일본소설 번역해주세요
-
게시물 수정 , 삭제는 로그인 필요
そのときは全く緊張もしなかったし、正直返事だってどうでもよかった。
しかし今回は「会いたい」と一言書くだけで、かなり時間がかかった。
返事も待ちきれない。誰かを好きになるってこういうことなんだ。
毎日言葉を交わしたいし、手紙の文面だけだなんてもどかしい。
手紙じゃなくて彼女にスマホを届けてくれたらいいのに。
そしたら毎日やりとりができるし、声も聞ける。画面越しに笑い合うことだってできるだろう。
人生で使える 『頑張りの量』が決まっているとしたら、僕はこの夏体みで一生分を消費したと思う。
それくらい、部活にも勉強にも全力投球した。
そして今日はついに夏休み最終日。野球部をやめる日だ。
「みなさんと一緒に野球ができて楽しかったです。でもせっかく部長に選んでもらったのに、最後まで続けられなくて本当にごめんなさい。今日までありがとうございました。
これからもずっと応援しています」
高校の先輩、中学の後輩、そして同期。みんなの顔を見ながら話す。
話し終わると、大きな拍手と「ありがとう」 「頑張れよ」の声。
夏でやめるなんてわがままを聞いてくれた上に受験の応援までしてくれて、みんなには感謝してもしきれない。
「時期、これみんなから。また遊びに来いよ」
早坂から寄せ書きを渡され、そこに 『時期が部長でよかった』の文字が見えた瞬間、せきを切ったかのように涙があふれた。
僕なんて部長に向いていないと決めつけていた自分自身から、ようやく解き放たれた気がした。
「おかえり時期。最後の部活も楽しかった?」
「うん。見て、みんなから寄せ書きもらった」
「あらいいわね。額買って来なくちゃ。ところで時期は、夏休みの宿題終わってるの?」
「なんとか終わったよ。裕期はまたサボってたんでしょ」
「そうなのよ、今日も帰ってからずっと部屋にこもってる。こりないわねえ」
どうせまた夜にでも宿題手伝ってって泣きついてくるんだわ、と心底あきれ顔の母さんが面白い。
部屋のドアを開けると、机から封筒がはらりと落ちた。なぜかいつもより頑す丈に封をされているけれど、ずっとずっと待っていた千代子ちゃんからの手紙。
「会いたい 』と伝えてから二十日過ぎても返事が来なかったから、変に思われたんじゃないかとあせっていたけれど、遅くてもこうして届いてほっとした。
告白をしたわけでもないのに、ただ会いたいと書いただけなのに、緊張で封を開ける手が震える。
『時期くん
お手紙ありがとう。たしかに私、もういろんなこと知っちゃったね。
洗濯機使ってみたいし、エアコンだっけ、そんなものがあったら今みたいに暑い季節は家から出なくなっちゃいそう。
未来にはこんなものができるんだよって、みんなに言って自慢したいけど絶対信じてもらえないよね。なんだか悔しい。
時期くんに会えるまで絶対長生きするよ。約束。
時期くんに会えたら伝えたいと思ってたことがあるのだけど、もう今ここに書いてもいいかな。
時期くん、好きだよ。
すごくすごく会いたい。
時期くんと手をつないで、東京の街を歩いてみたい。
そのためならいつの時代にだって行くから。
ごめんね急にこんなこと言って。気持ち悪いよね。こんな手紙捨ててくれていいよ。
返事も無理に書かなくていい。ただ伝えたかったの。
千代子より 』
全身が熱くなった。
千代子ちゃんが僕のことを好き…?
手をつないで、東京を……?
