らせて恨みがましい視線を向けてきた。
尤も文句の言い?にある通り、セイバ?だってその事は判っている。片付けを始める前にそっと?いた?室で、着替えもせず泥のように眠っていた遠坂の姿。俺たちを散?引っ?き回し、余裕綽?で立ち去った遠坂だったが、?際はこの一週間の施術の繰り返しで本?に精根?き果てていたのだろう。全く、意地っ張りな奴だ。
「まあ、遠坂が甘え下手だってのは確かだがな」
「素直に甘えてくれば良いのです。?が甘えてくれる事自?は良い事と思っています」
そう、確かに遠坂は出?る奴で、なんでもそつなく熟せる優等生だ。だが同時にどうしようもなく危なっかしいところも持っている。
ずっと一人で頑張ってきた弊害だろう、なんでも?りでやろうとしすぎるのだ。まぁ、それについては目の前に居るセイバ?も一?だけど。
「シロウ、それはシロウも一?です」
と、そんな事を話したら、セイバ?は溜息混じりに切り返してきた。そ、そうなのか? 自?は無いんだが……
「なんにせよ、苦?はあるけど遠坂が甘えてくれるのは嬉しいぞ。あいつは頑張りすぎだからな、セイバ?もだけど」
「はいはい、それでは私も精?甘えさせていただきます」
甘える事はともかく、これからは少しだけ一人で突っ走る事は?もうと心に留め、俺は出?上がった?食をセイバ?に差し出した。
セイバ?も多分同じ?持ちなのだろう。自分から甘えるなんて、昔のセイバ?なら例え冗談でも口にしない言葉だ。それが出たって事は、それだけ俺たちはセイバ?から信用されている、好ましく思われているという事だ。それは、とても嬉しい事だった。
「……シロウは?に甘い……」
尤も、それはセイバ?が手渡した?食に?づくまでだった。
やっぱりチ?ズとハムだけのサンドウィッチは拙かったかなぁ……
――ただ今??した。おお、相?わらず主と王は仲睦まじいな。
そんな少しばかり?呑な空?の中で?食を取っていると、庭に面した窓から嫌味なぐらい堂?とした物腰の鴉(ランス)が舞い?んで?て、悠然と居間のソファ?に羽を休めた。
「ランス……貴方の目にはこの?子が“仲睦まじい”と映るのですか?」
――いやいや、多少ぎすぎすするくらいは、男女の仲では親愛の?と思いましてな。それより、魔女殿は?
だが、流石は最?の騎士。この程度の嫌味ではびくともしないらしい。
「遠坂なら自分の部屋で?てるが、なんか用事か?」
セイバ?がランスの言葉がわかることや、ランスの泰然自若たる態度がちょっと羨ましかったりする事は取り合えず置いておいて、俺は珍しく遠坂を探すランスに問いかけた。
こいつと遠坂は些か相性が?い。寄ると?ると口喧?をしているような?がする。まぁルヴィア?と遠坂の例を見るまでもなく、別に嫌い合ってるってわけじゃないようだけど。
――ふむ、?はルヴィアゼリッタ?からの?け物があるのだ。
ああ、思い出した。先週だったか、遠坂の奴にランスを借りるからって言われたな。って、もしかして今までずっと借りられっぱなしだったのか?
――如何にも、いや魔女殿は人使いが荒い。
そのことを尋ねると、ランスはいかにもやれやれと言った口調で?緯を話してくれた。俺も忙しさにかまけてすっかり忘れてたけど、道理でこの所ランスの姿を見かけなかったわけだ。
なんでもこの一週間、二人が一?で居るときを除いて、殆ど四六時中ルヴィア?と遠坂の間の連絡使(ク?リエ)として飛び回らされていたそうだ。全く、?が付かなかった俺も?いけど、人の使い魔をそこまでこき使うか? 流石にこれは、一本釘を刺しとかなきゃいけないなぁ。
「それでシロウ。どうしますか?」
「どうしますって、これは一?がつんとだな……」
「いえ、ルヴィアゼリッタからの?け物です。?を起こしてきましょうか?」
「あ、ええと……」
ああ、そうだった。遠坂は?てたんだ。そのことに?が付くと同時に、俺の?裏にさっき?いた?室の?子が思い浮かんだ。あの完璧主義者の遠坂が、着替えもせずに泥のようにベッドに倒れこんでいた。
あいつの事だ、もし一人なら無理してでもきちんと着替えて、それから眠りに付いただろう。それが、あんなに無防備に……
「いや、それはまだ良いだろう。取敢えずルヴィアさんからの?け物は工房に置いておいて、遠坂が起きて?たら一?がつんと言ってやるぞ」
うん、これで良い。?分と頑張ってたみたいだし、今起こしちゃ可哀相だしな。文句は文句、これはこれだ。
「……なにさ?」
そうと決まればと早速と、俺はランスからルヴィア?からの?け物を受け取ろうと手を伸ばしたのだが、ランスは頭を伏せて全身を震わせているし、セイバ?はセイバ?でこめかみを抑えて溜息をついている。
―― ……いやいや……主よ、流石に主だ。
「……やっぱり、シロウは?に甘い」
そ、そうかなぁ……
――主よ、ここはやはり一?がつんと言ったほうが良いぞ。
散?二人に笑われたり拗ねられたりした?句、漸くランスから?け物を受け取った俺は、そいつを遠坂の工房に納めようと扉を開けた。
で、扉を開けた直後のランスの科白がこれだ。?際俺も一瞬、今すぐ遠坂を叩き起こして一?どやしつける誘惑に?られた。
―― これは魔女のばあさんの呪いか何かかな?
「一時間ほどでどうしてここまで……」
「遠坂ぁぁぁっ!」
いっそ見事だと頭を振るランスに、がっくりと膝を付くセイバ?。そして部屋の??に思わず?を上げていた俺。そこは正に地獄の釜の底といった?態だった。
いつもだってお世?にも整理されているとは言いがたい遠坂の工房だったが、今日は事の外酷い。扉から中央にある作業台に?く細い通路を除いて、床一面に一?今まで何?に仕舞ってあったんだってほどの量の魔具や素材が、思いっきり引っくり返されているのだ。どう考えても工房にあった棚や櫃に?まりそうに無い量だ。まぁ勿論、ここにある棚や櫃は見かけ通りの容量じゃないから、きちんと片付ければ?まるのだろうが……
――して主。如何する?
「……片付ける。お前も手?え」
俺はセイバ?の抗議?悟で、腹に力を入れなおしランスに?えた。無論、後で遠坂にはしっかりと話をつけるつもりだが、遠坂の後片付けが俺たちの仕事だって思いは?っていない。それに何より、今遠坂を起こしても、この??の片付けには何の意味も無い。むしろ邪魔だったりする。
「?は片付けに不自由な人ですから……」
が、案に相違してセイバ?は、がっくりと肩を落としポツリと一言だけ?いただけで、苦笑しながらも俺同?よしとばかりに立ち上がってきた。
「その、良いのかセイバ?」
俺としては、また“シロウは?に甘い”と?みつけられる事くらい?悟していたので、こいつにはちょっと拍子?けする思いだ。
「仕方ありません。?とて好きで散らかしたわけではないと思います。それだけぎりぎりの施術であったのでしょう」
尤も、そんな思いもセイバ?の?恥ずかしげに漏らした一言で、すっかり氷解していた。
――?に甘いのは私も一?ですから。
俺はそんな?きに苦笑しながら、セイバ?と共に工房の後片付けを始める事にした。結局、俺たちは?ってあいつに甘かったって事らしい。
「よし、それじゃとっとと片付けちまおう」
「はい、シロウ」
尤も、これが終ったあと遠坂にたっぷりと??食らわせてやろうってのも、俺たち共通の思いだってのは言うまでも無かった。
「シロウ、これは?」
「ええと……そいつは?がってるっぽいな。一旦置いておいて、その先の道具を一山持ってきてくれ。そっちはこの櫃に?まるはずだから」
こうして遠坂の工房の片づけを始めた俺たちだったが、作業はかなり難航していた。
なにせ、ここは一流の魔術師の工房。如何に弟子(おれ)と使い魔(セイバ?)だからって全部が全部判るわけじゃない。しかも無造作に置かれた道具類が管(パイプ)や魔術線(パス)であちこちに?がったままだったりする。そんなわけで、俺たちとしては如何にも危なっかしそうな物には手を?れず、判る物だけを整理する事になったのだ。
「……こんな物かな?」
「余り片付きませんでしたね」
それでも何とか、中央の作業台周りを?して片付け終わったのだが、そこかしこに未着手(アンタッチャブル)の道具類を?して、?食いの整理にならざるを得なかった。
「まぁ仕方ないさ、とっとと終わらせちまおう。セイバ?、足元に?を付けてな」
「はい、シロウも?をつけてください」
ともかく手を動かさなければ始まらない。
俺たちは、他の場所同?にいまだ?がったままの機材を巧みに避けながら、この工房最後の秘境、魔術書や?物の密林と化した作業台を、文明の光を以って開拓に挑んだ。
「うわぁ……」
艱難辛苦の末、何とか遠坂が作業していた?りの?掘を終えた俺は、眼前に展開された光景に思わず感嘆の?を上げてしまった。
遠坂が精根?き果てるはずだ。工房中の道具や魔具を引っ張り出しての施術だって、これなら納得できる。出?れば、もう少し段取り良くやってもらいたかったけどな……
「どうしたのですか? シロウ」
などと感心していたら、手が止まっていますよと?い叱責の?った視線のセイバ?が、足元の障害物をひょいひょい避けながら俺の傍らまで進んできた。
「すまん、セイバ?。ちょっとな。こいつを見てくれよ」
俺はそんなセイバ?を手招きし、作業台の一角で大量のフラスコが危なっかしく積み重ねられている?りを見るようにと促した。
「こちらですか? ……! シロウ、これはまさか……」
そこにあるのは、小さなビロ?ドの台に置かれた一見何の?哲も無い乳白色の?玉。だが、その周?の?石屑や拳二つほどの長さの柄を目にすると、セイバ?の顔色が?った。
「そう、そのまさかだ」
そいつは紛れもなく、嘗て俺が投影した?石?(ゼルレッチ)の成れの果てだった。遠坂の奴、模造品(フェイク)とはいえ魔法の設計?を分解しやがったのだ。
「思い切ったことをする物ですね……」
「ああ、遠坂がぶっ倒れるわけだ」
俺たちは改めて工房を、作業台を見渡して溜息を付いた。案の定、工房中の魔具や道具は?てこの一角に?がれている。
「多分こいつを使ったんだろうな」
感嘆しているセイバ?に、俺は更に周?のフラスコを示しながら話を?けた。
「これは……先ほどシロウが扱っていたフラスコに似ていますね?」
「ああ、理屈は同じだ。万物融化?(アルカヘスト)。それの加工溶液だ」
?石?の設計?と言っても、俺の作った模造品は外側だけの伽藍堂だ。つまり材質や構成はともかく、魔術的には?念の?っていないただの品物に過ぎなかった。
勿論、如何に遠坂といえども、魔法の?念を再構築して模造品を本物になんてできるわけが無い。だから遠坂は各種の万物融化?(アルカヘスト)の溶液を?使し、一旦?石?そのものを溶解して、その?念構造を分析添付することで、模造品の素材部分から限りなく本物に近い品を“削りだ”(再 構 築)してのけたのだ。
「で、多分こいつがルヴィアさんの分だな」
更に俺は、さっきランスから受け取った小さな皮袋を、遠坂の?玉の脇に置いて?げて見せた。中に入っていたのは色とりどりの六つの?玉。恐らく何かの術式で模造品を二つに分け、分?して再構成したのだろう。
「つまり、二人はついに魔法に挑むのですか?」
「そこまでは判らないけど、それに近い事を企んでるだろうな。こいつらはもう?物じゃない」
模造品とはいえ、魔法?から削りだした純度の高い構成物。?にこいつらは俺が創った模造品とは全く別のものに?っていた。今まで遠坂とルヴィア?がやってきたことを考えれば、また一?魔法に近づく試みである事は確かだろう。
「ま、詳しい事は遠坂が起きてから聞くとして、整理の方を片付けちまおう」
「はい、シロウ」
遠坂やルヴィア?からこいつの話を聞くのはそれから。俺はそう思い、?玉の周?にシャンペンタワ?のように不安定な?態に置かれたフラスコの群に視線を移した。
「あ……」
途端俺の視線は、幾重にも積み重ねられたフラスコ群の一角に釘付けになってしまった。
丁度中央?り。そろそろ魔力が切れかけているのだろうか、底に描かれた魔法陣が点滅しているそのフラスコには……
「あ、あの馬鹿ぁ!!」
虹色に輝く万物融化?(アルカヘスト)の原液がふらつきながら浮いていたのだ。
「と、とと――同調、開始(トレ?ス?オン)!」
だが、頭を抱えている暇は無い。俺は慌ててそのフラスコに飛びつくと、大急ぎで魔術回路を開いて魔法陣へと魔力を流し?んだ。
「……ふう……」
何とか間に合ったようだ。輝きを取り?した魔法陣を確認し、俺はほっと息をついた。大丈夫、フラスコの中央に浮かぶ液球も、ふらつきを止め安定していく。
危なかった。なにせこいつは“?てを溶かす”んだ、?然フラスコの底なんてあっという間に?けてしまう。しかも回りは?念溶液の詰まったフラスコだらけ。次?に突き?け、混ざり合った?念がどんな結果を生み出すかなんて……考えるだけで恐ろしくなる。
しかし、これでまた遠坂へのお小言の種が?えた。あいつ、原液の保存?理しないで?やがったな。
「シロウ!」
「え? あっ……」
だが、ほっとしたのもつかの間。俺はセイバ?の?で再び絶句してしまった。
先ほどまで微妙なバランスで積み重なっていたフラスコの群が、今にも崩れそうに?れているのだ。
しまった……今度は俺のドジだ。そりゃシャンペンタワ?から無造作に?ん中のグラス?いたら崩れるよなぁ……
「セ、セイバ?!」
「はい!」
?けてる場合じゃなかった。はっと?が付いた俺の叫びに、セイバ?は?座に?えてくれる。素早く作業台に?け上がりフラスコを……っと、拙い。
「あ、?石踏むなよ!」
「判っています!」
踏み?んだ足先を素早くずらし、セイバ?は何とか崩れかけたフラスコの塔を取り押さえてくれた。……のだが。
「シロウ、動かないでください」
?手を?げ、しっかりとフラスコの塔を押さえ?んだ英?の?足は、文字通り俺の?肩にかかっていた……
「わ、判った……」
とはいえ?ったな。これじゃ身動きが取れない。
――おお、相?わらず主と王は仲睦まじいな。
どうしたものかと頭を抱えていたところに、嫌味なぐらい堂?とした物腰の鴉が、悠然と作業台の上に舞い降りてきた。
「ランス……お前の目にはこれが“仲睦まじい”って見えるのか?」
ランスの奴だ。何時にも?して落ち着き?ったこの態度が無性に腹が立つ。
――いやなに、ちょっとした妬みだ。主は我(わたし)より先に王を呼んだのでな。
「あ……その、?かった」
そう言われると面目ない。俺はランスに素直に謝った。確か現役を差し置いて前任者に?をかけられたら、やっぱり?分が良いもんじゃないだろう。
――ああ、主よ。我(わたし)も大人?なかった。
良かった。ランスもわかってくれた。これで一件……
「シロウ! ランス! 遊んでいる場合ではありません、この?況を!」
落着するわきゃなかった。俺はセイバ?の怒?で我に返り、大急ぎでランスに指示を飛ばした。
「そ、そうだ。ランス、遠坂を……」
――それなら心配無用。
だが、鴉になっても流石は完璧の騎士。俺がセイバ?に向かって叫んだのとほぼ同時に、ランスは遠坂を起こしに行ってくれていたと言う。
――見られよ主よ、魔女殿がやってきた。
「……もう、なによぉ。いきなり……」
と、そこに早速、遠坂の奴が工房の?口に姿を現した。やれやれ助かった、ナイスだランス。
「ああ、?……っ!」
「遠坂、良く?てくれた、?は……っ!」
だが、俺とセイバ?はふらふらと?み寄ってくる遠坂の姿に、言葉を失ってしまった。
「あ、セイバ?、シロウ? なんか面白そうな事してる……」
とろんとした目つき、危なっかしい足元。遠坂……お前まだ?ぼけてるな……
「わたしも混ぜなさい」
ああ。
俺はいっそ感心した。?ぼけていても遠坂は遠坂だ。「混ぜて」じゃなく「混ぜなさい」。こんな時でも、口から出るのは命令形だ。
「……おはよ、しろう」
だが、そんな現?逃避も、遠坂がにっこりと笑いながら俺の胸に思いっきり?重を掛けて飛び?んできた途端、ものの見事に吹き飛ばされていた。
「と、遠坂!」
「シ、シロウ!」
肩にセイバ?、手にフラスコ、そして胸に遠坂。僅かに?秒。それが限界だった。ああ、切嗣(おやじ)すまない。俺は、たった二人の女の子さえ支えきれなかった。
「きゃ!」
「ぐっ! セイバ?!」
「は、はい!」
ついに崩れた俺たちの人間ピラミッド。だが、それでも諦めるわけにはいかない。俺は?ぼけた遠坂を何とか?腕で抱きかかえて庇いながら、最後の希望をセイバ?に託した。
―― 速!――
次の瞬間?い閃光が走った。
作業台に押し倒されしたたか背中を打った俺だったが、一瞬だけ今の?況を忘れセイバ?の姿に見惚れてしまった。
バランスを崩した時、どうやらただずり落ちるのではなく、あえて俺の肩を蹴り上げて自分の望む軌道を描くように調整したらしい。崩れるフラスコを次?と?い上げ胸に抱きかかえて行くセイバ?。よし、これなら何とか無事に切り?けられそうだ。
「シ、シロウ! フラスコを!」
なんとかなる、そう思ってほっと息をつこうとしたところで、セイバ?が目を見開いて俺に向かって叫び?を上げた。
フラスコ? それなら今セイバ?が最後の一個を……
「あ……」
不思議に思い、倒れたまま首を曲げてセイバ?に視線を送って?が付いた。
?っ飛びするセイバ?と、遠坂を胸に抱きかかえて倒れながら見上げるような形になった俺の丁度中間?り。そう、作業台の上、例の?玉の?上?りだ。
―― ?……
くるくると回?しながら落ちていく一?のフラスコが、まるでスロ?モ?ションのように俺の瞳に映っていた。
しまった、遠坂を抱き抱えた時に、手に持ったフラスコ放り投げちまってた!