驚きと喜びで思わず上げてしまった叫び声が家中に響き、母さんや裕期に怒られたけど、僕は上の空だった。
僕も千代子ちゃんと手をつなぎたい。
一緒に歩きたい。
いろんな場所に行きたい。
でもその前に、今度は僕の想いをちゃんと伝えないと。
東期そのとき、窓に水滴が落ちた。
しずくはしだいに増えて雨音へと変わり、週はずっと快晴だという天気予報をあざ笑うかのように、またたく間に豪雨となった。
最後の部活は雨にあわなくてよかったなとぼんやり考えていると、母さんに洗濯物を取り込むのを手伝ってほしいとベランダに呼ばれた。
「予報がこんなに外れるのも珍しいわね。結局、自然なんてわからないものなのかしら」
そんな何気ない母さんの言葉が、やけに頭に残った。
その日の夕食後、僕は父さんの見ているニュース番組をぼんやり眺めていた。
そろそろ部屋に戻って明日の準備でもしよう、いやその前に手紙の返事かな。
そう思って立ち上がろうとしたとき、アナウンサーの言葉を聞いて頭が真っ白になった。
「関東大震災の日から、明日で百年を迎えます」
関東大震災。歴史が苦手な僕でも知っている、未曽有の大災害だ。
あわててスマホを取り出し、関東大震災を検索する。
一九二三年九月一日発生。死者およそ十万五千人、うち東京は七万人。
あまりに大きな数字に息が止まる。
。。大丈夫、まだ千代子ちゃんが巻き込まれると決まったわけじゃない。
そう信じようとすればするほど涙が止まらなくなった。どうしてもっと真剣に歴史を勉強しなかったのだろう。
二学期からなんて甘えたことを言わずに、せめて大正時代だけでも予習しておけば。
今からでも、どこか遠くに逃げるよう手紙を書こう。あんなに考えていた告白の返事のことも頭から消え、必死にペンを走らせた。
どうか奇跡が起きて、一分一秒でも早くこの手紙が彼女のもとへ届きますように。
届くまで十日もいらないでしょ。
神さまお願い、何でもするから。
『千代子ちゃん
お願いがあります。今すぐ、できるだけ遠くに向かってください。大切な人たちを連れて。
明日、信じられないくらい大きな地震が東京を襲います。
落ち着いたらまた手紙をください。
いつまでも待っています
時期より 』
祈るような気持ちでそれだけ書き、いつもの場所に置いた。
どうか無事でいて二学期に入ってもまだ蒸し暑い日が続いている。
あれから受験勉強そっちのけで大正時代、特に関東大震災のことをたくさん調べた。
調べて調べて、何度も何度も同じようなサイトを読みあさった。
そのおかげで学校で習う前に大正時代は完壁になっていた。
完壁すぎて、興味がなかった今までとは違う意味で歴史の授業はつまらなかったし、何より改めて大正時代の話を聞きたくなかった。
「これらの国々で作られたのが国際連盟で__」
知ってる。
「このときに結ばれたのが九カ国条約で、これは__」
それも知ってるよ。
「おい時期、聞いてるか?」
「え?」
突然名前を呼ばれて顔を上げると、いつのまにか先生が目の前に立っていた。
「じゃあ時期、教科書の続きを読んでくれ」
「······はい」
指定されたページを開けると、太字で書かれた 『関東大震災』の文字が真っ先に目に飛び込んできて息が止まる。
だめだ、読めない。もともと歴史の先生には目をつけられていたから、教科書読みなんてこれまで何回もやってきた。
それなのに。みんなが心配そうに僕の方を見る。
「先生、俺が代わりに読むよ」
そう言ってくれた樹の声も、僕を心配してくれている先生の声も、聞こえてはいるのに、もやがかかったように頭に入ってこない。
冷えきった手で教科書のページをめくると、そこには弾けるような笑顔で街を歩く大正時代の女の子たちがいた。
モダンガールという名のとおりのおしゃれな洋服を着た彼女たちの目は希望に満ちていた。
その途端、昨日ネット検索で出てきた凌雲閣崩壊の写真が頭をよぎる。
千代子ちゃんが行きたいと言っていたその建物でも、震災によってたくさんの死者が出たらしい。
「何があった?」