それでも、まだまだ間に合う。俺とセイバ?は、同時にそのフラスコに手を伸ばした。
そう、確かに間に合ったはずだ。
もし、フラスコが回?せずに落ちていたら十分間に合ったろう。或いはフラスコの中身があんな物でなかったら……
―― 零……
だが、フラスコは回?していた。そしてフラスコの中身は、万物融化?(アルカヘスト)の原液って言う碌でもない液?だった。
底に描かれた重力呪によって固定されていた液球は、回?の遠心力により振り回され、呪を振りほどいてそのままフラスコの側面を溶かし、作業台に置かれた?玉に向かって弧を描いていく。
「つぅ!」
「くっ!」
更に万物融化?(アルカヘスト)は、俺とセイバ?が伸ばした手をも融過し軌道の終着点、?玉に吸い?まれて行った。
―― ?!――
そして閃光。
融過した液に?玉が?れるのと、そこに俺とセイバ?の伸ばした掌が被さっていくのとほぼ同時に、俺とセイバ?の掌を透くように七色の閃光が立ち上り、瞬く間に工房全?を包み?んで行った。
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大?長らくお待たせしました。Fate/In Britainの新作です。
魔法に挑む遠坂さんと、それを支える士?くんとセイバ?さん。
とはいえ、魔法に挑むって大仕事に挑んでいる割には、遠坂さんはいつもどおりのだだ漏れっぷりのようです。シロウとセイバ?苦?しています。
その苦?が報われるか否か、後編をお?しみください。
「多重次元屈折現象(キシュア?ゼルレッチ)」という物がある。
遠坂の家における魔術師としての祖にして、魔法使いたるキシュア?ゼルレッチ?シュバインオ?グ師。こいつは、この魔法使いが使う第二魔法――無限に列なる?行世界を自由に制御する則――の一形態で、これまた遠坂の家に宿題として?えられた課題、?石?によって制御しうる魔法なのだと言う。
ちなみにこの魔法の前提になっている「平行世界」。俺たちの世界とほぼ同一で、ほんの少しだけ選んだ選?肢が違っていた世界ってのは、合わせ鏡のように無窮に存在しているらしい。
つまり、「多重次元屈折現象」と言うのは、今現在俺たちが生きている「この世界」と殆ど?り無い他の「隣の世界」との間に穴を開け、そっちの物を勝手に使ってしまえる則の事なのだそうだ。
尤も、遠坂やルヴィア?をしても、そんなことをそう簡?に出?るわけじゃない。
それでも何とか「隣の世界」を?く事くらいまでは行きたいと必死で頑張って、漸くその?口まではたどり着いたといったところらしい。
そして遠坂たちは今回、その?口から一?中へと踏み?む施術を行う……?だった。
“?だった”と言うのは。それがちょっとした手違いで、違った結末に向かってしまったからだ。
おうさまのけん
「?の王」 -King Aruthoria- 第九話 後編
Saber
「シロウ! ?! 無事ですか!?」
どのくらい意識を失っていただろう。俺の目を?ましたのは、そんなセイバ?の?だった。
「ああ、なんとか……つっ!」
立ち上がろう手を付いた所で掌に痛みが走る。慌てて引き?してみるとそこには綺麗な孔になった傷と血まみれの?玉。どうやら無意識のうちに?み取っていたようだ。
「あたたたた……もう、なんだったの?」
僅かに?れて、俺の腕の中で遠坂も身じろぎを始めた。今度は?とぼけてはいないらしく、少しばかり不機嫌な目つきではあったが、俺に向かってはっきりとした?い視線を送ってくる。
「いや、俺にもさっぱり。セイバ?、あれからどうなったんだ?」
とはいえ、俺も意識を失っていたもんでさっぱりわからない。俺は改めて身を起こし、遠坂を床に下ろしながらセイバ?に尋ねてみた。
「あれからも何も、一瞬だけおかしな光に包まれただけで。私にもさっぱり……」
だが、セイバ?も首を傾げるだけだ。そう言われて改めて見渡すと、確かに、別に?った?子は見られない。?わったところと言えば、恐らくセイバ?が立ち上がるときに片付けたのだろう、作業台の上にフラスコの列がきちんと?んでいる事くらいだ。
「あれ?」
いや、それだけかな? なんか工房全?が妙に小ざっぱりして無いか?
「ああもう、いきなり叩き起こしといて何の?ぎ? きっちり?明して欲しいわね」
だが、そう思ってもう一度見渡そうとしたところで、遠坂に首を引っつかまれ、?正面から?みつけられてしまった。まぁ言いたい事はわかるが、こればっかりは聞き捨てなら無い。
「?……」
「ちょっと待て、遠坂」
幸い?害はなかったようだけど、こうなったのは誰のせいですか?
俺とセイバ?は視線にそんな思いを?め、逆に遠坂を?み返してやった。
「な、なによ……」
「なによ、じゃないだろ?」
「そ、そりゃあ、工房を散らかしっぱなしだった事とか、ランスを?って借り?けてた事は?かったと思ってるわよ……」
ほほう、そっちについては確信犯、いや故意犯だったってわけか。
「それはいい」
そう、それについては俺もセイバ?も決着が付いている。
「ランスの事は俺が放っておいたのもいけないし、工房の後片付けも、この通りほぼ終わった。その後の事だ」
俺は綺麗に整頓された工房?を指し示しながら、もう一度遠坂の顔を?き?んだ。
「へ?」
だが、遠坂はきょとんとした顔で、俺とセイバ?の顔を交互に見つめるだけだ。そうかそうか、お前?えてないんだな……
「?、それよりもこの工房に入ってきた時からの事を思い出して頂きたい」
「えっと、それってランスの奴に起こされてからって事?」
「そうだ」
「ええと……」
暫くはてなマ?クを浮かべて、可愛らしく小首をかしげていた遠坂だったが、俺とセイバ?の無言の?力に、流石に少しばかり??されたらしく、指折り?えながら自分の行動を反芻しだした。
「あいつに起こされて……ここに?たら、士?とセイバ?がなんか人間ピラミッドみたいなことしてて、面白そうだなって……あっ!」
ここで漸く思い出したようだ。遠坂はしまったとばかりに手を口に?て、作業台のフラスコ、セイバ?の顔、俺の顔と順番に視線を彷徨わせ出した。
「えっと……もしかして……わたしのせい?」
「そうだ!」
「そうです!」
「ご、ごめん」
頭を抱えて謝る遠坂を、俺たちは暫くの間?み据え?けてやった。
「とにかくごめん。わたしの不注意だったわ」
「まぁ、?起きだったしな」
とはいえ、深?と頭を下げる遠坂を前に、俺もセイバ?も何時までも?んでいるわけには行かなかった。迷惑をかけたら素直に謝る、失敗したら反省する。これもまた俺たちの間での約束だった。
「ところで、士?。さっきの光だけど、なんだったのかしら?」
「遠坂、そっちは俺たちが謝らなきゃならない」
となれば今度はこっちの番だ。俺はランスがルヴィア?からの?け物を持ってきたところから、工房の片付け、フラスコの崖崩れ、そして最後に取りこぼしたフラスコから零れ落ちた万物融化?(アルカヘスト)が、あの?玉に降りかかった事までを遠坂に?明した。
「そ……それじゃ、わたしの石は?」
「それならここにある。取敢えず無事っぽいけど……」
流石に、話の最後の頃には遠坂の顔色が?っていた。だから俺は、少しでも安心させようと掌に?まっていた?玉を手渡した。
「士?……」
だが遠坂は石を持ったまま、安心どころか今度は不安そうな顔になって俺の顔を見詰めてくる。はて?
「怪我したの?」
「え? ああ言ったろ、液を受けようとしたんだけど溶かされちまったんだ」
どうやら俺の怪我を心配してくれたようだ。大?有難いのだが、それでも結局あんな事になってしまっただけに、どうにも後ろめたい。
「そっか、だから原液じゃなくなって……。有難う士?。石は無事みたい」
遠坂はそう言うと、ハンケチを取り出して俺の掌を縛りながら治癒の呪まで掛けてくれる。なんか、こう……凄くこそばゆい。
「いや、感謝される謂れは無いぞ。それどころか謝らなきゃいけないくらいだ。俺がしっかりフラスコを持ってれば、端っからこんな事にはならなかった」
「でも、それってわたしが抱きついたからでしょ? やっぱりわたしのせいよ」
「それはさっき決着付いたろ? 俺の仕挫りだ」
「士?は頑固ね……」
「……遠坂だって同じだろ?」
お互い一?も?らず、ついに?み合うようになってしまった俺と遠坂。が、次の瞬間お互いに噴き出していた。
「馬鹿みたい、お互い?って事にしましょ」
「だな、何やってたんだろう?」
本?に馬鹿みたいだ。俺たちはひとしきり笑いあった後、何時しか肩を寄せ合って見詰め合っていた。
「士?、?……」
と、ここでセイバ?の?が割ってはいってきた。し、しまった!
「セ、セイバ?。忘れてたわけじゃないぞ!」
「そ、そうよ。別にじゃれあってたわけでもないのよ?」
慌ててセイバ?に向き直って必死に弁解する俺と遠坂。
「いえ、そうではないのです」
だがセイバ?は俺たちのそんな?子を一?みこそしたものの、一つ咳?いしただけで?摯な表情に?ると、作業台の一角を指し示した。
「……え?」
「……へ?」
なんだろう? セイバ?の指先に誘われるように視線を移した俺たちは、途端、言葉を失って顔を見合わせてしまった。
「それでは、あれは一?何なのでしょう?」
俺同?に、万物融化?(アルカヘスト)に透化されて血塗られたセイバ?の指先が指し示した場所、些か血で汚れたビロ?ドの台の上には、紛れもなく俺が手に取った物と同じ乳白色の?玉が置いてあったのだから。
「どうだった? 遠坂」
余りに予想外の出?事に、暫く?然と面付き合わせていた俺たちだったが、何時までもそんな事はしていられない。とにかく、一?どうなっているのか、遠坂が早速調べる事になった。
「それが、ちょっと不思議なの。?方とも本物っぽいのよ、少しだけ違うんだけど……」
だが結果は、ほぼ同一と言う、益?分けのわらない物だった。
尤も、石そのものが若干?化した事は不思議で無いと言う。確かに、俺とセイバ?の混ざった?念溶液を浴びて、あんな光を?したのだ、元のままと言う方がおかしいだろう。
なんでも、最初は俺の血を溶かした溶液を被った事で、一種の投影じみた複製が作られたのかとも思ったらしいのだが、それなら全く同じになるはずなので、その??は除外って事になったらしい。
それにまあ、武器でないしかも??の?物をここまで完璧に複製なんて、俺にだって出?はしない。
「しかし、では何故このようなことが?」
「やっぱり、溶液を被った事で何らかの反?が起こったと思う。ちょっと本格的に調べてみるわ」
そう言うと、遠坂は立ち上がって本格的な?査のために、そこいら中の道具を引っ?き回しだした。
「ちょっと待て、遠坂」
「何が欲しいか言って頂ければ、私達が用意します」
このままじゃ、またさっきの二の舞だ。俺とセイバ?は、遠坂を押し止めようと慌てて立ち上がった。
――主よ。
と、後ろから遠坂を羽交い絞めしたところで、工房の入り口から怪訝そうな表情のランスが飛び?んできた。
「なんだランス。今ちょっと取り?んでるんだが」
――?は些か?にかかることがあってな、?て欲しい。
「?は今、遠坂の破?活動を阻止しているとこなんだが、後じゃ拙いか?」
――ふむ、では主よ。ちと?りを見渡してもらいたい。おかしいと思わぬか?
ランスの言葉に俺は、破?活動って何よ! と言う遠坂の?を右から左に流しながら、?りを見渡してみる事にした。
ええと……別に?ったところは……あれ?
「工房が……きちんとしすぎています……」
俺同?に、ランスの言葉に?って周りを見渡していたセイバ?が不振そうに?く。そうか、セイバ?もやっぱりそう思うか。
「確かにそうだな。さっき片付けた時は、遠坂が思いっきり出?目に道具を?べてたんでぐちゃぐちゃだったけど……」
「今のここは、まるで士?か私が手?ったかのようにきちんとしています……」
「……整理が不自由で?かったわね……」
取敢えず、遠坂の?言は聞き流してランスにその?りを尋ねてみると、ランスも同じように感じて他の部屋を回ってみていたのだと言う。
「それで、どうだったんだ?」
――?際に見てもらったほうが早かろう。
俺たちは、?もぶつぶつと文句を言っている遠坂を引き摺りながら、ランスの言葉に?い他の部屋を見て廻る事にした。
「本?だ、お前の檻が無い」
――それだけではない。我(わたし)の集めた?集物はおろか羽一本落ちておらん。
自分の居た痕跡が無い。ランスにそう聞いて確認のために?った俺の部屋には、確かにランスがいたという?が何一つ?っていなかった。しかも、それは持ち去られたとか消えたとかではない。最初からそんな物は無かったとでも言いたいような?態なのだ。
「遠坂、こっちは?」
「やっぱりランスの食器は無かったわ。それに……セイバ?の食器も」
居間に?って、?房を調べてもらっていた遠坂の答えも一?だ。それどころかこっちにはセイバ?の物さえ…… え?
「……なんだって?」
ちょっと待て! セイバ?のものも無い? 俺は大急ぎで?房に飛び?むと、片っ端から食器棚を開けて回った。
無い、無い、無い、ない、ない、ない……
俺の食器、遠坂の食器、客用の食器、特別な時のための取って置きの食器。そういったものは全部きちんとあるのに、セイバ?とランスの?の品だけが綺麗さっぱり消えてる。
いや、違う。棚はきちんと整理されているし、空いているスペ?スがあるわけでもない。そう、まるで最初からそんな物は無かったかのように……
「一?どう言う事さ!?」
「怒鳴らないで、士?。ちょっと考えてみるから」
思わず怒鳴ってしまった俺を、遠坂の冷?な?が遮る。尤も遠坂も平?ではない。口元に手を?て、何か考え?んでいる表情には、抑えては居るが苦?を?み潰したような苦?が窺える。お蔭で少しだけだが落ち着くことが出?た。そうだな、俺たちが焦ってどうする? この?態で一番不安なのは……
「セイバ??」
と、そこに自分の部屋を確認に行っていたセイバ?も?ってきた。何?か足元が?束無ず、顔だって少し蒼い。ってことは……
「はい……私の部屋は物置になっていました……」
やっぱり……
俺と遠坂は、暫し顔を見合わると互いに?き合った。セイバ?はきっと不安になっている。俺たちが支えないと。
「セイバ?、大丈夫だ。俺たちが何とかする」
「そうよセイバ?。これって間違いなくさっきの事件が原因よ。何としてでも解決して見せるから」
「シロウ? ??」
だが、セイバ?に?け寄った俺たちの言動は、セイバ?が不審に思うほど何?か浮き足立った物だった。
そんなセイバ?の表情で俺たちは我に返った。なにしてるんだ? 俺たちが焦ってどうする? これじゃ却ってセイバ?が不安になっちまう。なんでこんなに……
そう思い遠坂と顔を合わせて?が付いた。何の事は無い。不安なのは俺たちの方だった。セイバ?の痕跡の無いこの部屋を目の?たりにした事で、セイバ?を失う不安に?られていたのだ。
だからだろう、俺たちはその時セイバ?が返してくれた笑顔に、本?に力付けられた。
「私は大丈夫です。シロウ、?、有難う」
「あ、いや……うん、いいんだ別に。ひとまず落ち着こう……そうだ、お茶でも淹れようか」
「そ、そうね、わたしもちょっと調べ物してくる」
それはとても綺麗で、とても優しくて、とても暖かい笑顔だった。
「大?判ったわ。まぁ推測だけど」
セイバ?の笑顔で?を取り直し、紅茶を入れて一息ついたところで、工房や自室を引っ?き回していた遠坂が?ってきた。
「早かったな」
「うん、やっぱりちょっと?ぼけてたみたい。落ち着いて考えれば、そう難しいことじゃなかったわ」
とはいえ、紅茶一杯淹れる間に判るなんて、たいした物だと聞いてみたら、遠坂は手に持ったアルバムやら手帳やらを脇に置き、居間のソファ?に腰をおろした。
「それで、一?どういうことだったのでしょう?」
「“ここ”はね、セイバ?の居ない世界なの」
セイバ?から紅茶を受け取りながらの遠坂の何?ない言葉。俺は思わず息を呑んだ。
「ちょっと待て、どういうことなんだ!?」
「落ち着きなさい、士?。“わたし達”のセイバ?が居ないわけじゃないんだから」
だが、勢い?んだ俺は遠坂にぴしゃりと制されてしまった。とうのセイバ?も?しい表情であるが暗さは無い。なんだか予測していたような顔つきだ。
――成程、「多重次元屈折現象」か……
そこに、俺同?セイバ?と遠坂の顔を交互に見据えていたランスの意識が流れ?んできた。
「“多重次元屈折現象”?」
「そう、つまりここはセイバ?のいない、正確に言えばセイバ?の居なくなった?行世界って事ね」
そんなランスの言葉を反芻した俺に、遠坂が良く出?ましたと脇に置いた手帳を手渡してくる。
「なんだ、これ?」
「日記、って言うかメモみたいなものよ。“聖杯??”の時のね」
そう言いながらの遠坂に示された頁には、確かにあの?いの記?が記されていた。ア?チャ?の召喚、衛宮邸での俺やセイバ?との出?い、??の?いとア?チャ?の裏切り、最後の決?。そして勤めを果たしたセイバ?が…… え?
「遠坂、これ……」
「そ、わたし達の記憶と違うわよね」
俺の言葉に、遠坂は更に?きをと視線を落とした俺の手から手帳を?き取ると、パタンと閉じ言葉を?けた。
「ここはセイバ?があの後まで?らずに消えてしまった世界。まぁこの家を見る限り、わたしと士?は倫敦に?てるみたいだし、それ以外は余り?ってないみたいだけど」
更に遠坂は、何故かランスの事を一?みしてから俺たちに視線を?した。
「じゃここは、別の世界だっていうのか? でもどうして?」
「だから、“多重次元屈折現象”よ? 士?、判ってたんじゃないの?」
「あ、いや……その……」
あんた何言ってるの? と眉を?めて迫ってくる遠坂。なんか、こうランスの言葉を鸚鵡返ししただけですって言えない雰??だ……
「成程、つまり?はあの石を使って。?石?を再現しようとしていたのですね?」
そこに今まで?っていたセイバ?が、?きながら割り?んでくれた。
「あぁ、そこまで大事は考えてなかったわ。?石?の類感で、隣の世界を?ければなぁ……って位だったんだけど」
「それが、あの事故でこんな事になっちまったってわけか」
「そっ、そういう事ね」
多分、俺の組成が遠坂の家系として認識され、英?(セイバ?)の組成と化合して世界に穴を穿ち、俺たちをこの世界に放り?んでしまったのではないかと言うのだ。
そこまで聞いて漸く俺も理解できた。
つまり遠坂がやろうとしていた魔法への挑?が、偶然に偶然が重なって全く違った、それでいて一種の魔法じみた現象を起こしてしまったと言う事らしい。
「現?はわかりました。それで、これからどうするのですか?」
「勿論、わたし達の元居た世界に?るわよ」
セイバ?の問いかけに遠坂は明確に?えた。それはそうだろう。第一この世界にだって俺や遠坂は居たはず。俺たちと入れ替わったのか、それとも?に今この時点でここに居ないだけなのか、或いは俺たちに?かれて他の何?かに飛ばされたのか。それはわからないが、何時までもここに居るわけにはいかないってのも事?だ。俺たちはこの世界の異分子だ。何が起こるかわかったもんじゃない。
「その……出?るのか?」
だが、その方法ってのが俺には見?すらつかない。ここに?ちまったって事だって、本?のところ完全に理解しているとは言い切れないところがある。
「やってみなきゃ判らない。でもヒントはあるわ」
尤も、流石に遠坂は俺とは違うらしい。例の二つの?玉を取り出して、徐に解?を始めた。
「この二つね。さっきちょっと削って確かめたんだけど、基本的に同じなんだけど?念構成に少しだけ違いがあったの」
「どんな違いなんだ?」
「うん、ルヴィアから受け取った石あったでしょ? わたし達の??では、わたしの石を基石に、ルヴィアの石を一種のアンテナにしてそれぞれ別の平行世界へのラインを手繰ろうと思ってたの……」
今、この二つの?玉のうち一つには、あの時ルヴィア?から?いた石の中の、とある一つの?念が混在していると言う事らしいのだ。
「恐らくクリ?ンな方はわたし達の世界の石。で、こっちの混じった方はこの世界にあった石でしょうね」
遠坂の推測ではあの?光の瞬間、もろもろの偶然により“多重次元屈折現象”のような現象がおこり、?測のためのラインだけでなくルヴィア?の石の?念までをこっちの世界に飛ばしてしまったのではないかと言う事らしい。
「それが、万物融化?(アルカヘスト)の影響でこっちの基石に融合しちゃって、基石同士の共鳴で穴が?がってわたし達ごとこっちに飛ばされたんだと思うの」
「それで、どうやって?るんだ?」
「類感の逆用を使おうと思うわ」
俺たちがこっちに?た理由はわかった。だが、俺には?り方の方はさっぱり見?が付かないと尋ねてみたら。遠坂は混ざっていると言ったほうの?玉を指し示して?明を?けた。
「こいつはこっちの世界の石に、わたし達の世界の石が混じった?態よね? つまり石は今の私たちの?態そのものなの」
俺たちが今この世界で安定しているのは、この石に類感しているからだと遠坂は類推したのだ。
「成程、じゃそっからルヴィアさんの石の?念を?けば……」
「そ、私たちの存在はこの世界で不安定になる。で、それをこっちのわたしたちの世界の石に溶け?ませれば……」
「類感の作用で元の世界に放り出されるってわけか」
「そういう事。勿論、平行世界移動なんてとんでもない事しようってんだから、補助のための施術はがっちり固めなきゃいけないけど」
それはそうだろう、ただ理屈だけで魔法に?くなら世話は無い。俺は遠坂の顔をもう一度?正面から見据えなおした。
「出?るのか?」
「理屈だけだったら躊躇したでしょうね」
そんな俺の疑問に、僅かに肩を?めて苦笑して見せた遠坂だったが、次の瞬間その瞳に自信をみなぎらせて言い切りやがった。
「でも、偶然とはいえ?際にわたし達はこうやって平行世界移動をした。?績がある以上、一度穴が開いた以上わたしはやり遂げて見せるわ」
見事な物だ。一?の躊躇も無い。だとすれば俺のやる事は一つだ。俺は俺同?に遠坂をじっと見据えていたセイバ?と?きあった。
「?がやるというならば否はありません」
「ああ、何でも言ってくれ。俺たちに手助けできることなら何でもやるぞ」
「有難う。士?、セイバ?」
こうして俺たちは自分たちの世界に、セイバ?がちゃんといる世界に?る?に、魔法と言うとんでもない事業に挑む事になった。
「遠坂、万物融化?(アルカヘスト)できたぞ」
「?、私の方はいつでも」
「うん、わたしの方も準備完了。それじゃ始めるわよ」
俺たちはそれから、工房中の機材や道具を?動員して、大車輪で施術の準備を整えた。
何せここは別世界、結局は他人の物ってことで、俺としてはこうした道具類を勝手に使うのは少しばかり抵抗があったのだが、遠坂に言わせるとわたしの物をわたしが使って何が?いって事らしい。なんだか詭弁くさくもあるが、背に腹は?えられない。許せ、この世界の遠坂。
「――――Anfang(セット)」
そして施術が始まった。
術の規模そのものはそう大きくない。基本は、遠坂とルヴィア?が行おうとしていた施術に、俺とセイバ?の血を溶かして作った万物融化?(アルカヘスト)の?念溶液を加える事で再構成したもので、術に必要な陣や構成そのものは、元?石に刻み付けてあるのだそうだ。
考えてみれば、俺たちがここに飛ばされた事件自?、そういった準備があったからこそ起こったことなのだろう。
「――Einmal kehren wir heim.(ただ 一度 ?らん)――Doch anders wird niemals Ein Ziel erreicht.(今はただ 其れだけを 求めん)」
遠坂の呪が進む。まずは基石からのルヴィア?の石の?念分離だ。
俺とセイバ?が息を詰めて見守る中、遠坂は?手に持ったフラスコから、基石に向かって?かに俺とセイバ?の?念溶液を、滴らせていく。
「え?」
その瞬間、遠坂の奴がいきなり呪を止めて素っ頓狂な?を上げた。
―― ?!――
同時にあの時と同じ虹色の閃光が立ち上る。ちょ、ちょっと待て! こんな事は予定に無いぞ!
「遠坂!」
「?!」
慌てて遠坂に?け寄った時には、俺たち全員、再びあの閃光に包まれてしまっていた。
「?! シロウ!」
「俺は無事だ。遠坂!?」
閃光は一瞬。今度は俺も意識を失わなかった。
「……」
遠坂も無事のようだ。ただ?けたような顔で突っ立っている?り、今の事態が完全に予想外の出?事だって事が窺える。これは拙い。俺は遠坂の肩を?み思いっきり怒鳴りつけた。
「しっかりしろ! 遠坂!」
「……え? ……あ……うん」
俺の怒?で漸く我に返った遠坂の顔が、見る見る蒼くなっていく。
「な、なんだったのよ……今の……」
「おかしな事が起こっちまったってのは確かだ。とにかく、何が起こったかしっかり確かめよう」
「そ、そうね。?けてる場合じゃなかった」
やっぱりこいつは不意打ちにはめっぽう弱い。だが、同時に切り替えの早さも遠坂の長所だ。こうして一時だけでも支えてやれば、すぐに立ち直ってくれる。
「シロウ、?」
――主よ。
と、そこにセイバ?とランスの微かに緊張した?が響いて?た。
「どうした……え?」
それで?が付いた。
今、俺たちのいるのは遠坂の工房のはずなのだが、それが妙に?いのだ。
「ちょっと見てくる」
どうやら、俺たちはまた別の世界に飛ばされてしまったようだ。少なくともさっきの世界や、俺たちの世界じゃない。俺は早足で工房を後にし、家の中を確認して廻った。
「シロウ、どうでした?」
「……やっぱり、ここはうちじゃない」
セイバ?の心配そうな?に迎えられ、工房に?ってきた俺の顔は少しばかり蒼かったと思う。ここは確かに倫敦ではあるようだったが、俺たちの“遠坂邸(うち)”ではなかった。
多分、俺たちの住んでいた物と同じアパ?トメントだとは思う。だが、部屋?も全?のスペ?スもせいぜい半分と言ったところだ。更に言えば、どう見てもここには一人しか住んでいなかった。
「ごめん士?。わたし勘違いしてた。これ見て」
そこに遠坂が、?しい表情で?み寄ってきた。手には例の?玉。俺はそれを、ただ促されるままに受け取っていた。
?士?にも判ると思うけど、赤い反射がさっきのルヴィアの石の痕跡ね。それに蒼い反射が加わってるでしょ?」
確かに、乳白色だったその石には、微かな赤い?反射と蒼い?反射が加わり、何?か神秘的な色合いをかもし出していた。
「多分、これがわたしたちの世界の、士?が持ってた方の石ね。わたしの推測は間違ってた。ラインを?って?移してたのはルヴィアの石じゃなくわたしの方の石だったみたい。それだけじゃないわ」
遠坂は?明しながら、工房の隅にある小さな窓に向かうと徐に窓を引き開けた。
「?、これは……」
――ほほう……
俺と同?に、遠坂の?明を聞いていたセイバ?達が驚愕の?を上げた。
それはそうだろう、そこには文字通りの?空。漆?のまさに“何も無い”?態が?がっていたのだ。
「世界と世界の?間よ。この部屋自?一つの世界となって、そこにぽっかり浮いてるってわけ」
遠坂は?重に窓を閉め、俺たちに向き直った。さっきまでの?空は消え、窓に映る風景はいつもの人や車が行きかう倫敦の街に?っていた。
「固有結界ですね……」
「そう、士?の力ね。恐らく士?の?念から構築したんだと思うわ」
それを確認するようなセイバ?の?きに、遠坂が?いた。
「さっきは外まで確認しなかったから?づかなかったけど、恐らくわたし達は純?に平行世界を移動したんじゃないわね。士?やセイバ?の?念に共鳴する平行世界の影を世界の?間に投影し、同じように士?の結界能力を抽出して泡沫世界を構築。そこにわたしたちを送り?んでた。そういうことだと思うわ」
「それでは、?。その石そのものが」
「そう、どんな偶然か知らないけど、この石自身がこんな魔法じみた現象を引き起こせる遺物(ア?ティフィクト)になっちゃってるって事」
恐らく、素材として?際に魔法を行使できるであろう?石?の設計?を使ったことが一番の原因だろうと、遠坂は難しい表情で付け加えた。
「では、それを使えば元の世界に?れるのですか?」
「完成すればね。?念だけどこれはまだ未完成。後四つ、?間に浮かんでる世界の種を拾い集めなきゃ?目みたい」
遠坂はそこまで言うと、腕を組み?しい表情で?空を?んだ。つまり、後四回。こういった世界に行かなければいけないって事らしい。俺は正直怖?を奮った。勿論、あの不可思議な移動が怖いわけじゃない。そこで見るものが怖かったのだ。
「じゃ、早速施術に入るわよ。ここにいたって始まらないんだから。って……士?、どうしたの?」
ここで漸く遠坂が俺の異常に?がついた。セイバ?も心配そうに俺の顔を?き?んでくる。そしてランスは……ああ、こいつは?が付いたか。?しい表情で俺の顔を?んでやがる……
「なぁ、遠坂。この世界……っていうか本物のこの世界ってのは?際にあるんだな?」
「そういう事だけど。なに?」
俺の唐突な質問に、遠坂は訝しげに眉を?める。俺は一瞬だけ躊躇したが、それでも手に持った??立てを遠坂に手渡した。
「ああ、ここは遠坂しか倫敦に?なかった世界って事らしい」
「この工房見たときからそれくらい、見?ついて……っ!」
何を言っているの? と益?不審そうな顔で??立てを受け取った遠坂だったが、その??立てに視線を移した途端、表情が一?した。
「……そっか、ここだったのね」
?しく結んだ口元、何?か寂しげな目元、それで居て微かに嬉しげな?かしげな?顔。一瞬、俺はそれを遠坂に見せたことを後悔した。
何の?哲も無いはずの??。今より少しだけ成長した俺と遠坂が?っているだけの??。だが、その??の中の俺は、??い肌と純白の頭?を持っていたのだ。
「?、シロウ……」
遠坂の肩越しに??立てに?き?んだセイバ?も、一瞬息を呑んで心配そうに俺たちの顔を見渡している。
長いようで、ほんの僅かな沈?の後、遠坂は??立てを伏せるように作業台の上に置き、微かに顔を伏せた。
「さあ、作業を始めるわよ」
だがそれすらも一瞬。再び顔を上げた遠坂はいつもの、自信に溢れ何者をも恐れない遠坂に?っていた。
「い、良いのか? 遠坂?」
俺は思わず聞き返してしまった。玄肌白?の俺。恐らくさっきの世界同?セイバ?が還り、遠坂とも何度か交差しながらも別に道を進んでしまった俺だ。あの俺はあいつ(ア?チャ?)だ。あいつになるだろう俺だ。
俺はあいつと遠坂が、ただのサ?ヴァントとマスタ?以上の?係であったことを知っている。遠坂は、あいつがあいつになってしまった運命を怒っていた。それこそ火の出るほどの怒りを抱いていた。それを、そうなるだろうあいつ(俺)の姿を目の?たりにしたってのに、良いのか? 遠坂?
「良いって、なにが?」
「何がって……」
だが、挑むような遠坂の問いかけに、俺は言葉に詰まってしまった。
そう、どうする事も出?ない。それを見たからって、俺たちに何が出?るってわけではない。これは別の世界での出?事だ。更に言えば、今俺たちが居るここさえもその世界の影にしか過ぎない。
?で、でも遠坂!」
なんとも出?ない事はわかっている。だがそれでも胸の?えが取れない、何とかなるんじゃないか、何とかしたい。その思いが胸に溢れる。
「士?の?持ちはわかるわ。でもね」
そんな俺の口を指先で塞ぎ、遠坂は今一度??立てを手に取った。そして俺の口元から指を離し、まず??の中の俺を、そして俺の胸元を指差した。
「こいつはわたしの士?じゃない。わたしの士?はこいつよ」
そして、??の中の“遠坂”を何?か寂しげに指差した。
「それにね、士?。わたしはこいつの“わたし”じゃないの。こいつの“わたし”はここにいるわ」
「遠坂……」
俺は??盾の中の俺と遠坂に視線を落とした。
つんと顎を上げ、見上げているのに見下すような視線で、何?か人の?い笑みを浮かべる遠坂。そしてそんな遠坂を仕方ないとばかりに苦笑しながら見つめる俺。
ああ……そういう事か……
俺は遠坂が何を言いたいのか理解した。??の中の“俺たち”が、一?何?で俺たちと違った運命を選んだかはわからない。だが、それはこの世界の“俺たち”が?み、苦しみ?み取った運命の?だ。
だとすれば、その運命を選ばなかった俺たちに何が出?る、何が言える。これから先どんな運命を?むとしても、それはこの世界の“俺たち”だけが?みえる事なのだ。
俺たちに出?る事は、この世界の事はこの世界を?み取った“俺たち”に任せ、俺たちの世界で精一杯、俺たち自身の運命を?み取っていくことだけだろう。
「判った遠坂。それじゃ、俺たちの世界に?ろう」
俺たちは?って?きあい、もう一度世界を越える準備を始めた。俺たちの世界に向かって旅立つ?に。
―― ?!――
工房に虹色の閃光が溢れた。
「ぶはっ!」
「きゃ!」
「ふう……」
七色の光が晴れた時、そこには四つの影が生まれていた。
「?、ここは?」
「ええと……」
セイバ?の?に、遠坂が何?か疲れた?子で腰をさすりながら?えを返し、工房を見渡す。
――ううむ、主よ。?に見事な混沌ぶりだな。
「ああ、そうだな」
そんな?子を眺めながら。俺はランスのどこか皮肉げに響く?に?えた。確かに、この全く統一性の無い?然さはあの?かしい“俺たちの”遠坂の工房だ。
「わたしの部屋はありました」
――我のケ?ジもあるな。
「食器もちゃんと全員分確認っと、士?そっちは?」
「おう、ちゃんと“外”もある」
とにかく家中を?け回り、片っ端から知人に連絡を取りまくった俺たちは、漸くここが“俺たちの世界”である事を確認し、ふらふらと居間のソファ?へと雪崩れ?んだ。
「?ってきたのね」
「皆、無事で何よりです」
「何度か死に掛けたからなぁ……」
あの後巡った四つの世界は、確かに俺たちの世界と近似の世界ではあったが、それ以前の二つと違って空間軸も時間軸もかなりばらばらな世界だった。木乃伊に追いかけられたり、大聖杯に?み?みかけたりと、かなり波?に飛んだ世界の??。
特に最後の世界など、俺たちは全員が違う世界に飛ばされてしまったらしく、遠坂があの?玉を完成させて全員を纏めてここに引っ張ってくれなければ、一?どうなっていた事か……
「ですが、シロウと?の子供時代は大?可愛らしいかった。二人の子供を抱きあげるのが?しみです」
「そ、そんな事もあったわね……」
「あ、あれはなぁ……」
確か三度目か四度目の世界だ。そこの公園で、俺たちは今にも?みあいの喧?を始めようかと言う、赤毛の男の子と??の女の子を見かけたのだ。
とは言っても?際、直接二人が喧?していたわけでもなさそうだった。こっそり?いて見ていた?況からすると、二人でへこました苛めっ子の?遇でもめていたらしい。言わずもがなだが“俺”が?健派で、“遠坂”が過激派だった。
まぁ結局俺たちが手を出すまでも無く、上手い事落ち着いたようだったが……遠坂、いくら苛めっ子だからって、小?生を逆さ?は酷いぞ……
「なによ、良いじゃない。別に、命まで取ろうってんじゃないんだから。女の子泣かすような奴は、あれでもまだ足りない位よ」
そんなことをこそっと漏らしたら、目の前の遠坂がこんな事を言いながら?みつけてきた。お前、全然?ってないんだな……
まあ、そんなこんなで皆へとへとだった。俺たちは?ってソファ?に深く身を沈め、暫くの間は一時の休息を?しんだ。
「それでは、お茶でも淹れましょう」
とはいえ、何時までもへたってはいられない。まず立ち上がったのはセイバ?だった。
「俺も手?うぞ」
最近とみにセイバ?がお茶を淹れる回?が?えていた。腕の方もめきめき上がってはいたが、そう?度?度セイバ?にお茶汲みさせるわけにはいかない。
「いえ、シロウは?を」
だが、立ち上がりかけた俺はセイバ?にそっと制されてしまった。そのまま苦笑しながら向けられた視線の先で遠坂は……
「…………」
ぐっすりとお休みになられていた。
「全く、?るならちゃんと片付けてから?ろよな」
俺はセイバ?の好意に甘えてお茶汲みを任せ、そんな遠坂の手から、今にも零れ落ちそうな小さな?玉をそっと取り上げた。
きらきらと虹色に輝く準魔法玉(デミ?ゼルレッチ)。
その力で送り出すべき泡沫世界こそ?て消えてしまってはいたが、それでも?この石は俺が作り出した伽藍堂(フェイク)の?石?や、遠坂たちが挑もうとした施術よりも、更に一?魔法に踏み?んだ力を秘めていると言う。
「遠坂は凄いな」
俺は、この小さな?玉を幾重にも包みこみながら、溜息を漏らした。何せ遠坂はこんなとんでもない代物を、偶然と失敗、思い付きとやっつけ仕事の中から?み取って魅せたのだ。
「やっぱり、俺は遠坂に甘いかな?」
?玉を工房に?め、代わりに持ってきたタオルケットを遠坂に掛けながら、俺は?くようにそんな言葉を口にしていた。
「ええ、シロウは?に甘い」
そんな俺に苦笑しながら、セイバ?は入れてきた紅茶を差し出してくれた。
「ですが、シロウは誰にでも甘い」
更に半眼になって、拗ねるような口調で付け加えてくださる。ははは……
だが、何時までも笑ってはいられなかった。
「だからシロウ。私も甘えさせて頂きます」
一瞬だけ決意を?めたように瞼を閉じたセイバ?が、再び開けた瞳には、何?までも?摯な光が湛えられていただから。
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「だからシロウ。私も甘えさせて頂きます」
言ってしまった。口にしてしまった。私はこれからシロウに甘える。これは?とも、ルヴィアゼリッタや?とも違った甘え方だ。もしかしたら、これはシロウを傷つけてしまうかもしれない、裏切ってしまうかもしれない甘え方だ。
だがそれでもこの時、私はシロウに甘える事を我慢できなかった。
「セ……セイバ?なのか?」
あの時。最後の世界に、皆が別?に飛ばされてしまった時。私が飛ばされた先は、薄暗いほんの僅かな光しか差さぬ小さな?の中だった。
「……シロウ?」
そこにシロウが居た。草臥れたつなぎを着て、倫敦のシロウの工房と?らぬほどのガラクタに?まれたシロウが、?然と私を見つめていた。
「セイバ?!」
「っ!」
私はそこでいきなり抱きすくめられてしまった。
避けられなかった。いや、もしかしたら避けたくなかったのかもしれない。?く逞しい腕の中で、私は身動き一つ出?なくなってしまった。一言、そう一言?くので精一杯だった。
「シロウ……その……困る」
「あ。す、すまないセイバ?。いきなりで驚いて……また?えるなんて思ってもいなかったからな」
また?えるなんて? その?えを聞いた途端、私は?の自由を取り?した。同時に心の中で何かが爪?かれた。ああ……
「セイバ??」
私は微かに緩んだシロウの腕をすり?け、一?距離を置いた。それ以上近づく勇?も、それ以上離れる勇?も、この時の私には無かったからだ。
「……元?でしたか? シロウ」
何故そんな言葉を選んだのか、それは判らない。ただこの時はそう聞くのが正しい。それだけは間違いないと確信していた。
「ああ……」
シロウはわたしの言葉に力?く?いてくれた。
「あれからも俺は頑張っている。出?ない事、?かない事はいっぱいあるけれど、俺は、俺が大切だと信じた物を汚したりはしていない。大丈夫だ、セイバ?」
ああ……
これで私は確信した。力?く?摯で、決して枉げられる事など出?ない程?い言葉なのに、そこにはほんの僅かだが空疎な響きが感じられた。
シロウだ、この目の前のシロウは間違いなくシロウだ。けれど、私のシロウではない……
だが、それが判っていても心が?れた。どうしようもないほど?れていた。何故なら同時に、このシロウが“私”を愛してくれているシロウでもあると確信したからだ。
「シロウ……私は……行かなければいけない」
だが。いや、だからこそ私は拒まねばならない。私は“私”ではないのだから。
「そうか、判った。セイバ?有難う」
まっすぐな、透けるほどまっすぐな瞳。泣きたくなるほど嬉しく、泣きたくなるほど誇らしく、泣きたくなるほど悲しい瞳だった。
“私”はこの人をこれほど高めたのか、“私”はこの人にこれほどのものを遺したのか、そして“私”はこの人をこれほどまで……
「シロウ!」
だから私は思わず叫んでしまった。この世界のシロウに私は何を?える事も、何を言う事も出?ない。今、シロウの目の前に居ることさえ幻に過ぎない、夢のような物に過ぎないのだ。何故なら、私は“私”ではないのだから……
だが、それでも?、出?る事は無いのだろうか、何か、何か手立ては無いのだろうか?