そう聞かれるたびに、どうしようもない気持ちになった。何もない。僕の身には。
ただ、僕は千代子ちゃんを守ることができなかった。吐く息が白く染まっては消えていく。
季節はもうすっかり冬だ。どれだけ待っても、千代子ちゃんからの返事は来ない。
樹と裕期の恋愛模様は意外にあっさりと終わりを迎えた。
クリスマス前、ほとんど同じタイミングで告白した二人は、芽衣ちゃんに「好きな人がいる」とフラれたらしい。
「俺らの今までの努力はなんだったんだよ、なあ樹」
「まあそう落ち込むな。裕期にも俺にもまたいい人見つかるって」
失恋してから二人は意気投合したようで、フラれた直後にもかかわらずとても楽しそうだ。
「兄ちゃんも早く次の人見つけなよ。失恋したんだろ?」
何も知らない裕類の言葉は、僕の心を大きくえぐった。
塾の授業が終わり、マフラーを巻きながら受付の前を通ると、塾長と談笑している芽衣ちゃんと目が合った。
以前探りを入れたものの普段はあまり話さないので、いつものように手だけ振って帰ろうとすると、
「時期くん、待って!」
突然呼び止められ、声のした方を見ると芽衣ちゃんが僕のそばに駆け寄って初た。
「ごめん。今ちょっと時間ある?」
彼女の言葉に時計を見てうなずく。
お互い勉強の進捗などを話しながら階段をのぼり、自動販売機で飲み物を買う。
幸い休憩スペースには誰もいなかった。
そういえば芽衣ちゃん。だいぶ前だけど、探りを入れるようなことしてごめんね。
樹と裕期、これからも仲よくしてあげてほしい」に勝手に言ってしまって申し訳ないことをしたと思っていたから、こうして謝る機会ができてよかった。
忘れないうちにと芽衣ちゃんより先に切り出す。
彼女の恋愛事情を樹や裕郷「もちろんだよ。二人とも大好きな友達だもん。私の方こそ彼氏いないなんてあいまいな言い方しちゃって、申し訳なかったと思ってる」
「それならよかった。好きな人がいるんだよね、応援するよ」
僕の言葉に芽衣ちゃんは浅く息を吸い、意を決したように口を開いた。
ココアの缶を包む小さな手が少し震えている。
「時期くん。そのことなんだけど……」
好きな人のことをぼつりぼつりと語る彼女の目に浮かぶ涙を見て、僕は改めて恋愛の難しさをかみしめた。
芽衣ちゃんも樹も裕期も、どうして幸せになれないのだろう。
全員の願いを叶えるのは難しいけれど、それでも何とかならないかと考えてしまう。
閉館時間になり見回りに来た警備員さんが、僕たちに「勉強大変だろうけど頑張ってね」と声をかけてくれた。
すっかりぬるくなったミルクティーを口に流し込んで一階に降りると、芽衣ちゃんが「忘れ物を思い出したから先に帰ってて」と言うので、熟長に会釈をして一人外に出た。
冷たい風に涙がゆるみ、手に持ったままだったマフラーを巻く。
一階の受付で、塾長は卒業生らしき女性と話に花を咲かせていた。
よく見ていないからわからないけれど、きっと晴れやかな表情をしていたのだろう。
今の僕には彼女と僕たちの状況が、まるで別世界であるかのように思えた。
年が明け、いよいよ受験勉強にラストスパートをかける時期になった。
そして僕と千代子ちゃんの文通が始まったあの日から、もうすぐ一年が経とうとした。
『子代子ちゃん
大丈夫?怪我してない?
あのとき好きって言ってくれて、本当に嬉しかった。僕も千代子ちゃんのことが好き。
もっと早く言えなくてごめ一またいつか、どこかで絶対会おうね。
千代子ちゃん、どうか幸せで。
時期より 』
そんな手紙を何通も書いたけれど、それが彼女のもとへ向かう気配はもうなかった。
書いても前みたいに消えてくれないから、手紙はたまっていく一方だった伝えたいことも聞きたい返事も、たくさんあるのに。
千代子ちゃんと手紙を交わすことができたあの日々を、もっと大切にすればよかった。
「時期、俺らのこと絶対に忘れんなよ」
四月。新学期の前日、ついに東京を出発する日が来た。朝早くに家を出ると伝えていたのに、樹や早坂たちがマンションの前まで見送りに来てくれた。
「忘れるわけないだろ」