「セイバ??」
そんな私の姿に、士?が心配そうな表情で半?前だけ前に出た。
ああ、やはりシロウはシロウだ。私のシロウと同じだ。どんな時も、何があろうと何時だって優しく暖かい……自分の重荷には?づかず、何時だって人の重荷にだけ?を使う……
「……!」
それで?が付いた。そう、やれる事があった。確かに私には何も出?ない、何も言えない。だが、託す事は出?る。
「シロウ、皆は……元?ですか?」
「皆? ああ、皆嫌になる位元?だぞ。遠坂は相?わらず遠坂だし、藤ねえは言わずもがなだ。イリヤだって同じさ、最近は?と一?に俺の世話を?きたがって困る位だ」
ああ……
安堵で膝が挫けそうになる。希望はあった。シロウは一人ではない。彼女たちが傍に居るならば、シロウは決して……
「シロウ、お願いがあります」
「なんだ? セイバ?」
薄暗がりの中から、きらきらと虹色の光が?がる中。私はシロウとの間の半?を詰めた。もう怖くない。
「彼女たちを大切にしてください。そして信じてください」
「セイバ??」
虹色の光に包まれながら、私は士?の?にそっと手を?れた。無理をしないで、自分を大切に、何故なら貴方は……
「とても大切な人だから。?えていてください。貴方は私にとっても、彼女たちにとっても、とても大切な人。貴方は……貴方が思っているよりも……ずっと大事な人なのです……」
「最後にシロウは?いてくれたと思います」
「……セイバ?」
私はシロウに全てを話した。これは甘えだ。何故なら私は今、私のシロウに……
「俺もね、セイバ?に?った」
「え?」
私の驚愕を他所に、シロウはわたしの肩に手を置くと、淡?と“私”との出?いを語り?けた。
霧に包まれた木立での“私”との出?い。“私”が私でないとわかった時の驚愕。“私”がシロウに愛されていたと聞いた時の衝?。そして、“私”がその時?に全てを終えた存在だと知った時の思い……
「だから、俺は“セイバ?”に謝った」
「“私”に? 何故ですか?」
「“俺”はね、“セイバ?”の答えを見つけることが出?たらしいんだ。でも俺はまだ見つけていないから。本?にすまない。セイバ?は“俺”の?にそこまでしてくれたのに……俺はセイバ?にも“セイバ?”にも何にも出?なかった」
そのまま私にまで頭を下げるシロウ。暫く私は??に取られてしまった。確かにその心遣いはとても嬉しい。ですがシロウ、貴方はそちらに頭が行きますか……
「でも何故か知らないけど“セイバ?”は俺に言ってくれた。“有難う、シロウ”って」
本?で判らないのだろう。更にそう付け加えて??に首を傾げるシロウ。私は徐?にこみ上げてくる笑いの?作を堪えながら、シロウを見つめる事しか出?なかった。
ああ、やはりシロウはシロウだ。“私”は?づいたのだ。だから私のためにシロウに?を言ってくれたのだ。なのに、とうのシロウは?づいていない。だめだ……もう我慢できない……
「な! なんだよセイバ?。何でいきなり笑うんだよ!」
「いえ……良いのです。シロウはやっぱりシロウなのですね」
私はむくれるシロウを前に思い切り笑い?げてしまった。ああ、“私”も判ったのだ。シロウはシロウだと。だからこそ?が付いたのだろう、私がシロウに愛されている事を。
だから私はひとしきり笑い終えた後、シロウに向かって最高の笑みを浮かべて言う事が出?た。
「有難う、シロウ」
私を、愛してくれて。
END
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平行世界での、Britain一行のお話でした。
最初、おおさまのけん で書き始め、魔法?係から あかいあくま でいくかと?更しましたが、やはり最後の締めはセイバ?でしたので おうさまのけん として書き上げてみました。
?は若干取りこぼしがあるのですが、どうにも纏め切れませんでした。?念。
또
走る。
ただひたすら走る。
何も見えない暗闇の中を、俺はただひたすら走る。
多分、これは夢なのだろう。
なにせ何も見えないどころか、何も感じないのだ。そんな、何もかもが曖昧な霧に包まれた闇の中を、それでも俺は一心に走っていた。
ただ、目標だけははっきりしている。
何も見えない、何も感じないはずなのに、目蓋だけは進み行く先が眩しいと感じていたからだ。
だからそこがきっと目標。きっとそこが俺の行き着く所。
ああ、もうすぐだ。
見えない視界の全てが眩しさに包まれるていく。
何故か、其?はそんなに良い所ではないだろうという確信はあったが、それでもやはり俺は其?に向かって?け?んで行った。
「――――――」
「……ん? ああ」
と、そこで目が?めた。
やたら眩しい。それはそうだろう。八月の太陽が?っ向から俺の顔を照らしているのだ。よくもまぁ、今まで?ていられたもんだと思う。?かしい?名を告げる車?放送を聞き逃していたら、もう暫く?ていたんじゃないだろうか。……ん? 車?放送?
「やばっ、のんびりしてる場合じゃなかった。遠坂! 起きろ! 着いたぞ!」
そこで漸く?が付いた。俺は大慌てで肩に頭を預けて、心地よげに?息を立てている遠坂を叩き起こした。
「……ふえ……なに? ……きゃ! ちょ、ちょっとぉ!」
「急げ、降りるぞ」
そのまま?ぼけ眼の遠坂を車外に放り出し、俺はキャリ?とボストンバックを?ぎ上げて、微かな空?音と共に閉じようとする自動ドアを滑り?けた。
「ふぅ……」
何とか間に合った。
今、正に冬木の?を走り去ろうとする列車を?目に、俺はやれやれとばかりに荷物を下ろして?っ?な空を見上げた。
「ああ、いい天?だな……」
冷房の?いた車?からみれば、異世界じゃないかと思うほどねっとりと暑い大?。シャツの下では早くも汗が噴き出している。けど、これこそが日本の夏って奴だ。
冬木の街は、倫敦に渡ってから二度目になる俺達の??を、前回と同?にこれでもかというほど照りつける太陽で出迎えてくれていた。
「――っ!」
と、ほっと一息ついたのも束の間。次の瞬間、背筋に走った?寒に俺はすばやく身を?した。
「避けたわね……」
?分とこう言う事になれちまったなぁ。と嫌な感慨を抱きながら振り返ると、そこには不機嫌そうに片足立ちになり、パンプスを履きなおそうとしている遠坂の姿。遠坂、凶器はよせ、凶器は……
「待て、遠坂。?かった。でも、?り越すよりはいいだろ?」
そんな思いが顔に出たのだろう、半眼にした目を更に?めて履きかけのパンプスをもう一度手に取った遠坂に、俺は慌てて?手を前に後退った。
「にしたって、やりかたってのがあるでしょうがぁ!」
いかん、よっぽど?起きが?かったのか目が据わってる。さて、どうやって宥めたもんだろうか……
ぼうれいのおきみやげ
「紫陽花の聖女」 -Karen Hortensia- Fate/In Britain外?-7 前編
Magdalene
結局、?前のパ?ラ?でジャンボサイズのパフェを奢らされる事で折り合いをつけたのだが、奢ると言っても財布の出何?は結局一つだ。
果たしてこんな事に意味があるんだろうかと首を傾げていると、遠坂に女心がわからないと突っ?まれた。
「まったく、士?と付き合いだしてから夏って言うのは碌な事がないわ……」
で、散???された?句、溜息交じりでの締めの言葉がこれだ。
「俺のせいじゃないぞ」
確かにあの聖杯??の後、遠坂と付き合いだしてからの夏は何時も何かしらの?動がつき物になっていた。
去年は例の?の事件だったし、一昨年は一昨年で俺たちの倫敦行きの前後に一?動あった。そして三年前、あの聖杯??直後の夏は……
「そうか、あれからもう三年か……」
遠坂の言葉に誘われて、ここ?年の夏のことを思い出しながら、俺はふとどでかいパフェの器を飾る紫陽花(オルテンシア)の透かし彫りに目を留めた。
「……いやなこと思い出させないでよ」
そんな俺の視線を追って、透かし彫りの意味に?が付いたのか、遠坂は先ほどとはまた違った表情で眉を?める。
「でもあれはそんな大事だったか?」
とはいえ俺にとって、あの事は眉を?めたくなるような出?事ではなかった。まぁ、ちょっと不可思議ではあったが、何?か?かしい思い出でもあった。
「わたしにとっては大事だったの! ……考えてみたら、あいつ引き?んだのも士?じゃない!」
「引き?んだはないだろ? どのみち遠坂と?係なかったわけじゃないんだし」
三年前の夏。確かにあの少女と最初に?わりを持ったのは俺だったが、彼女の役割を考えれば?かれ早かれ遠坂だって?わりになったのは間違いない。
「そりゃそうだけど…… 士?、あんたなんだってあんなのと?わりになったのよ?」
「あんなのって、そこまで言うか? まぁ……偶然と成り行きかな?」
理解は出?るが納得は出?ない。そんな顔で?れる遠坂を前に、俺は苦笑しながら三年前の夏に思いを馳せた。
そう、あれはあの聖杯??から半年ほどたった頃。今日のように夏の太陽が、これでもかとばかりに照りつける日の午後だった。
?時の俺は言わずと知れた高校の三年。世間一般の受?生同?に、俺も進?準備に大童の日?を送っていた。
尤も、一般の高校三年の夏とは些か趣きは異なっていた。第一進?先は日本でさえない。しかも一?最高?府ではあるが一般の大?ではなく、魔術の?院(時計塔)に行くのだ。
よって、受?の?の夏期講座などは?然あるわけもなく、俺は師匠たる遠坂の家に?りっきりで、魔術の基礎やら語?の?鑽やらに勤めていた。
まぁ遠坂とは、この時?にそういう?係になっていたのだから、人によっては羨ましいと思えるだろうが、遠坂さんはまず第一に魔術師であり、第二に極めつけの苛めっ子なのである。
つまり甘い幻想など微塵もなく、俺は朝から晩まで完膚なきまでに叩きのめされる日?を送っていたというわけだ。
「ああ、良い天?だ……」
そんなわけでこの日、久方ぶりに新都に買い物に出かけていた俺は、曰く言いがたい開放感に包まれていた。
喩えその買い物の?容が、?り切りでついに?きた衛宮家、更には遠坂家の生活必需品の買出しであってもその?持ちは?らない。その上、遠坂さんが今日一日、倫敦行きの各種手?きのために家を空けているとなると?更だ。
これで今日はのんびり出?ると、俺はらしくもなく浮ついた?持ちで買い物?りの道を、深山町まで散?がてらに?いて?ろうとしていた。
と、その時だ。
「…………へっ?」
いきなり何の前?れもなく俺の鼻先、三十センチと離れていない場所に、?い小柄な人影が降って湧いてきたのだ。
それまでの無警戒が?ってか、?を突かれた俺はその人影を前に完全に固まってしまった。
「…………」
俺の狼狽を他所に、降って湧いた姿勢のまま微動だにしない人影。よくよく見れば、それは何?か不思議な雰??を持った少女だった。
色素の薄い肌、銀の?に肌同?色素の薄い琥珀――いや金色――の瞳。?いベレ?と丈の長い?服は何?かの制服だろうか?
「――なに?」
と、固まったまま、まじまじと不?なまでにその少女を見据え?けているだけだった俺に、少女は冷やかな一?を放つと、小首を傾げその金色の瞳でじっと見返してきた。
機械のように冷やかで透徹で、何もかも見透かしているような瞳……
「な、なにって! ……君、一?何者だよ。っていうか一?何?から湧いて出た?」
?瞬、言葉もなくその瞳に釘付けにされていた俺だったが、その言葉で漸く我に返るやいなや、慌てて身を引きながらこれまた不?な言葉で叫んでしまった。
何故かその瞳に見据えられていると、心?の?まで見透かされてしまうような……そんな不安感が募ってきて、どうにも??されてしまったせいだ。
「沸いて出たとは?分なお言葉ですね。私は道を尋ねようと思って、?をかけただけなのですが?」
そんな俺の不?な言葉に、一瞬だけ眉根を寄せた少女だったが、?座に元の冷徹な表情に?ると、視線を?く車道側に振って見せた。
「あ、ああ……」
そこには、どこぞの軍用車かって程でかくてごつい一台のトラックが止まっていた。
よくよく見ると、助手席のドアが開いている。成程、つまり……
「本?に降って湧いたんだな……」
思わず感心してしまった。二階とは言えないまでも俺の視線の高さだ。如何に?を?いてたって言っても、目にも止まらなかった。殆どノ?モ?ションで俺の前に飛び降りてきたわけか。
「納得して頂いたようなので本題に入ります。この街に??があるはずなのですが、どちらにあるのかご存知ではありませんか?」
そんな俺の感心に何?か憮然としながらも、少女は淡?と用件を切り出してきた。
成程、?服は修道院の法衣かなにかか、つまりこの娘はシスタ?ってわけだ。
「??? 知ってる事は知っているけど……」
そんな納得をしながらも、俺の返事は何?か言葉尻を濁した物になってしまっていた。
新都の??。それはつまり言峰??。
そこに?して俺は柵が多すぎた。
俺が十年前のあの地獄を?け出した場所。俺が“衛宮士?”に生まれ?わった場所。そしてあの“言峰”が本?にしていた場所……
今でこそ主は代わって居るが、それでも俺にとって行き辛い場所である事にはかわりはない。
「では案?していただけますね」
そんな俺の葛藤を余所に、少女はそれは良かったとばかりに?くと、?み掛けるようににっこりと微笑んで見せた。
「うっ…… わ、わかった。案?する」
正直?り?ではなかったのに、何故かその笑みに??され、俺は上擦った?で承諾してしまった。
何の邪?もない?げでさえある微笑。
だってのに……そこにはどうしても逆らえないような。そんな?迫感があったのだ。
そう、例えて言えば。
――衛宮士?が困っている人を、たかが自分の?持ちの問題程度の事で放って置く、そんなことを言うはずありませんね?
言外にそういわれたような、そんな?持ちにさせられる笑みだったのだ。
というわけで俺は、恐らくシスタ?か何かであろうこの少女を連れて、??へ向かうことになった。
「…………」
だが妙な違和感がある。
道案?のはずなのに、少女は俺と?んで?いているのだ。いや、ちょっと待てよ? 何で?いてるんだ? さっきまでこの娘が?っていたトラックは? あれに?っていくんじゃなかったのか?
「車なら先に??に向かわせました」
そんな疑問が表情に出たのだろう。少女は相?わらずの冷?な?音で?えてくれた。
成程、そういうわけか……って、待て待て!
「それじゃあ君は!」
「はい、??の場所は知っています。?に丁度いい機?だったので、貴方と話をしようと思って呼び止めただけです」
しれっと犯行を自供する犯人。
「お! お前は!」
「――カレン」
余りの事に怒鳴りつけかけた俺の耳に、何?か上質な音?を思わせる音色が響いた。
「え?」
「カレン?オルテンシア。私の名前です」
?びれもせず名?る少女に、俺は毒?を?かれてしまった。
「あっ……と俺の名前は」
「知っています。衛宮士?。この街に住まう非公認の魔術師で、聖杯??の生存者。貴方の事は、こちらに?る前に調べました」
「俺を、調べた?……」
散??弄されながらも、未だ弛緩していた俺の精神が、いきなり冷水をかぶせられたように緊張した。
「どういうことだ? 俺と君は初見だろう。何でそんなことをするんだ?」
今のカレンと言う少女の言葉。それは、どう考えても彼女がただのシスタ?でないことを示している。俺は僅かに距離をとり、警戒心を露にした。
「初見だからこそ事前に調査するのですが? 衛宮士?、貴方は自分というものを正確に把握していません。今の言いようでは自分が無害な人間だと主張しているように聞こえます」
が、カレンはそんな俺を何?吹く風とばかりに、却ってじろりと?みつけてくる。
なんか??される。かなり失?なことを言われてるような?がするのに、それでも?ごめんなさいと謝りたくなる。
「え……いや……その……」
無害とは?言できないけど、有害ってほどじゃないと……
「……だからこそ、呼び止めたのです。貴方には??が必要です」
と、一瞬言いよどんだ俺に、カレンは僅かに見下すような視線で言い放った。
「ろ、???」
「道??明します。とにかくまず??に向かいます。良いですね」
「あ……はい」
結局、俺はカレンに??されたまま、なし崩しに??に先導されることになってしまった。
あれ? ??に案?するのは俺の方じゃなかったのか?……
「じゃあディ?ロ司?さんは?られるんだ」
「元?こちらの??は、司?級の聖職者が赴く所ではありません。司??の仕事はあの??の後始末。それが終われば後任に引き?いで?られるのは?然です」
??への道行で、俺はカレンがこの街に赴いた理由の?明を受けた。
あの聖杯??の後始末を請け負ったディ?ロ司?の後を受けて、冬木??に赴いた後任代理。それが、この硝子細工のように響く名を持った少女の役割なのだそうだ。
「じゃあ君も代行者って奴なのか?」
「いいえ、私は代行者ではありません。あくまで表向きの??についての後任。その代理です」
しかも期限付きだと言葉を重ねる。
「前任者は優れた代行者だったそうですが、私には異端を?罪する?限も、?力もない。私は??の命を受け、この町の調査をしに?ただけの見習いです」
成程、見習いか。
それで納得した。確かのカレンには人を威?する、なんとも言いようがない迫力はあるが、それでも?ると折れそうなほど華奢な少女だ。現に今も怪我でもしているのだろう、法衣の影から白い包?が?けるし消毒臭じみた香りも漂ってくる。
こんな娘が、??の??部隊。異端を一方的に排除する殺し屋だなんて思えない。ましてや、言峰と同類なんて思いたくもない。第一そんなことあっては……っ!
「衛宮士?。貴方はやはり傲慢で不遜です」
と、そんなことを思い?いていると、いきなりカレンは俺の??まで踏み?んで?るや否や、頭を?手で?んで自分の方へ?し曲げてきた。
「私は貴方に見下される謂れも、哀れまれる謂れもありません。確かに私は一介の修道女ですが、適任でもあるからこそ派遣されたのです。私に?えられた勤めは、第五次聖杯??において消失したとされる聖杯の有無を、身?を以て確認する事。ただ祈る事だけでなしうる仕事ではありません」
「すまん、?かった。その……君が自分の仕事に誇りを持ってる事はわかったから、手を離してくれ」
「……それでも納得はしていないという目ですね。全く、だから傲慢だというのです」
そのまま、??の?力行使だとヘッドパットでも炸裂しかねないほどの視線で?みつけながらも、カレンは何?か諦めたように俺の頭を解放してくれた。
「……すまん」
「改悛の余地がない謝罪は不要です」
そんなわけで、もう一つ謝ったがにべもない。
確かにカレンの言うとおりだ。枉げる事は出?ないしその?もない以上、これ以上の謝罪は正に傲慢だろう。
そんなこんなで、俺たちの二人の間にはなんとも?まずい雰??が漂ってしまったのだが、それでも俺はあえて言葉を?けた。カレンの言葉にどうしても?に掛かることがあったからだ。
「それにしても聖杯の調査たって、あれはもう終わったことだろ?」
「衛宮士?。貴方のもう一つの罪は、不遜だと言いませんでしたか?」
案の定、カレンにもう一?みされてしまった。ここから先は??の事情、一介の非公認魔術師風情が聞いて良いことでは無いというわけだ。
だが、いくら不遜で傲慢といわれても、事が聖杯である以上簡?に引き下がる事は出?ない。
俺は、カレンの不思議な迫力がある瞳に?っ向から視線をぶつけた。
「……良いでしょう、貴方も無?係ではない。ただ貴方が思っているほど大事では無いと思います」
しぶしぶ話してくれたカレンの言葉によると、??が?んでいるのは明確な聖杯の波動とは若干違う物であるということだ。
聖杯という??そのものは先の聖杯??で?たれた。何せ、その聖杯の??というのが一人の少女の心?だったのだ。
それが引き?かれ、別人に移し植えられた上に暴走させられ、更にセイバ?の聖?(エクスカリバ?)で叩き?されたのだ。
俺の胸にちくりと刺さる思い出と共に、あの聖杯は失われた。それは確?であるという。
「じゃ、何を調査するんだ?」
「聖杯の本?が、??であるという話は聞いていますね?」
「ああ、それは知っている」
「降ろされるべき寄り代を失い。聖杯はもはや降臨する事はない。ですが、聖杯の本?そのものが完全に消えたというわけではないらしいのです」
俺たち現世の人間が?れる事の出?ない何?かで、今?聖杯の本?と?されるべきものが脈動しているらしい。??が?んだ波動とはそういうものだという。
「現?のままでは、現世に?がりを持たない聖杯の波動など問題ではない。本?はそうなのですが……」
本??がらぬはずのその聖杯と俺たちの世界とで、極?短時間ながらか細いリンクのような物が?測された。カレンが派遣されたのは、それの確認と調査のためだという。
「しかし、そんなもの君で判るのか?」
?然の疑問だ。そんな雲か霞みたいなもの、言っては?いが見習いに何とかなるものなのか?
「衛宮士?。貴方は?魔憑きという言葉を知っていますか?」
またぞろ傲慢だ不遜だといわれると?悟していたのだが、カレンの口から出たのは意外な言葉だった。
「?魔憑き?」
知ってはいる。
人に人以外の“何か”が取り憑き、人の?面から崩?させる呪いの一つ。日本で言えば狐憑きの類だ。
色?な種類があるが、西洋では一般に?魔憑きと?される。
ある日突然善良な人の?面に?くい、物理的な暴力でなく醜?な感情を生のまま引き摺りだすことで、理性の皮一枚下では良識というものが如何に?善に?ちているか、如何に脆い物かを露骨に表わし、人の世の常識を、“普通の世界”を脅かし?けると言う代物だ。
それだけでもかなり厄介な存在なのだが、事はそれで終わらない。最後には、精神面だけでなく肉?面までも?異してしまう。
取り憑いた“もの”が、憑かれた人の身?で己の姿を表現しようとするのだ。
尤もこれは完成される事はまずない。西洋の?魔は?じてエキセントリックだ。到底、人の?の?化程度で追?できない。?然のようにその途中で命を落としてしまうためだ。
「まさか……」
だが時には、その?化に最後まで追?できてしまう者もいる。
魔術師が、その秘術の果てに吸血鬼に?容するように、食われながら逆に食らい憑き、咀嚼し消化し、その果てに異形として生き延びる異端も存在するという。
「それは誤解です。私自身が?魔憑きではありませんし、?魔憑きになる事もありえません」
?魔は健全で??な身?にしか宿らない。自分は?魔?師の助手であるとカレンは言った。
「? それは判ったけど、じゃあなんで?魔憑きが出てくるんだ?」
「端的に言えば、私には?魔憑きが移るのです」
?魔憑き。それは言ってみれば人に?魔という毒が宿る病?だという。尤も、病?とは言っても本?感染性はない。
だが、?感の?い人間が?の存在を感じ取れるように、魔に近づいただけで?障を引き起こしてしまう人間もいる。それが自分だと、カレンは言う。
「師は被虐?媒?質と言っていました」
更にさらりと、恐ろしいことをなんでもない事の?に言ってのける。
「…………」
そこまで聞いて、カレンがなんで?魔?師の“助手”なのか合点がいった。
?魔憑きで最も厄介な存在は、育ちきるまで憑いた人の中で?れている奴。つまり?現した時は?に手?れって奴だ。だから、?現する前に、?れた?魔を見つけなければならない……
視界が?まり胸糞が?くなる。
例え倣岸と言われようと不遜と言われようと、この感情を殺す?はない。
誰も?づかぬうちに、?魔に?づき?障をおこして血を流す。要するにカレンは?山のカナリヤ(生きた探知機)だというわけなのだ。
「?にする事はありません、これはいわば私の天職です」
だがカレンは、ただ淡?とそんな運命を受け入れるようにそう言うだけだった。
「だからって!」
だから俺は思わず激?した。そんなこと……人を道具みたいに扱うことを、苦しみ血を流すことを天職だなんていうことを、?って見ているわけにはいかない。
「困った人ね……」
更に言い募ろうとする俺に、カレンは何?か?れた視線で向き直ると、?摯で、それでいて突き放すような口調で言い切った。
「人のために?くし、人のために血を流す。それをどうして貴方が憤るの?」
「――っ!」
いきなり言葉が出なくなってしまった。優しいまでの?音なのに、凍った針を急所に突き立てるような?く冷たい言葉。
それは衛宮士?の生き方。自分の生き方を人がしているのを見て、何故憤る? それは自分の生き方が間違っていると言う事ではないのか?
カレンは、そう言ってのけたのだ。
「話を?しましょう。私がどうやって?された聖杯を探るかでしたね?」
打ち拉がれ、それでも必死で堪える俺を冷ややかに見据えながら、カレンの話を?いた。
「聖杯の本?を?魔に見立てるわけです。あれが碌な物でない事はご承知でしょう」
冬木の街が聖杯と言う?魔に憑かれているという?定の元、カレンというカナリアを放ち、聖杯と言う?魔を燻りだそうと言う事らしい。
「つまり、君ならもしここに聖杯が?されているなら判るって言うことか……」
「私以外には出?ないことです。聖杯と言う?魔が、もしこの地に何らかの形で?わっているならば、私には感じ取れます」
そしてもしその?わりがない、或いは大過ないならばカレンには感知できないだろう。
だから期間限定なのだという。長くて一月、それまでに何もないならば、??は聖杯は消失したと判?すると言うことだ。
「判った。短い間だが、その間に俺に出?ることなら何でも協力する」
となればだ、俺がやる事は一つだ。その間、このどこか尊大ながらも硝子細工のように華奢な少女に助力する。衛宮士?にとって、それ以外の選?肢はありえない。
「衛宮士?ならそう言ってくれると思っていました」
それにカレンは、初めてと言っていいくらい優しい笑みで?えてくれた。
ただ……その……
今この瞬間、背筋に走った?寒は何だったんだろう? 確かに優しい笑みなんだが、その直前垣間見たように思えた、何?かここの前任者を思わせる形に歪んだ唇は何だったんだろう?
それは??についた直後に判明した。
「ではまず、ここからはじめてもらいます」
??の講堂に立ち、晴れがましいまでの笑みを浮かべるカレンを前に、俺は今日何度目かの?然自失を??していた。
カレンから最初に言い付かった助力は、なんと引越しの手?いだったのだ。
いや、それはいい。
カレン自身の私物は、さすが修道女で極?少ない。問題は……
「…………」
??の講堂?しと?べ立てられた無?の?鍮のパイプや磨かれた木製部品、そして機械部品の??だ。
「……ぱいぷおるがん?」
「良くわかりましたね。ひとつ好感を持ちました、衛宮士?」
そう、それは??と言いう建造物にはつき物の?器。パイプオルガンの部品であった。
とはいえ、それはよほどの大??の話。以前ここに置いてあったのは、確かエレクト?ンだったはず……
「ちょ、ちょっとまて! これをどうしろと?」
「組み立てられませんか? 調べた情報によれば、こういった??は得意だとありましたが?」
「冗談じゃ……っ!」
こんなでかぶつ、出?るわけない。そう?けようとした刹那、カレンは何?か見下すような、それでいて?しそうな笑みを浮かべたまま、俺の言葉を遮るように言いやがった。
「ああ、無理ですか。そうですね、これは精緻にして正規の?器。そこいらのガラクタとはわけが違います」
「…………」
ちくしょう……
ガラクタはなぁ、ガラクタでいいとこいっぱいあるんだぞ……
「まぁ見て判るのと、組み上げるのとはまた別物。別に?にする事はありません、衛宮士?」
更に、何?かで見たような薄ら笑いを浮かべながらカレンの言葉は?く。
こうまで言われて、そのとおり出?ませんなんて、俺が今まで積み上げてきたガラクタ達の誇りにかけても言える?がない。
俺は、如何にも出?るわけが無いという視線と、所詮、衛宮士?などはその程度だと言う嘲りの?った微笑みを前に、必死でパイプオルガンの部品を解析して行った。
「……やってやる。ただし時間はかかるぞ」
結果は何とかぎりぎり、?くか?かないかの境界線。?かないなら、どんなに嘲られ見下されても仕方がないが、こうなっては後には引けない。俺は搾り出すように承諾の?を上げた。
「それでは、せめて私が聖杯の有無を判定するまでには完成させてください」
こうして心ならずも俺は暫くの間、??通いを?ける事になってしまったのだった。
「何?が偶然と成り行きよ! それってあからさまに狙ってるじゃない」
と、ここまでつらつらとそんな思い出を話していたら、遠坂が憮然とした表情で突っ?んできた。
「そ、そうかな?」
「そうかなじゃないわよ。なんかあの頃、士?が妙に??に行ってると思ったら、そういうわけね……」
「そういうわけって…… 言ってなかったっけ?」
「聞いてない! 第一あの女、わたしにはそんなこと一言も言ってなかったの! くそっ、只者じゃないとは判ってたけど……ああもう! 苦手だからって避けてたのがミスね」
「へぇ、遠坂もカレンのこと苦手だったんだ」
「……まあね、あいつってなんていうか、その……こう、心の隙を突いてくるっていうか、そう言うとこあるじゃない。そういうやつって苦手って言うか、嫌いって言うか……」
漸く綺?と?が切れたって言うのに、と遠坂さんは口を尖らせて半眼で俺を?めつけて?る。
「まぁ、確かにそう言うところはあると思うけど。あの娘の育ち考えたら、それでもまっすぐ育ってる方だと思うぞ」
?む相手がちょっと違うぞとは思ったものの、多少は事情を知っている俺としては、カレンの弁護をする事にした。
「そんなこと?係ないわよ!」
途端、パフェの器を引っくり返さんばかりにテ?ブルを叩いて突っ?んでくる遠坂さん。良かったな食い終わった後で。
「っていうか、士?。あんたどうしてあいつの身の上話まで知ってるのよ……」
「いや。まぁ、なんというか……偶然と成り行きかな?」
更に?い顔を益??くさせ、邪眼のレベルにまで高めた視線を突きつけてくる遠坂に、俺はパフェの器を立て直しながら再び記憶を反芻した。
あれはカレンと出?ってから暫くたった後、俺が大橋の袂にある臨海公園で?日振りの安寧を?しんでいた時の事だった。
?のところあれ以?、ただでさえ忙しかった俺の生活は、??でのパイプオルガン作成が加わったため、寸時も休まる暇のない苛斂誅求の日?と化していた。
肉?の疲?もさることながら、なにせ相手はあの遠坂さんとカレンさんなのだ。最早、俺の精神はいっぱいいっぱいを通り越し、引っくり返って更に表返る所まで?ていた。
それがこの日、遠坂はやはり倫敦行きの手配のために留守。更にカレンも“仕事”の外出中と言う事で、ぽっかりとまるで台風の目のような自由時間が降って湧いていたのだ。
そんなわけで、俺はこれ幸いと弁?片手に臨海公園で、お日?相手に安逸な日常と言う最高の贅?を味わっていたところだった。
「ああ、いい天?だ……」
?夏のお日?はこれでもかとばかりに照りつけてくるが、そんなもの遠坂のこんな事も出?ないのかって目や、カレンのどうなるか判らないけれどせいぜい頑張る事ですねって視線に比べれば、春風のように心地よかった。
「…………」
と、弁?を?げようとしたところで突然不安になった。
――衛宮士?に、こんな幸福は勿?無い――
何?かでそんな?が響いたような?がしたのだ。しかも、うら若い女性の癖に何?か嗜虐心に富んだ赤い人や、敬虔な癖に絶?腹に何か一物持ってるだろうって笑みを浮かべるような銀の人の?でだ。
俺は慌てて左右を見渡した。良し、異常なし。赤い服も、?い法衣も見?たらない。
用心のために上や下も見る。?然、後ろも振り返り確りと確認する。
「?のせいか……」
何?にも異常はなかった。俺はほっとして正面を向いた、その時だ。
「?分と?動不審な事をするのですね、衛宮士?」
……正面にいた。
何時の間にか俺の?正面に、夏だと言うのに長袖の?い法衣を纏ったカレンが、何か?質者でも見るような視線で俺を見下していた。
「私の顔に何か? 普通に話しかけろといわれたので、ごく普通に話しかけたつもりなのですが?」
げんなりとその顔を見据えていた俺に、カレンは文句があったら言ってみろといわんばかりの口調で言葉を?ける。
「いきなり現れて、どこが普通だよ……」
ってそれよりだ。
「言われたって、誰にさ? 俺がそんなこと言ったっけ?」
「あ……いえ、そういえば誰にでしょうか」
途端、カレンは一瞬狐にでもつままれたような表情になり、?いてそれまでの倣岸さが?のように、視線を不安げにさ迷わせ出した。
「俺に聞くなよ」
「申し?ありません、確か……私の得意な方法で?をかけ(釣上げ)た人に、次からは普通にしろと言われたような…… おかしな話ですね。確かに、貴方(衛宮士?)とはそんな出?いはしていなかった」
「確りしろよ、見習いでも余人には?似の出?ない(オンリ??ワン の)見習いなんだろ?」
「その点に?しては問題ありません」
が、そんなお?ごかしを言った途端、カレンは元の何?かで見た事のあるような冷ややかで見透かすような視線に?ると、何?か?しそうに口元を綻ばせた。
「見張りがいなくなるや否や、?を緩ませて彷徨い出す人と違って、私はきちんと仕事を進めています」
……痛い所を突いてくる。別に俺は……?みません、?を緩ませて彷徨ってました。
「で、何の用だ? オルガンのことなら??には行ったぞ。でも、留守だったのはそっちだろ」
思わず謝りそうになった俺だったが、考えてみれば謝る謂れなんかこれっぽっちもなかった。俺は下がりかけた頭を逆に反らし、挑むような視線でカレンに食い下がった。
「別に用件と言う程の事はありません。オルガンにしても留守中まで??に勤しめとは申しません。本?ならば見かけても通り過ぎるべきだったのですが……」
そんな俺の視線を一向に?にした素振りさえ見せず、はなはだ失?なまでの物言いでそこまで?えたカレンだったが、ここでほんの少しだけ恥ずかしげな視線になると小?でぽつりと付け加えた。
「貴方が幸福そうだったので、つい……」
「へ?」
一瞬、何か不?な物が背筋を走った。
このことに?れてはいけない。藪を突いて蛇を出すようなことをしてはいけない。
そう、いけないいけないとは思いつつ、それでも俺は何か引き?まれるように聞き返してしまった。
「その……つい、なんなんだ?」
「……嗜虐心が刺激されてしまいました……」
カレンは恥ずかしげな?でそう告げると、後は開き直ったかのように一?に言い切った。
「さしたる理由も無く目に見えて幸福そうでしたので、現?を知らせてあげたくなったのです。人生とは?な物ではなく、常に苦しみ悶え自虐に押しつぶされるもの。その見せ掛けの幸福は、私の一息でたやすく消し去ってしまえる物だ、と」
「ええと……その……」
俺ってそこまで君に嫌われてたの?