みんなとの別れを惜しみつつ、車に乗り込む。
「みんなありがとう。また連絡する」
「おう、毎日でもいいぞ」
どこに行っても、どんなに離れていても、樹たちとは小さな端末を通していつでもつながることができる。
猛勉強の末、僕は先月、無事に第一志望の高校に合格した。
大阪の理系高校。そこを選んだのは、将来みんなの生活を豊かにする機械の開発者になりたいと思ったから。
この目標、千代子ちゃんにも伝えたかったな。
『すごいね、どんな機械を作るの?仕組みは?機能は?』って、きっと興味津々なんだろうな。
車が動き出す。外にはあのしだれ桜が見える。
先週の雨で花は散ってしまったが、全てを包みこむように優しく揺れる枝がいつもよりずっと、きらきらと輝いて見えた。
しかし今回は「会いたい」と一言書くだけで、かなり時間がかかった。
返事も待ちきれない。誰かを好きになるってこういうことなんだ。
毎日言葉を交わしたいし、手紙の文面だけだなんてもどかしい。
手紙じゃなくて彼女にスマホを届けてくれたらいいのに。
そしたら毎日やりとりができるし、声も聞ける。画面越しに笑い合うことだってできるだろう。
人生で使える 『頑張りの量』が決まっているとしたら、僕はこの夏体みで一生分を消費したと思う。
それくらい、部活にも勉強にも全力投球した。
そして今日はついに夏休み最終日。野球部をやめる日だ。
「みなさんと一緒に野球ができて楽しかったです。でもせっかく部長に選んでもらったのに、最後まで続けられなくて本当にごめんなさい。今日までありがとうございました。
これからもずっと応援しています」
高校の先輩、中学の後輩、そして同期。みんなの顔を見ながら話す。
話し終わると、大きな拍手と「ありがとう」 「頑張れよ」の声。
夏でやめるなんてわがままを聞いてくれた上に受験の応援までしてくれて、みんなには感謝してもしきれない。
「時期、これみんなから。また遊びに来いよ」
早坂から寄せ書きを渡され、そこに 『時期が部長でよかった』の文字が見えた瞬間、せきを切ったかのように涙があふれた。
僕なんて部長に向いていないと決めつけていた自分自身から、ようやく解き放たれた気がした。
「おかえり時期。最後の部活も楽しかった?」
「うん。見て、みんなから寄せ書きもらった」
「あらいいわね。額買って来なくちゃ。ところで時期は、夏休みの宿題終わってるの?」
「なんとか終わったよ。裕期はまたサボってたんでしょ」
「そうなのよ、今日も帰ってからずっと部屋にこもってる。こりないわねえ」
どうせまた夜にでも宿題手伝ってって泣きついてくるんだわ、と心底あきれ顔の母さんが面白い。
部屋のドアを開けると、机から封筒がはらりと落ちた。なぜかいつもより頑す丈に封をされているけれど、ずっとずっと待っていた千代子ちゃんからの手紙。
「会いたい 』と伝えてから二十日過ぎても返事が来なかったから、変に思われたんじゃないかとあせっていたけれど、遅くてもこうして届いてほっとした。
告白をしたわけでもないのに、ただ会いたいと書いただけなのに、緊張で封を開ける手が震える。
『時期くん
お手紙ありがとう。たしかに私、もういろんなこと知っちゃったね。
洗濯機使ってみたいし、エアコンだっけ、そんなものがあったら今みたいに暑い季節は家から出なくなっちゃいそう。
未来にはこんなものができるんだよって、みんなに言って自慢したいけど絶対信じてもらえないよね。なんだか悔しい。
時期くんに会えるまで絶対長生きするよ。約束。
時期くんに会えたら伝えたいと思ってたことがあるのだけど、もう今ここに書いてもいいかな。
時期くん、好きだよ。
すごくすごく会いたい。
時期くんと手をつないで、東京の街を歩いてみたい。
そのためならいつの時代にだって行くから。
ごめんね急にこんなこと言って。気持ち悪いよね。こんな手紙捨ててくれていいよ。
返事も無理に書かなくていい。ただ伝えたかったの。
千代子より 』
全身が熱くなった。
千代子ちゃんが僕のことを好き…?
手をつないで、東京を……?