「別に貴方が嫌いだとか、憎いとか言うわけではありません」
思わず頭を抱えそうになった俺に、カレンは取って付けた?に言葉?けた。
「ただ私は幸福そうな人を見ると、その皮を?いで見たくなるのです。……以前から兆候はあったのですが、この街に?てから本格化したような。……もしかすると、これが私の趣味なのでしょうか?」
そして最後には、困ったような顔で俺に尋ねさえしてくる。
いや、そんなこと聞かれても俺の方が困る。ただ、これだけは言える。それは……
「……最?だな」
「私も同感です。いったい誰に似たのやら」
俺のげんなりしたような言葉に、同じくげんなりした表情で、手を組んで祈るように?くカレン。
一瞬、妙な親近感が湧いた。まるで同じ敵を持った同盟者だと言うか、敵の敵は味方だというか、そんなちょっと複?な親近感だ。
「まぁ、それはもう良い。それより?飯まだだろ? こんなとこで?ったのも何かの?だ、一?に食わないか?」
そんな親近感のせいでもないだろうが、俺は?持ちを改めて弁?を取り出すと、カレンを?食に誘うことにした。
「わ、私とですか?」
「他にはいないだろ?」
驚くカレンを余所に、俺は三段重ねのお重を公園の芝生の上に?げて行った。どのみち調子に?って作りすぎたんだ、一人で食うには多すぎる。
「ですが、その……」
だが、カレンは珍しく?然と突っ立ったまま、何?か煮え切らない表情でぼそぼそと?いているだけだ。
「別に、これで?柔しようってわけでもないぞ?」
「そういう心配はしていません。これが?なら毒でも盛られている危?がありますが、衛宮士?に?してその心配もしていません」
えらい言われようである。いくらなんでも遠坂がそんなことを……まぁ、しないとは?言できないが、ともかくそういう?ではないらしい。
「あ、もしかして宗?上の理由で食えない物があるのか? それとも粗食に勤しむべきって戒律があるとか」
「いいえ、そういった制限はありません、ですが……」
どうにも理由がわからない。?も言葉を濁らすカレンに、はっきり言ってくれなきゃ判らないと首を傾げながら視線を送ると、とうとうカレンは?念したように溜息を付くと口を開いた。
「結構なご馳走のようなのですが、私が食べても恐らく味がわからないと思います」
「へ?」
「……衛宮士?に、婉曲な表現は通じないと思いますのではっきり言います。甘いか辛いかどちらかはっきりした味以外、私には判別できないのです」
「じゃ、例えば?前のクルック?番館の百倍カレ?とか、江?前屋のスペシャル三色大判?とかじゃ無いとダメって事か?」
「そのどちらも食べましたが、少しばかり薄味でした。?いてこの街で口にあったものと言えば、商店街にある泰山と言う中華料理店の麻婆豆腐か、フル?ルと言う洋菓子店の砂糖漬けトリプルベリ?クレ?プくらいでしょうか」
うわぁ、?魔でさえ一?で昇天するという灼熱の溶岩と、天使さえ一口で悶絶死すると言う極甘の果?。激辛と激甘、冬木における魔界の極?と天上の地獄と?される二品だ。
もうこれは偏食とか、偏った嗜好とか、そういった問題を通り越している。
「……最?だな」
そう、それは人外魔境。最早人間の食いもんじゃない。
「衛宮士?。それはどういう意味でしょうか」
だが素直な感想に、今度は共感を得られなかったようだ。カレンは、思い切りむっとした表情で?みつけてきた。
尤も、それは今までの冷徹で何?か人を嘲笑したような表情とは違い、?相?の少女が拗ねたような顔だった。
成程、人が一番素直な感情を?すのは、趣味と嗜好についてだとは良く言ったもんだ。
「?かった。流石に俺もそいつには付き合えない。今日はあれで勘弁してくれ」
だから俺は素直に頭を下げ、公園の外れで店を?げる移動式のジェラ?ドショップを指し示した。
「え? その……奢っていただけるのですか?」
「まあな、?を?くしたようだし。それに飯を誘ったのは俺だろ?」
誘った以上最後まで完遂したい。意地と言うより、これは俺の趣味みたいなもんだ。
「判りました。それではご馳走になりましょう」
その?持ちが通じたのだろう。これまた?相?の微笑を浮かべると、カレンは快く承諾してくれた。
「よし、じゃあちょっと待っててくれ」
こうして俺たちは、方や三段重ねのお重、方や四段重ねのイタリアンジェラ?ドと言う、一風代わった?わった?食を取る事になったのだった。
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お久しぶりでございます。
Britain 再?第一?はhollow絡みの外?。かの聖女?の登場と相成りました。
彼女と同じ立ち居地の人物に?するSSは一度書いてはいたのですが、これはまぁ、所謂“??史”になってしまいましたので、リメイクの意味も?めて書いてみました。
“あの”物語と違う世界の同じ時間軸で、あの聖女?にどのような出?事があったのか? Britain流に料理したお話です。
「本?に、普通の食事はダメなんだな……」
試しに食べてみた俺の弁?にはまるっきり無表情である一方、四段重ねで砂糖を塗した?なイタリアンジェラ?ドには幸せそうに口元を綻ばすカレンに、俺は思わず?いてしまった。
「ですからダメという?ではありません。味がわからないだけです……」
それにカレンは、さも不本意そうに?えを返す。
「こう言うこと聞くのもなんだけど、?質かなにかなのか?」
「いいえ。まぁ、今までの生活のつけと言ったところでしょう」
「あ、ああ……」
ちょっと拙い話題だった。
カレンの仕事は?魔?いの助手、しかも?障を身に受ける“?山のカナリヤ”役なのだ。今も見え?れする包?や、かすかな消毒臭からも察せられるように、生半可な苦行ではない。
「前にも言いましたが?にしないように。??から修道院をたらい回しにされて得た天職ですから」
だってのにカレンは、何?か自慢げなまでにとんでもない言葉で自分の生い立ちを評して見せた。
「なんだよ、それ……」
「なんだとは……簡潔にして??。中?言いえて妙だと、私は?に入っているのですが?」
更に、余りの事に眉を?めた俺に、カレンはまるで俺がそう評してくれたとでも言いたげな視線で口を尖らせる。
「すまん、でも、それじゃ何がなんだかわからないぞ?」
「仕方ありません、さして面白い話でもないのですが、もう一度お話しましょう」
全く心?たりはなかったものの、何故かこっちの方が?いような?がして思わず謝ってしまった俺に、カレンは溜息混じりに「??から修道院をたらい回しにされて、そこで天職を得た」話をしてくれた。
ぼうれいのおきみやげ
「紫陽花の聖女」 -Karen Hortensia- Fate/In Britain外?-7 後編
Magdalene
それは、なんとも?が滅入るような話だった。
父も定かでない彼女を生み、あまつさえ信徒にあるまじき罪である自殺を遂げた母。
そんな母子に、全く何の感慨も持たず顔を見せることさえなく消えうせてしまった父。
神への愛以外何物も知らず、彼女に洗?さえ施さずただの厄介な?として育てた神父。
そして彼女に余人にはない聖痕を認めるや否や、純?な道具として修道院と言う牢獄に?ぎとめた??。
そこには彼女の、カレン?オルテンシアと言う少女の自我を、人としての存在を認めるものは一切なかった。
カレンはそんな話を淡?と語った。
自分を生み捨てにした父母を恨む事もなく、祈る以外何も?えてくれなかった神父を憎む事もなく、自分を便利な道具として扱うだけだった修道院を厭うことなく、それらの全てを別に辛いと思う事もなく。
?がりではない。?際それを語る表情を見ればわかる。
?に思い出と言う本の頁を捲り、音?する。カレンの表情からは、それ以上の意味は一切汲み取れなかった。
「そして私は、その聖痕(さいのう)を生かす道。?魔?いの助手として?く事になりました」
そして、この仕事もまた地獄だった。
魔を?う道具として彼女が付き?った師は、中でもとりわけの最前線(アヴァンギャルド)を受け持つ司祭であった。
故にその行く先には、紛い物や比較的?い段階の?魔憑きなどはなく、常に?性と呼ばれる最?の?魔の所業だけが待っていた。
最早そこは、憑依者だけで無く周?の人さえも?異した人外の地。
無論、肉?の?異ではない、そんなものが始まれば、?に終わっている。
そこは、人が人の形のまま人以外の何かに?っていく世界、人の精神が醜?な何かに取って代わられた世界、肉で無く魂を腐らせる世界だった。
そんな世界で、常人ならば一月と持たない異常な?場で、彼女は?い?いた。
しかも淡?と、異常と超常の修羅場をまるで日常の??のように。
「…………」
だが、聞いている方は堪ったものではない。何?か?れているんじゃないかと心配になってくるほど、淡?と?絶な話を物語るカレンに代わって、俺の腸が煮えくり返ってくる。
人は、そんな生き方をしちゃいけない……どんな人でも、人は人として生き、人として逝かねばならない……
「誤解のないように言っておきますが、別に?制されたわけではありません。これは私自身で選んだ道です」
そんな俺にカレンは、どうして貴方はそんなにも傲慢で不遜なのでしょうねと、諦めたような口調で語りかけてきた。
「なんでさ!?」
「同じだから」
「え?」
「私にとっては?も外も同じ事。ならば有意義な生き方をすべきでしょう」
?もつのる俺に、カレンは先ほどと同じ淡?と祈るように口調で言葉を?ける。
彼女の聖痕は、人の心に差した魔に反?する。心に魔の差さぬ人間など聖人に他ならない。
つまり、彼女にとってごく普通の“日常”も、?魔?いの“異常”も、結局“同じ”というわけだ。
「自分がハンデを背負っている事は承知しています。ですが、こうして生まれついた以上、その定めの中で生き?こうと思います。恨んだところでなにも始まりません」
「でも……その治すとか、?質改善するとか……」
「治療法は?見されていませんし、治そうと言う希望もありません。自分は不幸であると嘆けるだけで十分です。それに」
カレンはここで、あの冷笑的で人を見下した物とも、?相?の少女の物とも違う笑みを浮かべた。そう、例えるなら、それは慈母の笑みだ。
「私は確かに傷を負いますが、それは私の傷で無く誰かのもの。憐れみこそすれ恨む謂れはありません」
故に天職。
ああ、確かにそうだ。
カレンはわかっている。
この生き方が何?か歪んでいることを、自分に何?か欠けた所があることを。
けどこの生き方の末、誰かが助かるなら、誰かが救われるなら、それは決して間違ったことではない。
煮えたぎっていた腸がすっと冷えてくる、代わりに頭をぎりぎり締め付けるような頭痛が襲ってくる。
「失念していました。衛宮士?、貴方は我慢のできない人でしたね」
そんな俺に、カレンは慈母の笑みを崩さぬまま?摯で、それでいて何?か?倒される表情で向き直ってきた。
「何故そんなに他人のことばかりで嘆くの? 憤るの? 確かに私の?んできた道は安逸ではありませんでした。結果、ご存知のように些か味?の嗜好が偏ってしまうような事もありました。ですが、それでも私には美味しいと感じる物がある、?しいと感じる事がある、ちょっとした我?を通した事もある、自分の欲望が皆無と言うわけではありません」
そのまま、まるで諭すように自分はそんな生き方を、生きてきた道を決して疎んじてはいないと、限られた選?肢の中、精一杯自分らしく生きてきたと言う。
「――ですが、衛宮士?」
そして……
「貴方はどうして生きることを?しめないの?」
言葉の刃を突きつけて?た。
「貴方には自分に返る欲望がない。だから嬉しい事はあっても?しい事はない。常に自分の心が叫んでいる。“そんな幸せは衛宮士?にはふさわしくない”」
「そ、それは……」
「例え他人の?で聞こえても、それは貴方自身の?。貴方自身の思いを映した鏡に過ぎない。だって、本?のその人たちは決してそんなこと言わないもの」
カレンに言い?は通じない。?摯な瞳で、慈母の愛で次?と俺の皮が?ぎ取られる。
「自分には?えず隣人に?える?身の鑑、世界は正しくあれと祈るよう?な在り方。貴方の生き?はいつだって他人の?だけ。例え自分自身を奪われても、そのこと自?を憂いはしない。それどころか、自分を奪った?者が、?物の生を生きる方を憂う」
何?かしら遠い目でカレンの言葉は?く。俺の知らない事象で、紛れも無く俺自身の??(たましい)を切開していく。
「もう誰もそんな貴方を責めたりしない。責めるのは貴方自身だけ。ねぇ。そんなに人?みの幸せってつまらないの?」
……いや、そんな事はない。
人?みの幸せ、月?みの幸福。それがとても素晴しい物だって事には間違いはない。
ただ……
それだけでは足りないのだ。
それだけでは我慢できない。命の分だけ幸せであって欲しい。頑張った奴は、一生懸命生きる奴は、必ず報われなきゃいけない。ささやかな幸福くらいでは割が合わない。
ああ…… つまり、俺は……
「傲慢で不遜だな……」
「そう、それが貴方の罪。でも誰も貴方を罰してくれない。だって間違っていないから。だからなのね、貴方は何時だって貴方自身で貴方を責める」
その通りだ。
自分自身の欲望なら悔い改められる。だが、俺が欲しいのは他人の幸せだ。悔い改められない、悔い改めるわけにはいかない。最後まで完遂しなきゃいけない。
「すまない、カレン」
だから俺は謝った。
俺の罪を俺の罪?を引き出し、?摯に諭してくれたカレンに感謝しつつも、決して改悛することが出?ないことを謝った。
「元より、私の小言くらいであなたの十年?の生き方が?るとは思っていませんでしたが、約束でしたから」
「約束?」
「ええ、今一度貴方を諭すと」
誰とは言わなかったが、カレンは一瞬とても優しい笑みを浮かべると、話は終わったと立ち上がった。
「ただ、?目元と思いましたが、お蔭で一つの方向が見えました」
そして、その笑みをとっても素敵で邪な物に?えて、俺に微笑みかけてきた。
「あの……それって一?どういう意味なのでしょうか?」
後ろ毛が逆立ち、背筋を絶?零度で逆撫でされながら、俺はそんな素敵なカレンさんに尋ねてみた。
「別に衛宮士?をどうこうしようと思ったわけではありません。それについては約束も果たしましたし、これ以上の??は無?でしょう。ただ、私の主務は聖杯の?測ですが、この??の表の代行も託されています。ですから、ちょっとそちらの仕事にも精を出そうと思ったまでです」
怯える子羊のよう俺に、カレンは慈母の愛と?父の嗜虐がない混ぜになった笑みを浮かべ、冷ややかに見下しつつ?えてくださる。
「まぁ、一言で言えば??の庶務の整理と、迷える子羊の善導でしょうか」
そして最後に、とても?しそうに謎掛けじみた言葉を言い?し、カレンは公園を去って行った。
「……??の庶務の整理と、迷える子羊の善導ですってぇ……」
と、ここまで話してふと目をあげると、遠坂さんがぶつぶつとその二言を繰り返しておられる。
「と、遠坂?」
なんかとっても怖い、藪を突いて蛇を出すのは本意ではないが、それでも俺はついつい?をかけてしまった。
「結局、あれは全部あんたのせいだったのねっ!」
途端、噴火する遠坂火山。ちょっと待て、お前一?なに言ってるんだ!?
「なにも減ったくれもないわよ! 士?だって居たでしょうが!」
「俺も居た? ……あ、もしかして……」
遠坂に?幕に、慌てて記憶をまさぐった俺は一つの出?事を思い出した。
「もしかしなくてもあれよ。わたしとあんた、それにあの女が同席したのはあれ一回だけでしょ?」
「そりゃそうだけど、あれってそんな大事だったのか? そりゃ確かにえらく?呑ではあったけど?」
そして、目いっぱい悔しそうな遠坂には?いが、かなり愉快な出?事でもあった。
「……あの時は、士?に全部?明できない事情があったの。いいわ、ちょっと思い出してみなさい。最後に、あいつがなにやらかしたか?えてあげるから」
そんな俺に遠坂は、少しばかりすまなそうにしながらも、あんたよからぬこと考えてるでしょうと言った視線で口を尖らし、話を?けることを促した。
確かあれは、公園での出?いから更に半月ほど後。そろそろ夏も終わりを迎えようとしていた頃の事だった。
その頃には?にパイプオルガンの組み立ても終わり、??に通う理由はなくなっていたのだが、それでも俺は足繁く??に顔を出していた。
勿論、カレンの仕事に協力するためだったのだが、何故かその都度カレンは??を留守にしており、一向に出?えなかった。
まぁ、それまでの?緯を考えて、こいつは俺のお節介な生き?に?する一種の?言じゃないかとは思ったが、だからと言って止めるわけにはいかない。
そんなわけでこの?日、意地のように顔を出す俺と、計った?に??を留守にするカレンの不思議な追いかけっこが?いていたのだった。
それがこの日、いきなりとんでもないところで顔を合わすことになってしまった。
「こんにちは衛宮士?。こんなところで?うとは奇遇ですね」
確かに奇遇だ、こんなとこで?うなんて思考の片隅にさえなかった。
ここは遠坂邸の客間。遠坂の魔術講座の?に訪れた俺の目の前で、カレンはしれっとした顔でお茶を喫んでいたのだ。
「あら? 衛宮くん。シスタ??カレンの事をご存知なの?」
そしてその正面で、華麗に微笑んでいられるのが遠坂さん。その氷の視線が、更に?度を下げて俺の方を向いた。
「へ? あ、ああ……顔見知りだぞ。?は……」
「ミスタ?衛宮には、この街に到着した時にお世話になりました。大??さくで親切な人柄の方です」
一瞬、??されたが良く考えてみたら俺が責められる謂れは全くない。とにかくきちんと?明しようと口を開くと、?座にカレンさんが妙になれなれしく飛びきり優しげな微笑で、ねぇとばかりに俺に向かって可愛らしく小首を傾げてくださいました。
「それでは、紹介の必要はありませんわね。お互い良く知っているようだから」
そんなわけで、遠坂さんは聞く耳持たず?筋立てながら微笑んでいらっしゃいます。
お前ら、?むから俺に話させてください……
「それで、本日はどのようなご用件で? 確か、最初に相互不干?を約定として定めたはずでしたが?」
言葉の接ぎ?を失って立ち?む俺に、後でじっくり聞くからとにっこりと?い視線を送り、まず遠坂が口火を切った。つまり、不法侵入者はとっとと出てけと言うわけだ。
「確かに、??の監督代理と協?の管理者との間の相互不干?は取り決めました」
だが、カレンは動じない。御?御尤もと?きながらも落ち着いた口調で遠坂の言葉に反論する。
「ですが本日は、冬木における??の司祭代理として、??の信徒たる遠坂??の元に??の職務執行の?に?った次第なのです」
一瞬、?を突かれたように顔を見合す遠坂と俺。
確か、遠坂は別に??の信徒であるわけじゃないとか言ってなかったっけ?
「わたしは別に??の……」
「ええ、?はここ十年ほど??には?ても、儀式にも秘蹟にも??していません。ですが、幼?洗?と堅信は御尊父が存命のうちに?ませております。間違いありませんね?」
?を取り直し、訝しげに問い正そうとした遠坂の言葉に、カレンは待っていましたとばかりに言葉を被せる。
「そうなのか、遠坂?」
「うっ……うん。言峰の前の代までは、家と??はいい?係だったし、璃正おじ?には可愛がってもらってたし……」
ぐっと詰まった遠坂に小?で話しかけてみると、別に正式に宗旨替えをしたという?ではなく、カレンの言葉どおり全く活動はしていなかったものの、書類上は??の信徒のままであったらしい。
「それは結構。そうである以上、例え本人がなんと言おうと、??は信徒を手放したりはいたしません」
よき羊飼いは、迷える子羊を決して見放さない。執念深く見つけ出し必ずや元の群に引きずり?す。そう、喩え破門にされたとしても“背?者”として、??の記?の中では永遠に生きる事になる。
魂の契約は永遠普遍。それが??だと言うわけだ。
「勝手な事を言ってくれるわね……」
だが、遠坂さんはただでは負けを認めないようだ。さすが往生際が?い。
「それじゃ、今から柳洞寺にでも?け?もうかしら? 流石に??徒になったら?が切れるんじゃないかしら?」
「??としては、別にそれでもかまいませんが……」
そんな遠坂の憎まれ口に、カレンはさも?念そうに顔を伏せながら、にやりと見透かすような笑みを浮かべて?いて見せた。
「??に籍があれば、?の?籍に?係なく冠婚葬祭をつつがなく執り行えるのに……」
「ぐっ……」
不思議な事に、何故かこの?きで遠坂さんが詰まってしまった。
「どうしたんだ、遠坂?」
「あんたはいいの! 先のことだし……わたしだけが心得てればいいのっ!」
で、思い切り疑問符を浮かべて聞いてみたら、これまた何故か遠坂に怒鳴られてしまった。全く、わけが判らない。
「……わかったわ、そっちの方が有利だし。一?信徒って事にしといてあげる」
「ご理解が早くて助かります」
思い切り悔しそうな遠坂に、如何にも取ってつけたようにほっと笑みこぼれて見せるカレン。結局、口ではなんと言おうとも遠坂はカレンに蹂?されてしまったようだ。
「それで? ??の職務執行ってなに?」
「遺言の執行。早い話が形見分けと言う奴です」
「形見? ??の人間で形見を受け取るような知り合い居ないわよ?」
「それを聞いたら、さぞ故人は悲しむでしょう」
カレンは笑みを浮かべたまま、遠坂の疑問に嘆いてみせる。
悲しんでくれたらどんなに嬉しいだろう、なんだかそうとでも言っているような明るい嘆き方だ。
「ええと、それで誰の形見なんだ?」
とはいえこのままでは話が進まない。なんだかとっても?は進まなかったが、俺が話を進める事にした。
「冬木??の前任者。つまり言峰綺?の遺品です」
一瞬、沈?が遠坂家を包んだ。
俺も遠坂もカレンの言葉を理解できなかった。いや、理解したくなかったが正解だろう。あ、あの言峰の遺品だって?……
「そんな物、危なっかしくて受け取れるわけないわよ!」
だがそれも束の間、先に我に返った遠坂が、?然のように猫をかなぐり捨てて、カレンに詰め寄る。?持ちはわかる。言峰の遺品。しかも遠坂宛なんて、どんな呪いが?められているかわかったもんじゃない。
「ご不審は察しますが、一??査の結果どのような呪式も?められていない事を確認してあります。まぁ、言峰綺?はあれでも正式な聖職者。直接的な呪を送りつけるほどの愚者では無かったようです」
それにカレンは落ち着いて、良く聞けば身も蓋もない物言いで、どの品もただの“もの”に過ぎないと確約した。
「……わかったわ。その言い?だと、あんたあいつの味方だけは絶?しそうにないし、見るだけ見てあげる」
どうやら遠坂も、カレンの言葉の端?に見える前任者への?しようもない思いに?が付いたらしい。不承不承ながら、形見分けと言う行事を始める事を承諾した。
「では、まずこちらからご?ください」
それにカレンは、待っていましたとばかりに持?のトランクから、どうやら衣?箱のようなものを取り出し徐に蓋を開けた。
「………… え?」
一瞬、鬼が出るか蛇が出るかと息を呑んでいた俺だったが、中身が目に入った途端拍子?けしてしまった。
そこに?められていたのは、白いブラウスと紺のスカ?ト、それに蒼いリボンと?いタイツという一?いの洋服。何故か下着類まで?っているのには些か赤面したが、これには見?えがある。
「これって、セイバ?の着てた服じゃないか……」
そう、これはあの聖杯??の間、??に成れぬセイバ?の?に遠坂が用意した服だ。しかし、どうしてこんなもんが言峰の形見なんだ?
「……プレゼントだったの……」
そんな俺の?きに、何故か?っ赤になりふるふると震える遠坂が搾り出すように?える。
「へ?」
「あいつの誕生日プレゼントだったのよ! それも?年?年おんなじ服ばっか!」
それは……言峰ってやっぱり?った奴だったんだな……
「はい。遺言では遠坂??が二十?になるまで?年誕生日に贈るようにとなっていましたが、流石に??もそんなに暇ではありません。幸い服は各年分全て?っていましたので、この際ですから全てこの場にてお渡しします」
そんな俺たちの狂?を?牙にもかけず、カレンは事務的なまでの口調で、トランクから次?に衣?箱を取り出し積み上げていく。
「……くっ」
その全てが同じ服。
いや、サイズが微妙に違う。成程、遠坂の成長を予測した上で造らせたのか。何故か、ブラのサイズだけ全て一?ってのが中?趣がふか……
「衛宮くん。あんまりおかしな事考えてると……殺すわよ……」
い……などとは、ちっとも全然考えてないぞ。だから遠坂、命だけはお助けを……
「?に入っていただけたようで、さぞ故人も喜ばれる事でしょう」
そこにカレンが取ってつけたような笑みを浮かべながら、葬儀屋の司?のような科白で茶?を入れてくる。
「これの何?が喜んでるように見えるのよ! こんな物あんたに上げるから持って?りなさい!」
「お?持ちは有難いのですが、他のサイズはともかく胸だけはきつすぎるようなので、ご遠慮します」
?然、激?する遠坂だが、カレンは容赦ない。心ある人なら決して口に出?ない言葉をしれっと言って下さいます。
「……まあ、いいわ。受け取りましょう」
そのまま苛烈な視殺?に突入かと思ったが、?を食い縛りながら引いたのは遠坂だった。
「おや、?分簡?に引き下がられるのですね?」
「ふん。このまま粘ったら、それだけあんたがこの家に長居する事になるじゃない。幸い何時もと同じ服みたいだし。受け取った以上は、煮ようが?こうがこっちの勝手にして良いわけだし」
「?然です。?方もお引渡した以上、その後の?遇については一切??しません。さすがは?、賢明な判?だと思います」
……なんか、持て余したテロリストを押し付けあう二大?の政治的な決着みたいな展開だ。この服自?には罪は無いと思うけどな、セイバ?にも似合ってたし。
「で、これで終わり?」
「いいえ。まだあります」
衣?箱を手早く引き取りながら終わったなら早く?れと促す遠坂に、カレンはそう簡?には?ってやるもんかとにっこりと微笑み返し、今度はトランクから一冊の冊子を取り出した。
「じゃ、さっさと渡して頂戴」
だが、それを見てうんざりした顔で手を伸ばしかけた遠坂から、カレンはさっとその本を遠ざけた。
「?念ですが、これは遠坂??への?渡品ではありません」
そして、何故か俺を差し招いた。
「俺?」
「なんで士?に?」
どう考えても、俺が言峰の遺品を受け取るような筋はないんだが……
「衛宮士?氏への名指しではありませんが……」
そんなわけではてと首を傾げていると、カレンは巧妙に遠坂と距離を置きながら俺に近寄ってきた。
「遺言に、言峰綺?死亡時に遠坂??に一番近しい男性に渡すようにと指示がありましたので」
そして、にっこりというよりにやりに近い笑みを浮かべ、その冊子を何?か?引に俺の手に取らせる。
「いやまぁ……そう言われればそうかな?」
「否定は出?ないわね……」
流石にカレンの前で遠坂と俺が?人と言うか、そういう?係だとは公言できない。俺たちは全て判ってますとでも言いたげなカレンの視線を前に、互いに言葉を濁すしかなかった。
「で? 何なんだこの本……っ!?」
そんなわけでなんとも?恥ずかしくて、照れ?しのようにその冊子を開いた途端、俺は硬直してしまった。
一言で言えば、それは子供時代の遠坂の??が?められたアルバムだった。
だが、ただのアルバムではない。なにせ普通のスナップ??など一枚もないのだ。
恐らく遠坂邸の庭の木陰だろう、?の?椅子で涎をたらしながら??をしている幼い遠坂の?姿。下着一枚でぼうっとベッドに座っている?ぼけ眼の可愛らしい遠坂。公園だろうか? 空き地で二桁に及ぶ男の子を伸してその上で胸を張る少女時代の遠坂。うわぁ、これは風呂上りのオ?ルヌ?ドじゃないか……
つまりはそういう類の??ばかりなのだ。しかも、その全ての??に言峰の注?つきと言う凝りようだ。
言うなれば、こいつは“言峰綺?編纂 遠坂?、愛の成長記?” とでも言うような珠玉の??集だったのだ。
「士?、どうしたの?」
と、思わず見入っていた俺の肩口から、遠坂が心配そうに?きこんできた。
「え? うわぁ! 遠坂! 拙い!」
飛び上がらんばかりに驚いて、慌ててアルバムを閉じる俺。しまった! どじった……
「……なにが拙いって? 怪しいわね、ちょっと見せなさい」
案の定、遠坂さんに思い切り怪しまれてしまった。ジリジリと迫ってくる遠坂さん。
ふふふ、やだなぁ遠坂さん、右手の魔術刻印が輝いてますよ、それって絶?やりすぎですよ。
カレン、君も止めて――って、?しそうだね。ああ、そうか。?しいと感じる事があるって言ってたな。そういや、味?同?思いっきり偏ってた趣味だったなぁ…… ああ…… ?しんでくれて何よりだ……
「なによ! これっ!」
とまあ、そんなこんなで暗?した俺の意識を?ましたのは、アルバムを手に?っ赤になって叫んでいる遠坂の叫び?だった。
「??!」
そして、そんな俺に遠坂さんの理不?な?が襲い掛かってくる。??って、それは俺が言峰から……
「いいから! ??なんだから!」
とはいえ泣く子と遠坂さんには勝てない。特に、?目で恥も外聞も無くなった遠坂さんには。
「それは困ります」
だが、それもカレンさんには通じない。それは正式に衛宮士?氏に受け取ってもらわねばならないと、市役所の小役人のような頑なさを?に?しそうに演じておられる。
「いいの! こいつはわたしのなんだから! こいつの物もわたしの物なの!」
それに追い詰められた遠坂がついに切れた。うわぁ、遠坂イ(ジャイアニ)ズム爆?。
「成程、それはつまり……」
と、ここで何故かカレンがそれまで演技をかなぐり捨て、してやったりの笑みを浮かべた。
「衛宮士?については、?が全責任を負うということでもありますね?」
「――っ!」
一瞬で遠坂の顔から、アルバムの件での愚かしくも微笑ましい激情がすっかり消えうせた。
「元から……そのつもりよ」
そして、あの聖杯??の時にしばしば見せた、同じように頑なながらも?摯で冷?な表情に代わると、何か誓いでも口にするようにはっきりときっぱりと言い切って見せる。
「それを聞いて安心しました。その決意を心得ておられるようならば、これをお見せしても大丈夫でしょう」
それに?えるように、カレンも??な面持ちになり。これが最後と一枚の封筒をテ?ブルに載せると、遠坂に向かって滑らせた。
「これは、言峰綺?の正式な遺品と言うわけはありませんが。?、貴方が受け取って?理すべき物です」
そして、そのまま遠坂がその中身を確認するのをじっと見据えて?ける。
ぎりっ
そんな何?か息詰まる?況の中、封筒の中身を確認した遠坂の肩がかすかに震え、??をかみ締めるような音が響いた。
「遠坂?」
「大丈夫よ、士?」
だが、思わす俺が?け寄った時には封筒は再び閉じられ、遠坂もまた、封筒を開ける以前の冷?な表情に?っていた。
「……判ったわ。つまり、大仕事をするなら自分の足元を固めろっていいたいわけね」
「すぐにとは申しませんが、それ位してもらわなければ、衛宮士?は微動だにしないでしょう」
「そうね、こいつ最?だから」
「それについては同意します。全く、とんでもない怪物(バケモノ)ですね」
……いつの間にか女二人に、共通の敵を見出したような親近感が生じている。
まぁ、仲良くなってくれるのは平和でいいんだが、人を怪物呼ばわりはないんじゃないか?