驚きと喜びで思わず上げてしまった叫び声が家中に響き、母さんや裕期に怒られたけど、僕は上の空だった。
僕も千代子ちゃんと手をつなぎたい。
一緒に歩きたい。
いろんな場所に行きたい。
でもその前に、今度は僕の想いをちゃんと伝えないと。
東期そのとき、窓に水滴が落ちた。
しずくはしだいに増えて雨音へと変わり、週はずっと快晴だという天気予報をあざ笑うかのように、またたく間に豪雨となった。
最後の部活は雨にあわなくてよかったなとぼんやり考えていると、母さんに洗濯物を取り込むのを手伝ってほしいとベランダに呼ばれた。
「予報がこんなに外れるのも珍しいわね。結局、自然なんてわからないものなのかしら」
そんな何気ない母さんの言葉が、やけに頭に残った。
その日の夕食後、僕は父さんの見ているニュース番組をぼんやり眺めていた。
そろそろ部屋に戻って明日の準備でもしよう、いやその前に手紙の返事かな。
そう思って立ち上がろうとしたとき、アナウンサーの言葉を聞いて頭が真っ白になった。
「関東大震災の日から、明日で百年を迎えます」
関東大震災。歴史が苦手な僕でも知っている、未曽有の大災害だ。
あわててスマホを取り出し、関東大震災を検索する。
一九二三年九月一日発生。死者およそ十万五千人、うち東京は七万人。
あまりに大きな数字に息が止まる。
。。大丈夫、まだ千代子ちゃんが巻き込まれると決まったわけじゃない。
そう信じようとすればするほど涙が止まらなくなった。どうしてもっと真剣に歴史を勉強しなかったのだろう。
二学期からなんて甘えたことを言わずに、せめて大正時代だけでも予習しておけば。
今からでも、どこか遠くに逃げるよう手紙を書こう。あんなに考えていた告白の返事のことも頭から消え、必死にペンを走らせた。
どうか奇跡が起きて、一分一秒でも早くこの手紙が彼女のもとへ届きますように。
届くまで十日もいらないでしょ。
神さまお願い、何でもするから。
『千代子ちゃん
お願いがあります。今すぐ、できるだけ遠くに向かってください。大切な人たちを連れて。
明日、信じられないくらい大きな地震が東京を襲います。
落ち着いたらまた手紙をください。
いつまでも待っています
時期より 』
祈るような気持ちでそれだけ書き、いつもの場所に置いた。
どうか無事でいて二学期に入ってもまだ蒸し暑い日が続いている。
あれから受験勉強そっちのけで大正時代、特に関東大震災のことをたくさん調べた。
調べて調べて、何度も何度も同じようなサイトを読みあさった。
そのおかげで学校で習う前に大正時代は完壁になっていた。
完壁すぎて、興味がなかった今までとは違う意味で歴史の授業はつまらなかったし、何より改めて大正時代の話を聞きたくなかった。
「これらの国々で作られたのが国際連盟で__」
知ってる。
「このときに結ばれたのが九カ国条約で、これは__」
それも知ってるよ。
「おい時期、聞いてるか?」
「え?」
突然名前を呼ばれて顔を上げると、いつのまにか先生が目の前に立っていた。
「じゃあ時期、教科書の続きを読んでくれ」
「······はい」
指定されたページを開けると、太字で書かれた 『関東大震災』の文字が真っ先に目に飛び込んできて息が止まる。
だめだ、読めない。もともと歴史の先生には目をつけられていたから、教科書読みなんてこれまで何回もやってきた。
それなのに。みんなが心配そうに僕の方を見る。
「先生、俺が代わりに読むよ」
そう言ってくれた樹の声も、僕を心配してくれている先生の声も、聞こえてはいるのに、もやがかかったように頭に入ってこない。
冷えきった手で教科書のページをめくると、そこには弾けるような笑顔で街を歩く大正時代の女の子たちがいた。
モダンガールという名のとおりのおしゃれな洋服を着た彼女たちの目は希望に満ちていた。
その途端、昨日ネット検索で出てきた凌雲閣崩壊の写真が頭をよぎる。
千代子ちゃんが行きたいと言っていたその建物でも、震災によってたくさんの死者が出たらしい。
「何があった?」
そう聞かれるたびに、どうしようもない気持ちになった。何もない。僕の身には。
ただ、僕は千代子ちゃんを守ることができなかった。吐く息が白く染まっては消えていく。
季節はもうすっかり冬だ。どれだけ待っても、千代子ちゃんからの返事は来ない。
樹と裕期の恋愛模様は意外にあっさりと終わりを迎えた。