「それでは用件も終わった事ですし、お暇します。次に?う事があるなら……」
「綺?の遺産?理が終わった時ってわけね?」
「そうなりますね。その時こそ、私の任務が完全に達せられた時と言う事ですから」
そして最後に、カレンは遠坂となにやら怪しい??を交わし、遠坂邸を去っていった。
そういえばあの封筒、結局なんだったんだろう。
遠坂は時期が?れば話すって言ってたし、俺としてもその時を待つだけだと思っていたんだが、すっかり忘れてたな……
「ん? どうした遠坂?」
そんなことを思い出しながら、ここまで話し終わってみれば、またも遠坂はなにやらぶつぶつ?きながら頭を抱えている。
「……遺産?理が終わったら……そうだった、終わってたんだ……」
遺産?理? ああそういえば最後そんな?話してたな。
「どういうことだ?」
「ねぇ、士?。わたし達が今回二人だけで?ってきたわけ、?えてる?」
「ああ、ルヴィアさんやセイバ?たちと一?でも良かったんだが、神父さんの事だろ?」
本?、今年の??は前年同?、遠坂家エ?デルフェルト家,そして新たに加わったマキリ家の三家合同の?省になるはずだった。
それが急遽?更になったのは、去年の夏、あの?の事件で大怪我をして以?どうも?調の思わしくなかった神父さんが、今年とうとう退任する事になった?だ。
冬木の??は、知っての通りただの??ではない。特に今は遠坂に代わり冬木の?脈管理もしている以上、引?ぎには正式な管理者である遠坂の立?いも必要。
そんなわけで、俺たち二人だけ一足早く??となったわけだが。
「それが、どうかしたのか?」
「どうかじゃないわよ、すぐ??に行くわよ!」
なにがどうしてそうなるのか全く判らない。
とはいえ、とっとと席を立ってずんずん進む遠坂さんを放っても置けない。俺は大急ぎで?計を?ませ、まるで敵地に進軍するように勢いで??に向かう遠坂の後を追いかける事にした。
「士?、?い!」
遠坂さんは結構足が速い。漸く追いついたのは、??へは後は坂を上がるだけといった交差点の手前での事だった。
「?いは良いんだが、なんでそんなに急ぐのさ?」
「なんでって……ああ、そっか。士?にはまだ話して無かったわね……」
何故か妙に急く遠坂さんに、俺がはてと首をかしげて尋ねてみると、遠坂はあっと?が付いたように小さく?くと、?まなそうに切り出してきた。
「あの封筒ね。?は……わたし達家族の??が入っていたの」
「わたし達って、遠坂の?」
「うん。わたしと父さんと母さんと……?の、みんながみんな笑ってるような……極?普通のスナップ??がね……」
「……そうか」
それがどうしたんだ? 事情を知らない人間が聞いたらそれだけの??だったのだろう。だが、今の俺は遠坂が魔術師の家系だってことを知っている。そして、?が他家に出され、そこでどんな生活を送ってきたかを……
遠坂は、そんな??を見せられるまで、自分の家族が普通の家族として存在していた事があったなんて知らなかっただろう。
そして、それは魔術師の家族としてあってはならないこと、そうでなければ幼い頃たった一人で?された遠坂が、他家に出された?が余りに悲?すぎる。
――それがあったのだよ、君たちは二人ともご?親に愛されていたのだよ――
言峰は、あの亡?はそれを涅槃の向こうから?って見せたのだ。
「じゃあカレンは……」
同時にあの銀色の少女の笑みが?裏に浮かぶ、あの何?か言峰と同質の笑み。まさかカレンも全て承知の上でその??を……
「ああ、あいつの事情は違うわ。あいつ綺?を出汁に、わたしに?破かけただけだから」
あいつの事だから?しまなかったわけじゃないだろうけど、と遠坂は憎?しげながらも納得したような口ぶりで、俺に苦笑して見せた。
何故かほっとした。カレンは確かに言峰によく似たところがあるが、それでも一番肝の部分で違う。俺はあの少女の慈母にも似た笑みを思い出しながらも?いた。
何?か歪んではいても、カレンの喜びは言峰のように完全に?逆ではなく、まだ正のベクトルを向いていた。
「そうか、だから”遺産?理”なのか……」
それで合点がいった。カレンは遠坂に?の事を何とかしろと言う思いを?めて、あの??を渡したんだな。無論、それを手に悶?とする遠坂を?しむ事も忘れずに。
「ま、それだけじゃないけどね。でも士?、だからって安心しないでよ。あいつは責め苦は人を前に進める?ではあっても、責め苦そのものを?しんでないわけじゃないんだから」
そんなほっとした俺に、遠坂は?難しげに換言してくる。
確かに言い得て妙だけど、それってなにもカレンだけじゃないぞ、どっかの誰かさんもそっくりだ。
「ともかく、絶?あいつには心なんか許しちゃ?目なんだから、そんな事したらぱっくり食われるわよ」
そんな思いが顔に出たのだろう、遠坂さんは俺を半眼で?みながらびしっと指を突きつけてきた。
「わかった。わかったけど何で今更そんな事を? カレンはもう居ないんだぞ?」
そう、あの?動の直後。カレンは仕事は終わったと?っていった。そしてその後、今の神父さんが赴任してきたわけだ。
「へぇ、そう? じゃあ今響いている音はなにかしら? これって一?誰が?いてるのかしら?」
そう思い遠坂に問い正したのだが、遠坂は如何にも人を見下した視線で俺を見据えると、?く顎を上げて坂の上を指し示した。
「へ?」
街の?踏は?に途絶え、すでにこ?りは閑?な住宅街だ。そして今、そこに流れているのは良く澄んだそれでいて重厚な音色。まるでステンドグラス越しに講堂に差す光のようなその調べは、紛れも無く坂上の??から響いていた。それは……
「……ぱいぷおるがん?」
「そうね、それ以外ないわ。さ、急ぐわよ」
「お、おう」
この調べには聞き?えがある。そう、これは俺がただ一度だけ聞いた調べ。俺が組み上げカレンが?いたパイプオルガンの調べだ。
「遠坂?、衛宮士?。まずは無事のご??をお祝い申し上げます」
俺たちが??の講堂の扉を開けるのと、曲が終わるのはほぼ同時。
そのまま振り向いた紫陽花の少女は、まるで待っていたかの俺たちに??祝いの??を送って寄越した。
「やっぱり、あんただったわけ……」
「なにがやっぱりなのか判りませんが、この度モ?ラ?師に代わり、正式にこの??の管理者に赴任しました、カレン?オルテンシアと申します」
そして、そのまましれっと着任の??をしてのける。
「ふうん、正式って事は“代理”は取れたわけ?」
「はい。ここ三年間の勤め、更には先回の冬木赴任の甲斐もあって??を預かる資格を得る事が出?ました。?も遺産?理を終えられたようですね」
それに負けるものかと、嫌みったらしく代理の部分に力を?めて言い放った遠坂だったが、カレンはそれに、例の遺産?理と言う部分に力を?めて?えを返してきた。
「ま、まあね」
「些か時間が掛かったようですね。?ならば、倫敦に赴く前に方をつけると思っていましたが…… まあお蔭?でこうして私も間に合った次第です」
更に、思いのほかお甘いようでと、喉の?でくくっと笑うカレンさん。
「ぐっ……」
それに、思い切り苦?を?み潰すような表情の遠坂さん。
まぁ確かに?の事に?しては、無事解決したとはいえ遠坂は思いっきり及び腰だったからな。
何?でどう知ったかは判らないが、この問題ではカレンの方が押し?味である。
「とはいえ、これで言峰綺?の?したものは、全て?算されたと言ってよいでしょう。おめでとうございます、遠坂?」
「はん、あんたにお?を言われる筋合いじゃないわよ」
「そうでもないのです。結局、私のこの街での勤めとは、須らく言峰綺?と言う男の?した物(置き土産)の事後?理(後始末)のようなものだったのですから」
何?か疎ましそうにそう話を締めくくったカレンは、そのままなんと言い返そうかと?軋りしている遠坂の脇をすり?け、俺の傍らまで?みを進めてきた。
「衛宮士?。貴方は如何でしたか?」
そして??で?格な聖職者の視線で、俺を?っ向から見据えた。
「俺は……」
余りに漠然とした問い。一?なにを尋ねられているのかさっぱりだったが、それが俺とカレン、そして遠坂の三人に?わる何か大事な事だというのは確かだろう。
俺は、カレンの全て見通すような金色の瞳を前に、必死で自分の中に、ここでカレンと別れてからの三年間の記憶に意識を沈めていった。
……ああ
遠坂とセイバ?の三人で倫敦に渡っていった時の思い出。ルヴィアさんやミ?ナさん、そしてランスとの出?い。カ?ティスにイライザちゃん、ジュリオと過ごした日?。
あの日以?、遠坂と共にあった日?はなんと波?に富み、?がしくも充?した日?だったのだろう。
俺はそんな思い出を胸に、目の前のカレンから、恨めしげにそれでいて何?か心配そうに俺を見据えている遠坂へと視線を移した。
お前と付き合いだしてから、とんでもない事ばかりだったのは、別に夏だけってわけじゃなかったなぁ……
?む暇も無く、思い切り引っ張りまわされた。
けどあいつが、そしてセイバ?達がいてくれたお蔭で、俺は思い切り突っ走る事も出?た。
確かに俺は今でもまだ歪んだままだ、空っぽで?物だらけののままだ。
だがそれでも?、今は確かな指針がある。空っぽの中に、?物の中に唯一つだけ本物がある。
俺は、俺の中にあるただ一本の?の柄にそっと手を伸ばした。
あの夏の出?事以?、俺の生活はあの時以上に息付く間もなく大童な日?の連?だ。遠坂と一?に時を過ごすってのは?大抵の事じゃない。本?に命が幾つあっても足りないような事ばかりだ。
だがそれでも?、そんな日?は決して辛い事ばかりじゃなかった。俺は……
「?しいって事を、知ったよ」
そう、?しかった。嬉しいだけでなく、?しかった。もう、?引なまでにみんなから寄ってたかって?しまされた。
本?にお前ら、少しは遠慮しろよ……
俺は、俺の中で?ってそっぽを向くみんなの代わりに、目の前で口を尖らす遠坂に苦笑して見せた。
「それでは、これにて言峰綺?の遺産に?する、全ての?理が終わった事を宣言します」
そんな俺たちの前で、カレンは一つ?くと重?しく宣告を下した。
そうか、そういうことか……
それで漸く俺は、“遺産?理”と言う言葉の?意を理解した。
遠坂が受け取ったものや、?の??だけが言峰が遺したものではなかった。第四次、第五次という二つの聖杯??で大きくその存在を?えられてしまった俺もまた、ある意味言峰の遺産だったと言う事か……
そんな感慨に浸っていると、カレンが飛び切り優しい慈母の笑みを浮かべ、俺に祝?を送ってくれた。
「衛宮士?。これで貴方も漸く少しは人間に近づけたようですね」
祝ってくれるのは良いんだけどね、カレンさん。俺の事、化け物呼ばわりはないだろ? 遠坂も?いてないで何とか言ってくれよ……
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天上の?曲が、講堂に響き渡る。
高き天の下、?き地に?ちる遍く生命を歌い上げる喜びと祈りの調べ。
それは以前、一度だけ?いた事のある?曲と同じ物。
地に生きる全ての命に安逸と休息を?える神を?え、神の導きに?いまどろみに生きる喜びを詠うものだった。
ただ、前回と違う部分が少しある。
本?、演奏者の感情など欠片も?められるべきでない?美歌なのに、今日の演奏は微かに感情らしきものが?められているように感じた。
休息と安逸に詠っていながら、それでいて今日の演奏には?行の思いが?められているのだ。
――ずっとここにいれば良いのに、ここならずっと安逸に浸っていられるのに、それでも貴方は行くのですね。
――あそこは決してそんな好い所では無いというのに、それでも貴方は行くのですね。
なんというか……こう、??で華麗な響きなのにも?わらず、拗ねて突き放すような、ロックか何かの方が似合いそうな感情も?められているような?がする……
「御??、感謝します」
最後の最後を、そんな感情をぶつけるように何?かディスト?ションじみた不協和音で締め、一風?わった?美歌は終わった。
「いや……良い演奏だったと思うけど、?わった?美歌だな」
「本?は許されない事なのですが、少しアレンジしてみました」
良いのかシスタ?がそんなことで? まぁ上手いから良いか。
「おや? 衛宮士?、貴方に音?がわかるのですか?」
そんな事をポツリと?いたら、カレンがお馴染みの人を見下す視線で嫌味を言ってきた。
「いや、音?はわからない」
俺はそんな嫌味に素直に?え、カレンの背後に屹立するパイプオルガンに視線を向けた。
「でも、こいつの?持ちはわかる。こいつは君の演奏を喜んでいた。君はこいつのただの所有者や使用者じゃない。紛れも無く“?い手”だ」
そう、こいつは俺が手ずから組み上げたあのパイプオルガンだ。精緻な機械、?史ある機械。そういったものには魂や精神こそないが、積み上げられた?史と蓄積された??による思いのような物が宿っている。
起源にまでさかのぼる構造解析を天性とする俺には、今では武器でなくても、そんな思いを汲み取る事くらいはできるようになっていた。
「え……」
間違いない。うんと?きカレンに視線を?すと、とても珍しい光景を目にする事になった。
「あ……その……過分なお褒めの言葉、感謝します……」
照れてますよ、カレンさん。
これは新鮮。やっぱり、人間の本性が出るのは趣味や嗜好の問題なんだな。
「お、音?に?してだけは特例として指導者を用意していただきました。何かと問題はありましたが……」
そして、どこか誇らしげに正規の?育を受けていたことを明かした。
成程、我?を通した事ってこのことだな。きっと思いっきり?情張ったんだろうなぁ、しれっとした顔で。
「……それはともかく。良いのですか? 衛宮士?。?を放って置いて」
そんなわけで、これは良いものを見せてもらったと微笑んでいたら。カレンは、何故かむっとしたような表情になり、俺にちくりと苦言をいってきた。
「別に放っているわけじゃないぞ。遠坂はもうここに用がないから?った。俺はまだ君に聞きたい事があるから?った。それだけだ」
うん、間違いない。
「……衛宮士?。貴方は女心が判らないと言われた事はありませんか?」
だってのに、カレンはうんざりしたような表情で質問を返してきた。いや、それはしょっちゅう言われてるけど。
「……愚問でした。さて、では私に尋ねたい事とは、どのような事なのでしょうか?」
そして失?にも俺の返事を待たず自分だけで納得すると、改めて俺がここに?った理由を問いただしてくる。
「ああ、それなんだが。カレン、君は……」
それに俺は三年前の、今日の出?事を反芻しながら、さてどう話したもんかと言葉を探しつつずっと考えていた疑問をぶつけてみた。
「どうして、俺の?にこんなに骨を折ってくれたんだ?」
そう、それが聞きたかった。
??後の再?。遠坂に託した言峰の遺産?理。一見それは??の仕事のように見える。そして、それは遠坂と、そして?だけの問題であるかのようも見える。
だが、カレンは今日この場で、言峰の遺産?理を俺の言葉で締めた。
正しくないくせに間違ってもいない俺が、?り?んでいた袋小路から?け出せた事を最後の締めに持ってきてくれた。
?いて言えば、それはまるで俺を助けるために、あえて言峰の遺産問題に手を付け、遠坂を引っ張り出したように見えるのだ。
?側からは決して改悛できない俺を、外側から遠坂?と言う存在を以て動かそうとしたかのように見えるのだ。
「俺はあの時、君の手助けをするって言ったのに結局なにも出?なかった。そのパイプオルガンを組んだだけだ。それに俺は別に信徒でもない。確かに君はある意味、人を助けるのが仕事だろうけど、俺みたいに無闇やたらにするってわけじゃないだろ?」
だが、その理由がわからない。
遠坂に、息するように人助けするといわれた俺が言うのもなんだが、こんなことしたって何の得にもならない。
如何にカレンが聖職者とは言え、こんな面倒をする事は……あっ
「まさか、カレン。君は言峰の……」
一つだけ思いついた。
「それは違います」
だが俺の思いついた事を、カレンは明確に、それでいて僅かにずらした言葉で否定した。
「如何に私が聖職者でも、好き好んでわざわざ前任者の尻拭いをする事はありません。……まあ、結果的にはそうなってしまいましたが」
判りきった事は言うまでもない。そんな口調だ。
「じゃあ、なんで?」
「“情けは人の?ならず”」
そして更に尋ねる俺に、三年前、時折見せてくれた、どうしようもなく優しい表情で?えてくれた。
「人に情けをかけるのは、結局廻りまわって自分が救われるためと言う諺ですね。私はこれが事?である事を貴方に?えたかっただけ」
そしてその表情のまま、?くようにそう言うと、?かしむように俺に話しかけてきた。
「衛宮士?。三年前、ここで私が最後に尋ねた事を?えていますか?」
「? ……ああ、あれか……」
あれは三年前、カレンがこの??を立ち去る前日。別れの??代わりに、ここで俺が組み上げたオルガンの演奏を聞かせてくれた時のことだ。
今日と同じ、??で華麗な響き。ただ今日と違って。それは?範を一?も出ない硬く?しい演奏でもあった。
「なあ、カレン。本?に……終わったのか?」
そんな頑なな演奏のせいか、それともその日のカレンがほっとしながらも、何?か?げな――そう、丁度祭りの終ったあとの寂しげな雰??のような、そんな空?を纏っていた?か、俺は聞かずもがなのことを聞いてしまった。
「はい、終わりました。未だ“聖杯”と言うべき物は存在しますが、その中身はもうこの世界には存在しません」」
きっぱりと?えるカレン。だがそこに僅かな迷いがあった。
判ってはいるし理解もしている。だが納得しきれない。そんな迷いだ。
「ただ……その……衛宮士?。一つ、貴方に尋ねても宜しいでしょうか?」
だからだろう。一瞬の沈?の後、カレンは何?かすがるような視線で俺に話しかけてきた。
「俺に?」
「はい、恐らく貴方にしか判らない」
「そういう事なら何でも聞いてくれ」
「では、お言葉に甘えて……」
そしてカレンの口から放たれた問いは、なんとも意外なものだった。
「……英?の?件?」
「はい、その……衛宮士?ならわかる。何故か判りませんが、そんな確信があったもので……」
「そう言われても……」
だが、俺には心?たりがあった。
ああ、カレンは正しい。こいつは俺と、あとは恐らく遠坂しか判らない……いや、知らない事だろう。
「……逃れられない運命から、命を?い取ること?」
「ああ、そうだ。それだけだ」
そう、たったそれだけ。
俺は知っている。英?の?件は、なにも?史に名を?すことや目に見える偉業を遂げる事ではない。
たとえ一つでも良い。決して助からないはずの命を助ける。それによって、人は人を越え英?になる。いや世界は英?を手に入れるのだ。
俺は……俺の末路(ア?チャ?)からそれを知(?わ)った。
「ああ……」
途端、カレンの顔から鬱屈が消えた。理解し判ってはいたものが、漸く納得できたって顔だ。
「そんなに良いもんじゃないぞ?」
とはいえ俺としては苦言を呈せざるをえない。なにせ、俺は英?ってのが碌なもんじゃない(あいつみたいなもの)と知っているのだ。
「でも……」
だが、それでもカレンは微笑んで見せた。何?か遠い目で、ああ良かったと。
「誰からも忘れ去られるより、無に?するよりは良いと思います」
そして一?、今度は遠坂さんとも何?か通じる、いつもの含み?載の表情で俺に微笑みかけてきた。
「衛宮士?、いっそ放っておいてやろうかとも思っていましたが、お蔭で考えが定まりました」
「? いや、お役に立てて嬉しいぞ」
一瞬ぞくっとしたが、どうやらその笑みの向く先は俺ではないようだ。俺はほっとして。
「では衛宮士?。最後の??を申し付けます。宜しいですね」
……どうやら、俺も完全に除外されていたわけではないらしい。なんだか?ったらとても後が怖いような?がして、俺は素直にその申し付けを引き受ける事になってしまった。
「…………」
「どうやら思い出してくれたようですね」
「ああ、思い出した。あれはあれで大?だったんだぞ?」
カレンに申し付けられた最後の??。町外れの洋館の調査と、そこで見つけた一人の女性。そしてその後の?動までを思い出し、俺は思い切り?い顔でカレンを?みつけてやった。
ああそうだった、思い出したぞ。三年前の夏の?動ってのは、なにもカレンの一件だけじゃなかったんだ。
「ですが、それで一つの命が助かった。よい事ではないですか」
「人事だと思って……」
「人事ではありません。結局、それも含めて貴方のお節介で私の仕事(言峰の遺産の?理)は完了した。それにね、衛宮士?。貴方は知らないだろうけど、貴方は貴方の生き方で一つの魂を解き放ったのよ?」
だからこそ、自分は衛宮士?の?に骨を折る?になったのだと言う。
「さっぱり判らんぞ?」
「判らなくても良い。知っていてくれれば」
カレンはそう言うと、くすくすと笑いながら視線を??の天蓋を覆うステンドグラスに向けた。
円を描き、無?の宗??に飾られたステンドグラス。
それはまるで、無?にある?多の世界の欠片を?ぎ合わせて出?ているかのように見える。
そこを通し?夏の陽光が、講堂に降り注いでいる。
……ああ
つられて見上げ、そのまぶしさに目を瞬かせた俺は、ふとさっき見た夢を思い出した。
――何故か、其?はそんなに良い所ではないだろうという確信はあったが、
――それでもやはり俺は其?に向かって?け?んで行った。
ああ、そういうことか。
何?か俺の知らない、俺の?われない世界で一つの出?事があった。
そいつもまた、ある意味言峰の遺産だったのかもしれない。それを恐らく“カレン”は?理した。俺の知らない俺のお節介と共に。
それは俺の知らない何か、俺の知らない誰か。だが、今、俺は知っている。
――お前は、今、其?にいるんだな――
END
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「記憶の在? Ver.k(小さなk)」hollow remixです。
あの物語のあの結末を、私なりの解?で?み解き。それを私も書いた物語のアレンジとして書き上げてみました。
結局カレンはあの物語でも、言峰の衣鉢を?いでいるんですよね。あの物語での言峰のスタンスは「未だ生み出されざる聖杯の中身の誕生を見定め、祝福する」ことでしたから。
この御話、私にとって久しぶりに純?なSSでした。なにせ構造そのものが起承承結、?の部分はそのまま全部hollow に委ねている?ですから。
それはともかく、これで私も漸く?ってくることが出?ました。これからもどうか御??に。
ps.ちなみに夏にした理由は、どう考えても本?あの作品は夏の話だったと思ったからです。ですよねぇ(笑)
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