クリスマス前、ほとんど同じタイミングで告白した二人は、芽衣ちゃんに「好きな人がいる」とフラれたらしい。
「俺らの今までの努力はなんだったんだよ、なあ樹」
「まあそう落ち込むな。裕期にも俺にもまたいい人見つかるって」
失恋してから二人は意気投合したようで、フラれた直後にもかかわらずとても楽しそうだ。
「兄ちゃんも早く次の人見つけなよ。失恋したんだろ?」
何も知らない裕類の言葉は、僕の心を大きくえぐった。
塾の授業が終わり、マフラーを巻きながら受付の前を通ると、塾長と談笑している芽衣ちゃんと目が合った。
以前探りを入れたものの普段はあまり話さないので、いつものように手だけ振って帰ろうとすると、
「時期くん、待って!」
突然呼び止められ、声のした方を見ると芽衣ちゃんが僕のそばに駆け寄って初た。
「ごめん。今ちょっと時間ある?」
彼女の言葉に時計を見てうなずく。
お互い勉強の進捗などを話しながら階段をのぼり、自動販売機で飲み物を買う。
幸い休憩スペースには誰もいなかった。
そういえば芽衣ちゃん。だいぶ前だけど、探りを入れるようなことしてごめんね。
樹と裕期、これからも仲よくしてあげてほしい」に勝手に言ってしまって申し訳ないことをしたと思っていたから、こうして謝る機会ができてよかった。
忘れないうちにと芽衣ちゃんより先に切り出す。
彼女の恋愛事情を樹や裕郷「もちろんだよ。二人とも大好きな友達だもん。私の方こそ彼氏いないなんてあいまいな言い方しちゃって、申し訳なかったと思ってる」
「それならよかった。好きな人がいるんだよね、応援するよ」
僕の言葉に芽衣ちゃんは浅く息を吸い、意を決したように口を開いた。
ココアの缶を包む小さな手が少し震えている。
「時期くん。そのことなんだけど……」
好きな人のことをぼつりぼつりと語る彼女の目に浮かぶ涙を見て、僕は改めて恋愛の難しさをかみしめた。
芽衣ちゃんも樹も裕期も、どうして幸せになれないのだろう。
全員の願いを叶えるのは難しいけれど、それでも何とかならないかと考えてしまう。
閉館時間になり見回りに来た警備員さんが、僕たちに「勉強大変だろうけど頑張ってね」と声をかけてくれた。
すっかりぬるくなったミルクティーを口に流し込んで一階に降りると、芽衣ちゃんが「忘れ物を思い出したから先に帰ってて」と言うので、熟長に会釈をして一人外に出た。
冷たい風に涙がゆるみ、手に持ったままだったマフラーを巻く。
一階の受付で、塾長は卒業生らしき女性と話に花を咲かせていた。
よく見ていないからわからないけれど、きっと晴れやかな表情をしていたのだろう。
今の僕には彼女と僕たちの状況が、まるで別世界であるかのように思えた。
年が明け、いよいよ受験勉強にラストスパートをかける時期になった。
そして僕と千代子ちゃんの文通が始まったあの日から、もうすぐ一年が経とうとした。
『子代子ちゃん
大丈夫?怪我してない?
あのとき好きって言ってくれて、本当に嬉しかった。僕も千代子ちゃんのことが好き。
もっと早く言えなくてごめ一またいつか、どこかで絶対会おうね。
千代子ちゃん、どうか幸せで。
時期より 』
そんな手紙を何通も書いたけれど、それが彼女のもとへ向かう気配はもうなかった。
書いても前みたいに消えてくれないから、手紙はたまっていく一方だった伝えたいことも聞きたい返事も、たくさんあるのに。
千代子ちゃんと手紙を交わすことができたあの日々を、もっと大切にすればよかった。
「時期、俺らのこと絶対に忘れんなよ」
四月。新学期の前日、ついに東京を出発する日が来た。朝早くに家を出ると伝えていたのに、樹や早坂たちがマンションの前まで見送りに来てくれた。
「忘れるわけないだろ」
みんなとの別れを惜しみつつ、車に乗り込む。
「みんなありがとう。また連絡する」
「おう、毎日でもいいぞ」
どこに行っても、どんなに離れていても、樹たちとは小さな端末を通していつでもつながることができる。
猛勉強の末、僕は先月、無事に第一志望の高校に合格した。
大阪の理系高校。そこを選んだのは、将来みんなの生活を豊かにする機械の開発者になりたいと思ったから。
この目標、千代子ちゃんにも伝えたかったな。
『すごいね、どんな機械を作るの?仕組みは?機能は?』って、きっと興味津々なんだろうな。
車が動き出す。外にはあのしだれ桜が見える。
先週の雨で花は散ってしまったが、全てを包みこむように優しく揺れる枝がいつもよりずっと、きらきらと輝いて見えた。